
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
店内にはイートインスペースが5席ほど
九州編の第111回は福岡市・鳥飼にある「通山珈琲」。地下鉄七隈線別府駅から徒歩7分ほどの住宅地にオープンしたのは2022年10月。それから時折、いろいろなコーヒーショップで「通山珈琲」の名前は聞いていた。「普通においしくてステキなコーヒー屋さん」「飾らない雰囲気」などなど、その評価は過大なものはほぼなく、それもあって勝手に等身大なロースタリーをイメージをしていた。今回、実際に店を訪れてみて、その想像通りだと実感。その理由は店主の通山和也さんの人柄、考え方にあった。
ロースターの通山和也さん
Profile|通山和也(とおりやま・かずや)さん
大分県中津市出身。福岡県太宰府市の短期大学校で保育を専攻。その後、カフェで働き始めたのを機に飲食業界に興味を抱く。一つのことを深く学びたいと考え、自家焙煎店の門を叩くも心身の不調から一度はコーヒーの世界から離れる。その後、周囲の人たちにも支えられ、ロースターとして自分自身の足で歩み始めることを決意。最初は無店舗で「通山珈琲」として豆売りを始め、2022年10月、「通山珈琲」の実店舗を城南区鳥飼にオープン。
■コーヒーは今の自分を表す鏡
豆はシングルオリジンのみで常時9種ほどを用意
「通山珈琲」に派手さはない。最初に店を訪れてそんなことを思った。店主の通山さんが醸し出す雰囲気も相まってそんな感想を抱いたのかもしれないが、実際、店のしつらえも商品パッケージ、陳列棚にも無駄な飾り気がない。そんなスタイルはコーヒーにも表れているようで、「通山珈琲」のコーヒーはシンプルにおいしい。ただゴージャスやスペシャルといった感じではなく、不思議とホッとする味わいという印象。淹れてもらったコーヒーは、いつの間にか飲んでしまい、カップは空に。通山さんが目指しているのはまさにそんなコーヒーだ。
20代前半でコーヒーのおもしろさに惹かれた
もともと、コーヒーが大好きでこの道を目指したわけではなく、友人のすすめからなんとなくカフェでアルバイトを始めたのが飲食に入ったきっかけ。そこからコーヒーの奥深さに魅了され、心が傾いていくまでに時間はそうかからなかった。ただロースターになるまでは、決して順風満帆というわけではなかったという。
「20代後半が一番つらかった」と振り返る通山さん
「焙煎に興味を抱き、ロースタリーで勤め始めましたが挫折して、コーヒーから離れたいと考えるようになった時期がありました。その時は自分にとって最悪の時期で、心を病んでしまい、気力も失っていましたね。ただ幸いなことに周囲の人に助けられ、さまざまな縁をいただき、やっぱりコーヒーとともに生きていきたいと、また考えられるようになりました。きっとくじけた経験がなければ、今の僕はないと思いますし、今みたいに純粋に楽しむこともできていなかったかもしれません」と、コーヒーの世界に飛び込み、大変だった当時のことを話してくれた通山さん。そんな経験が今の「通山珈琲」の味わいににじみ出ているのかもしれない。
■誰が淹れても、どんな淹れ方でも85点以上
イートインのコーヒーは基本的に1杯500円〜600円。豆によって価格が変わる
気がつくと飲み干してしまっているコーヒーというのは、味わいの観点でいうと雑味が極めて少ないということだと思う。これは通山さんのロースターとしての技術の高さだ。もちろん焙煎するにあたり通山さん自身、そこは意識しているというが、それよりももっと普遍的な部分を大切にした結果が味わいに表れているような気がする。
一般家庭でも使われていることが多い円錐型ドリッパーを店舗でも採用
「毎日飲んでいただきたいと考えると、華美や派手さは不要だと僕は考えています。目指しているのは飲み飽きないこと、スッと飲めるようなコーヒー。一方で初めて飲んだ時には少しの驚きや発見がある。そんなコーヒーに仕上げられたらとは常に考えています」と通山さん。
【写真】焙煎機はGIESEN W1。細かく設定を変えられるマシン特性に惹かれた
以前、店を開いたばかりのころは深夜まであーでもないこーでもないと焙煎を試行錯誤していたそうで、今でも時間が許せば焙煎をしたいという姿勢は変わらない。シンプルに焙煎をすることが好きで好きでたまらない。結果、自ずと技術が磨かれていったのだろう。
そんな通山さんは店でコーヒーをドリップする際、挽いたコーヒー粉すべてから味わいを抽出するような湯の注ぎ方をする。このようなドリップ方法はともすれば、出したくない部分まで抽出するリスクが大きくなり、それがネガティブな味わいの要素にもなりうる。つまり通山さん自身、それだけ雑味がないと確信を持ってコーヒーを淹れているということだ。
お客へのわかりやすいプレゼンは挽いた豆の香りを嗅いでもらうこと。プライスカードに書かれたフレーバーも参考にするとよい
「当店は豆売りがメインですから、豆を購入されたお客様がご自宅で淹れるシーンまでこちらがコントロールするのは不可能です。私自身、そこを一から十まで徹底する気はさらさらなくて、お客様それぞれのライフスタイルに合った方法でコーヒーを楽しんでいただけたらと考えています。そうなるとさまざまな淹れ方、環境にある程度合うようなコーヒーでなくてはなりません。言わばおいしさの幅が広いコーヒー。どの豆もそんな視点で焙煎するのをはじめ、程よいエイジング期間を設けて販売するようにしています」
おそらく、ほとんどのロースターがそこは意識してコーヒーと向き合っているはずだが、「通山珈琲」はその精度が非常に高いと感じる。誰が淹れてもおいしいというのはビーンズショップには不可欠な要素。それを体現できているのは同店の強みだろう。
「SNSでの発信はほぼしていないのに、人づてに聞いたと遠方からもコーヒーを買い求めに訪れる人が少しずつ増えているのは大変光栄なことですし、とても励みになっています」と通山さんは続ける。
■真の意味で地域に根ざすとは
コンクリート打ちっぱなしのシンプルな店内
通山さんは大学ではもともと保育を専攻。そんな経歴から、いつかはこども食堂のような取り組みにも関わっていきたいと話す。
「僕自身、コーヒーを通して、本当にたくさん助けられてきました。同じように僕もこの場所でだれかを助けられるような存在になれたらうれしい。例えば何か困りごとがある子供が気軽に相談ができるような、あそこに行けばなんでも相談することができる公民館のような、そんな場所になれたらと思っています。社会を変えるというとおこがましいですが、困っている人と助けたい人が繋がるハブのような存在になっていけたらうれしいですね。ロースタリーではありますが、自分ひとりで店をやっていますし、現時点ではガツガツやるんじゃなくてボチボチでいいかな。それよりももっとこの地域に真の意味で根ざした店を目指したい」と話してくれた通山さん。
コーヒー1杯でも気軽に立ち寄れる
鳥飼という街に公民館のような存在として根付くコーヒーショップを目指す『通山珈琲』。そんな緩めのスタンスがじわりと琴線に触れるような優しく穏やかな空気感を生み、それがそのままコーヒーの味わいに表れている。
■通山さんレコメンドのコーヒーショップは「樹豆珈琲」
「大分県宇佐市にある『樹豆珈琲』さん。僕の故郷の隣町にあるコーヒーショップで、最初は客として足を運んだのがきっかけ。コーヒーはもちろん、いろいろな話をするうちに親交を深めました。店主さんはとても温和で優しいのですが、やると決めたら突き進むパワフルな人。そんな点にも惹かれています」(通山さん)
【通山珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/GIESEN W1
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60)、エスプレッソマシン(VIBIEMME)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/200グラム1700円〜
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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