
コロナ禍も相まって、犬や猫などの生き物を家族として家に迎える人が増えている。動物たちはさまざまな喜びを飼い主にもたらしてくれるが、避けて通れないのが寿命の問題だ。犬や猫の平均寿命は昔より延びているとは言われるものの、犬は10〜13年、猫は12〜18年。人間と比べると、どうしても短い。「いつまでも一緒にいたい」。それは生き物を愛する人すべての願いだろうが、否応なく別れの日は来る。そして、どういう別れ方になるのかはさまざまだ。
愛猫の闘病と別れを描いた漫画「世界一幸せな飼い主にしてくれた猫」が話題だ。元は「ちゃーにゃんマンガ<猫の扁平上皮癌>」というブログで公開していた漫画で、月間PV数12万の反響を受け、2023年3月に書籍化されたものだ。作者はねこゆうこさん。「クールでおおらかなイケメン猫」の“ちゃーにゃん”がガンで亡くなるまでとその後、ねこゆうこさんと、その夫・“旦那さん”が何を感じ、ちゃーにゃんを思って何を選択していったのかを丹念に描いている。ねこゆうこさんに、闘病漫画を描くようになったきっかけを聞いた。
■記憶に残すために描き始めた漫画。「忘れることが怖かった」
幼いころから漫画やイラストを描くのが好きだったというねこゆうこさん。
「高校生のときにはアニメーション部に入り、オリジナルセルアニメを16ミリで作ったり、セル画を描いたりしていました。部活では2次創作は禁止だったので、部活外で友人たちと同人誌を作ったりしていました。大人になってからも漫画やアニメが好きなのは変わらずで、普通のオタク生活を送っていました」
ブログの開設当初は、病状の備忘録として使用しており、漫画は投稿していなかったのだそう。
「ブログを始めたのはちゃーにゃんが亡くなる少し前からです。当時は非公開で、症状の進み方や体重の変化、食べたものや食べなかったものなど備忘録を日記のように文字で書いていました。私は年子の兄がいたんですが、大学生のころ血液のガンで亡くなりました。兄の闘病は長く、印象深いものだったのですが、それでもやはり時間が経つにつれだんだんとその記憶が薄れていくものです。元気なころの兄との思い出はとてもよく思い出せますが、病気になってから入院して亡くなるまでの日々、お医者様に言われたこと、治療のことは断片的にしか思い出せなくなってしまいました。きっと、ちゃーにゃんに対してもそうだな、と思いました。私はきっと、こんなにも印象的な出来事でも、だんだん忘れていってしまうんだろうと。それがすごく怖かったのです」
記録と記憶を残すための備忘録だったブログが、漫画ブログに変わったのは2014年9月にちゃーにゃんが亡くなった後のことだという。
「ちゃーにゃんが病気になってから、たくさんの同じ病気の猫ちゃんとその飼い主さまのブログに本当に助けられました。すがるようにいろいろな飼い主さまのブログを読む日々でした。ただ、猫によってその症状はさまざまだったので、ちゃーにゃんのことも1つの例として、同じ病気の猫ちゃんの助けになれたらいいなと思って漫画を描こうと思いました。看病中は漫画を描く余裕はなかったのですが、亡くなってからはゆっくりと、ちゃーにゃんとの思い出を出会いから描いていきました。漫画には描き切れませんでしたが文章でもいろいろメモを残しました。看病の日々も、記憶がまだ鮮明なうちに描き残しておきたいと思ったのです」
ちゃーにゃんのガン腫瘍は下あごにできていた。ガンの専門病院では、下あごを全摘して胃ろうチューブ(腹部に開けた穴にチューブを通し、直接胃に食べ物を流し込める)をつける手術を提案される。しかし、旦那さんは「老猫のちゃーにゃんに最後にそんなことしたくない」と手術はせず、自宅でケアをしていくことを選ぶ。作中では、腫瘍が大きくなるのに従って、口を開けづらくなってしまったちゃーにゃんのために、どうしたらご飯を食べてもらえるのか、口からの出血をどうケアするかなど、夫妻の工夫の数々が紹介されており、「同じ病気の猫ちゃんの助けになれたら」というねこゆうこさんの思いが反映されている。しかし、病気のちゃーにゃんの姿を絵にすることは、辛くなかったのだろうか?
「描くのは辛かったですが、それでも楽しかったです。漫画の中で生きているちゃーにゃんに会っているような、看病に奮闘している自分を俯瞰して見ているような気持ちでした。とくに辛いシーンは夜中に声をあげて泣きながら描いていました。時折旦那さんが、『そんなに辛いなら描くのやめたら…?』と心配してくれていましたが、描くのをやめることは考えませんでした。なんと説明すればいいのかわからないのですが、これを描かないと許してもらえないような、気持ち…?誰になんでしょうね、自分に?神様に?ちゃーにゃんに…?例えば、ちゃーにゃんは何も食べられなかったのに、私はおいしくご飯を食べられていることが悲しくなったり。何かわからない、複雑な、言葉に表せない気持ちがありました。それでも描いていると気持ちがゆっくりと整理されていく感じはありました。描くという行為は、穏やかに気持ちを癒やしてくれるのだなと思いました」
■闘病日記だけど「ハッピーエンドにしたい」という強い思い
会社勤めをしながら漫画執筆に励んでいたねこゆうこさん。創作活動は大体夜中の静かな時間帯だったそうで「ちゃーにゃんの気配を感じられるような気がした」とのこと。本作で描かれているのは、ちゃーにゃんが亡くなったあと、いわゆる“ペットロス”の状態に陥ってしまったこと、そこから新しい猫を迎えるまでだ。執筆当時から、全体像は考えていたのだろうか?
「おおまかな全体像はありました。最初に決めたのはハッピーエンドにしたいということです。死んだところをラストにはしないように、後になって読み返しても幸せな日々だったんだと思えるように描きたいと思いました。でもどう描けばそうなるか、最初はわかっていなくって、行き当たりばったりでしたね。描いてアップしてもやっぱり消してみたりとか。ブログでは2020年5月に完結していて、2022年2月に自費で同人誌にもしているのですが、同人誌にすることも最初は決めていませんでした。そのため、コマはバラバラでしたし解像度も低いままで、あとから直すのが大変でした。なので、まず文章でおおまかな出来事を箇条書きにして、買って便利だったものの写真を撮ったり、獣医さんに言われたことのメモを整理したり、漫画ではないところから考えていきました」
漫画執筆が軌道にのったのは、保護猫のカムイとコノハを新しい猫として迎え入れ、「心に余裕ができたことで、はっきりとハッピーエンドにできるラストが見えた」からだそう。
そして、本作執筆にあたってのこだわりを聞くと「なるべく、あったことをそのまま描こうと思いました」とのこと。
「もちろん漫画なので、読みやすいように固有名詞やセリフや細かいエピソードの省略など、多少は変えているのですが、そのときの自分の気持ちはなるべく正直に描いておこうと思って描いています」
ちゃーにゃんが亡くなってからは、それまで楽しめていたアニメや漫画へのポジティブな感情も「『でも、猫、死んじゃったのに』という気持ちでかき消されていくようだった」というねこゆうこさん。本作を描き上げたときになって「ようやくなにかに許されるような、不思議な気持ち」になったそう。
“家族の死”という大きな喪失。それを共に過ごせたことの喜びに変えていくためにも、ねこゆうこさんにとって漫画執筆が大きな役割を果たしたのだろう。そして、「ハッピーエンドにしたい」という思いがあったように、作品はただ悲しいだけではなく、ちゃーにゃんへの愛に満ちあふれている。それが犬や猫といった人ではない家族を持つ人からの共感を得た理由に違いない。
取材・文=西連寺くらら