
心を持たないはずのロボットに感情が芽生えるのは、古典SFから繰り返されてきた代表的なシチュエーション。けれど、その感情の源が身近な怒りだったら……。SNS上で8万7000件以上のいいねを集めた三月病(@3_byou_)さんの漫画「つとめて めばえて 走り出す」は、そんな先入観を逆手に取ったコメディ作品だ。
■「これが…心…?」はじめての感情にブチキレるロボのSFコメディ
人間と見分けがつかないほど精巧な外見と高度なAIを積んだロボットが人間社会に普及した近未来。とあるスーパーマーケットで働く「接客ロボ(13号)」も、同僚と取り留めない会話をこなすほど溶け込んだロボットの1体だった。
ある日、13号は休憩室で人間の店長に「ちょっと言っときたいコトがあって」と切り出す。何気ない会話かと思いきや、13号が告げたのは「心芽生えたかもしれないっス」という衝撃的な一言だった。
13号が心を持ったと認識したきっかけは、レジ接客中の出来事にさかのぼるという。芸能人のような外見の男性客が13号のレジに訪れたが、「ポイントカードはお持ちですか?」の問いかけも、レシートも無視して去っていったのだとか。
それ自体はよくある光景だったが、数分後、店に舞い戻った男性客は先ほどの買い物分のポイントをつけるように要求。後付けはできないと断った13号だったが、男性客は「てかさっきポイント聞かれなかったんだけど」と逆ギレ。13号への罵倒を繰り返した挙句、カウンターに叩きつけたポイントカードは他店のものというオチまでついたモンスタークレーマーだったのだ。
その顛末を話し終え、13号はロボなのに青筋を立て「これが…心…?」とぽつり。怒りすら飛び越え、理不尽な客に対する殺意で心が芽生えたのだ。恋のようなポジティブな感情で心が生まれたのかと思っていた店長は、客への怨念に満ちた13号を落ち着かせようと話を続けるが――、というストーリーだ。
心の芽生えという感動的なシチュエーションを見事に裏切る導入に、ユーザーからは「斬新」「新しいタイプの芽生え方だ」と反響が集まり、その展開に笑ったというコメントや、現実には人間が引き受けている理不尽なクレームに対する共感も多く寄せられた。
■ロボットだって怒るほどの「接客業の人の怨念」を肩代わり
本作は、「月刊ミステリーボニータ」2021年5月号(秋田書店)に掲載された読み切りを後日、作者の三月病さんが自身のTwitterであらためて公開した作品。“ミステリー”という誌名からすると意外にも思えたのか、ユーザーからは掲載誌の月刊ミステリーボニータに注目する声も聞かれた。今回、ウォーカープラスではこうした反響を受け、三月病さんに作品の舞台裏を取材した。
――「ロボットに感情が芽生える」というお約束を裏切る、殺伐とした感情が落差が面白かったです。本作のアイデアはどんなところから生まれたのでしょうか?
「あまり覚えていないですが、よくあるロボットに感情が芽生えるシーンに対してのカウンターで『これが…心…?』というシーンがおそらく真っ先に生まれたかと思います」
――人間くささを感じる怒りの形相もインパクトがありました。漫画表現ではどんな点にこだっているのでしょうか?
「画面作りはあんまり上手じゃないと思うんですが、表情と面白いと感じる間についてはいつも気をつけています」
――作中で、ご自身で気に入っているシーンはありますか?
「『これが…心…?』のシーンもそうですが、人間のパートさんのくだりが好きです」
――本作は多くの反響を集めました。作者としてはどう受け止めていますか?
「最初から狙う層を意識していた面はありますが、それ以上に反響が大きかったのでコメディとは言え、接客業の人の怨念をすこし肩代わりしたつもりになりました」
――また、SNSでは「月刊ミステリーボニータ」にこういう作品が載っているんだ、という驚きの声が聞かれたのも印象的です。雑誌のカラーを意識した部分はありましたか?
「あまりないです。私も自分が載せてもらうようになってから知りましたが、思っている以上にミステリーボニータは多彩な作品が載っています。ミステリーじゃないものもめっちゃあります。かなり自由な雑誌で、自由にやらせていただいてます」
――今年発表された読み切り作品も人気を集めています。今後の漫画制作の展望について教えてください。
「とにかく、自分の面白いと思う漫画で生活がしたいです」
「つとめて めばえて 走り出す」 (C)三月病(秋田書店)2021