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「舞城」王太郎が好きだから、福井の「今庄」を旅してみた。

  • 2023年11月1日
  • コロカル

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第36回は、舞台、テレビ、映画と幅広く活躍する「演劇モデル」長井短さん。いわゆる「聖地巡礼」とはちょっと違う、長井さんなりの好きな作家を追いかける旅です。

 作家・舞城王太郎の生まれた県へ

何年か前、福井に旅行したときのことである。「ここに行きたい!」とかってなくて、舞城王太郎が生まれた県に行ってみたいって理由だった。

彼の小説に頻出する地域のどこがどこのことなのかわからないし、特段調べるつもりもなく、着いたはいいけど予定はない。Googleマップで県を見回った結果、ただ「まいじょう」と「いまじょう」のつくりが同じだったから、私は夫と福井県の南越前町にある今庄駅に向かってみることにする。

そこに暮らす人々はみんな、びっくりするほど親切で、ただ全員「何故ここに来たんだろう」と不思議そうな顔をして私たちを見つめた。私だって不思議だった。ここには「舞城王太郎記念館」なんてない。見たいものもない。語呂が似てるからって理由だけど、ここまで一体いくらかかったんだろう。

そのまちには猫がいた。どこまでが公道で、どこからが私道なのかわからない、石と苔とコンクリートが混ざった路地に佇むトラ猫。そいつはとても人懐っこい猫で、でも同時に、この猫に馴れ馴れしく関わったら最後、背後から親分の化け猫でも出てきそうな神妙さも持ち合わせていた。

近寄ってくるから私も立ち止まる。そこに座り込むから私もしゃがみ込む。だけどここで、この猫と過ごしているところをまちの人間に見られたら叱られてしまうんじゃないかと私は終始不安な気持ちで、いつものように猫との幸せな時間を過ごせない。これはテストで、私がこのまちにとって危険な存在でないかどうかを猫が測りにきているようだった。

それは町中を歩いているときも同じだった。駅に掲げられた「いってらっしゃい」の看板や、大流行しているのかそこらじゅうにぶら下がっているアルミ缶風車。そして、どこから見られることを想定してつくられたのかわからない、とんでもなく大きなサイズの酒造の看板。すべてがきちんと人工的なもので、見つめたって構わないはずなのに、強い興味を持っているとバレたら連れ去られてしまうんじゃないかって不安がある。違和感を感じた瞬間、もう家には帰れないんじゃないかと、ドキドキしながら少しワクワクする。

いってらっしゃいの看板と、大きな看板。フィルムのハーフカメラで撮影したものなので、1枚のフィルムに2枚写っている。

いってらっしゃいの看板と、大きな看板。フィルムのハーフカメラで撮影したものなので、1枚のフィルムに2枚写っている。

実際はそんな怖いまちではない。むしろとても良いところで、お店に入ればごはんはおいしく、みんなリレーみたいにおすすめの店を教えてくれる。なかでも、観光客ウケしそうな古民家カフェのようなお店は素晴らしかった。

まちの案内をしてくれる店主とおいしい珈琲。普通に観光としてとても良い時間を過ごせるし、写真映えもする。ただ、私のような理由でここにくる人間は、そういう快適さとか、おしゃれさを求めているわけではない。そうじゃなくて、このまちの気配が知りたくてきたのだ。

リノベーションされた快適なお店も、もちろんこのまちの気配のひとつだろう。でも何故か、それが快適で素敵なら素敵なほど、何かを隠しているように思えてくる。何かあるんじゃないかと、路地裏を歩き回りたくなってしまう。たぶん私が、舞城王太郎の読み過ぎなんだろう。迷惑な客だ。何もないのに勝手に裏があると思い込んでくるんだから。

でも、そう感じずにはいられないのは、彼の本を1冊でも読んだことがある人ならわかってくれるだろう。このまちのどこかの家には三角形の蔵があるかもしれないし、裏山には凄い猿がいるかもしれない。案内に従っているうちに、四点リレー怪談に巻き込まれていたらどうしよう。

そんなこと起きないとはっきりわかっているはずなのに、あの駅にぶら下がっていた「いってらっしゃい」が脳裏から離れない。いってらっしゃい、してしまったんだろうか。

ここは普通のまちで、今は楽しい観光で、なのに楽しければ楽しいほど、あと一歩で踏み越えてしまうんじゃないかと冷や汗をかく。

「ここからここまでは、関わっていい範囲。でもこのラインを超えたら、もう戻らせるわけにはいきません」

まちと、そこを囲む山々が、私の地元にはなかった何か大きな命の気配みたいなものを孕んでいて、ずっと監視の目を光らせているような気がした。

今庄の「パーマ屋さん」と風景。

今庄は当然、私に牙を向かない。ブラブラ歩いた時間も、店先でお茶をいただいたことも、そして何よりあのまちで食べたホルモン!カウンターに整列した小さな焼き肉グリルで焼いたホルモンと、それを流し込んだ瓶ビールの最高さといったら、ほかに類を見ない。

干渉し過ぎない主人の佇まいは人見知りの私にちょうど良く、この店が近所にあってくれたらと、今でも時々夫と話すくらいだ。そのくらい素晴らしいお店で、まちだった。

今にも雨が降りそうな曇天と、突然差し込む日光が、ハイペースで入れ替わり続けたあの数時間は、写真にも残っているし確かに現実なんだけど、次行ったらもうないんじゃないかと思うのは、期待と不安のどちらだろう。

どれだけの速さで雲が流れれば、あんなに天気が変わるのか。山の天気は変わりやすいというけれど、こんなに激しいものですか?あそこにいたのはざっと5時間。でもそれが、ほかの時計で何時間かは誰にもわからなくて、私が完璧に今庄から帰ってこれたのかだって、わからない。

わからないって、言ってみることができる不思議な気配があのまちにはあった。だから私は今庄が好きだ。何か起きるんじゃないかって不安は心拍になって足を動かす。歩けば頭もついていく。そういう風に、存在しない存在に思いを馳せられるまちが今庄で、結局舞城王太郎と関係があるのかは今も知らない。

profile

Mijika Nagai 長井短

1993年生まれ、東京都出身。「演劇モデル」と称し、舞台、テレビ、映画と幅広く活躍する。主な作品としてドラマ『単身花火』『最高の教師 1年後、私は生徒に□された』『ケンジとケイジ、ときどきハイジ』『星降る夜に』『ねこ物件』、舞台玉田企画『영(ヨン)』『室温〜夜の音楽〜』、ラジオ『ボックス席の深夜2時〜長井短とxiangyuのラフに深まるクリエイションの時間』などがある。また著書『内緒にしといて』(晶文社)を出版。

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Mijika Nagai

長井短

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