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世界トレンド1位の“推しマンガ”企画をしかけた 「アル」けんすう氏が語るマンガ業界の現在

  • 2021年2月20日
  • Walkerplus

2周年を迎えたマンガコミュニティ「アル」が、出版業界で存在感を増している。2020年には、アルが企画した「#私を構成する5つのマンガ」が、Twitter上で62万件以上の投稿を集め、世界トレンド1位に。「進撃の巨人 ベストエピソード総選挙」などの人気タイトルとコラボした企画も実施し、マンガ好きの熱い支持を集めている。そこで、アル代表取締役社長で「けんすう」として知られる古川健介氏にインタビューを行い、話題を呼んだ企画の舞台裏や、マンガ業界に対する考えを聞いた。

アルとは、新刊情報の通知、本棚機能、レビュー記事やニュース記事の公開、SNSで使用できるマンガのコマの提供など、マンガを楽しむためのさまざまなサービスを展開している無料Webコミュニティ。10数名いる社員の多くはIT企業出身のエンジニアで、そのほか、主に記事制作を行う「アルライター」と、有料会員制の「アル開発室」のメンバー3200人程度とともにコンテンツをつくっているという。

■ファンの熱量をいかし、「いかにSNS上でマンガの話題をつくるか」を考えた

アルに関するトピックで、最も世間の反響が大きかったのは、「#私を構成する5つのマンガ」だろう。自分が選んだ5作品の表紙で作った画像をTwitter上でシェアできるというシンプルな企画だが、思い入れの深いタイトルを気軽にアピールできることから、マンガ好きからの投稿が相次いだ。


「マンガをどう盛り上げていくかということを考えたときに、やっぱり、いまの読者の方には、昔のように学校の教室でマンガ雑誌が回ってくるというような体験がないので、SNSを通してマンガを知ることが多いと思ったんですよね。そこで、競合するコンテンツが数多くある中で、いかにSNS上でマンガの話題を多くつくるかを考えました」

「想定外のこととしては、例えば『鋼の錬金術師』のように、たくさんの人が名前を挙げた作品のタイトルがトレンド入りしたんです。10位までのうち9つくらいがマンガのタイトルで埋まり、見た人がそのマンガの思い出を語り出したり、作者の方が反応してくれたりして、さらに輪が広がっていきました」

2020年から2021年にかけては、「進撃ベストエピソード総選挙」「DAYSキャラクター総選挙」など、人気マンガにまつわる企画が目立った。これらの多くは、出版社からの「何かできないか」という相談を受けて生まれたものだそう。Twitterやnoteなどのユーザーを絡ませてコンテンツを盛り上げることに長ける古川氏に、「とにかくバズらせたい」作家や出版社へのアドバイスをもらった。

「人気作品の中には、ファンの熱量をうまく消化できていないというケースがすごく多いんです。例えば『週刊少年マガジン』の『ブルーロック』というマンガで人気投票をやったときには、『1日に何回でも投票してOK』というルールにした結果、企画全体で総投票数500万超えというとんでもない数字が出ました。どうやら、手動で1時間に700回くらい投票してくれた方もいたみたいです(笑)。そうした熱量をうまくすくい上げてあげるのが大事ですね」

■クリエイターと読者の双方が得をする、新たなライブ配信サービス

アルの強みは、高い技術力で新感覚のWebサービスを実現できる点にもある。「#私を構成する5つのマンガ」のデータを解析して生み出した、自分の好きなマンガに似ているマンガを検索できる「MNM(MangaNearestMap)」が好例だろう。そんなアルが新たに、マンガ家などのクリエイターによるライブ配信サービス「00:00 Studio(フォーゼロスタジオ)」を送り出した。

「2020年に10数個くらいのサービスを試して、一番求められているものを探した中で、圧倒的に良かったのがこの『00:00 Studio』でした。クリエイターさんの意見として多かった、作業過程は『孤独でつらい』『お金が入らない』、そして『ファンを作るのが難しい』という声に応えたものですが、そもそも僕は、“完成品”だけでなく、マンガを描いている“過程”にも価値があり、それを見て喜んでくれるファンがたくさんいると思ったんです」

「たとえば、『ちはやふる』の末次由紀先生の配信を観て気づいたのは、単行本の表紙のカラーを20何時間かけて描いているけど、今まで自分がマンガの表紙を見るときは一瞬だったということ。そこのギャップを埋めることで、読者としても好きな作品の価値がより深く知れるようになるんじゃないかなと。これをリリースできたことは、アルのこれまでの2年間の中でも大きかったですし、なかなか伸びがいいので力を入れていきたいです」

■マンガ業界の課題は、“グローバル化”と“新人に投資できる仕組み作り”

アルが宣言している自らの使命は、「世界中の人がマンガを楽しめるようにする」こと。大きな目標を掲げる古川氏に、いまのマンガ業界が抱える課題を聞いた。

「マンガ業界やコンテンツについては詳しくないのであまり偉そうなことはいえませんが、ITサービスの専門家からみると、一番は、グローバルでのディストリビューション、つまりコンテンツを世界に届ける仕組みづくりじゃないかなと。日本のアニメはNetflixなどで世界に発信されることで、ものすごい右肩上がりの成長をしているのですが、マンガには現状、その傾向があまりない。一方で、集英社さんの『MANGA Plus』など、仕組みができあがればすごい勢いで伸びているとも聞きます。マンガはアニメと同じく日本が世界で圧倒的なトップを獲れる強いコンテンツのはずなので、そこを解決できたらいいなと思いますね」

国内の状況については、マンガ雑誌の売上が激減し、多くが休刊に追い込まれている中、旧来の「新人に投資できる仕組み」が崩壊していることを指摘した。

「僕は雑誌文化というのはめちゃくちゃいいと思っていて。例えば『別冊少年マガジン』であれば、『進撃の巨人』の売上で潤うことで、ほかの作家にどんどん投資して育てられるというように、クリエイターを育てる機能があると思うんです。でも、ヒット作が出ても雑誌の売上に跳ね返らないいま、出版社が『じゃあ人気作に集中しよう』となってしまえば、次の作家は生まれなくなってしまう。いかに雑誌の寿命を長くするか、または雑誌に代わる新人作家に投資できる仕組みを作るかを考えなきゃいけないと思います」

「この2年間の中で感じたのは、面白いマンガは大量にあるし、それを無料で読ませようという努力もすごくされているけれど、なかなかお客さんに見てもらえないということ。だから、散らばっている無料マンガの情報を集めたり、『MNM』のような次に読むマンガを紹介するサービスを磨いたりしていますが、世の中にマンガより安く気軽に楽しめるエンタメがあふれているいま、『それでも選べない』という人が増えているのかなと思います」

「『鬼滅の刃』の大ヒットに続き、最近では『呪術廻戦』も急激に伸びていて、累計発行部数3000万部を突破しました。僕はめちゃくちゃ面白いと思うのですが、『呪術廻戦』はハイコンテキストな作品なので、ここまで大勢の方が面白いと思うのには驚きましたね(笑)。みんな、貴重なお金と時間を使うからには“ハズしたくない”という気持ちが強くなっていて、より人気が集中するのかなとも感じています」

■この先ヒットするのは“リアルタイム”に近い、更新頻度の高いコンテンツ?

古川氏の挙げた2タイトルに代表されるように、売上の面ではやはり「ジャンプ」発のバトルマンガが群を抜いている近年のマンガ界。一方で2020年には、SNS発のマンガとして史上最大規模といえる『100日後に死ぬワニ』のムーブメントも起こった。この先ヒットするマンガ、エンタメとはどんなものになっていくのだろうか。

「難しいですが、“リアルタイム”にどんどん近づくかなという気はしています。マンガの歴史でいえば、最初に月刊誌や週刊誌が出たときにも『すごいペースで続きが読めるぞ』という感動があったはず。でも、いまはYouTubeでは毎日更新が当たり前で、Clubhouseもリアルタイムで“常時接続”のSNSですよね。もしかしたら、24時間ごとなのか48時間ごとなのか、更新頻度が高いというのが有利になる時代が来ているのかもしれません」

「『100ワニ』もまさにこれで、必ず次の日に続きがあるというスピード感が現代にフィットしたのではと思います。これがこれからの普通になるとすると、あくまでストック型の静的なコンテンツであるマンガはつらいですね。一方で、過去作でも売れ続けるという別のすごい強みはあったりはするのですが(笑)」

「具体的なサービスとしては、『マンガ動画』に注目しています。これなら、2日に一度くらいの頻度でアップする仕組みも作れるのかなと。マンガ初心者や低年齢層だと、コマの順番が難しい、そもそも文字を読むのが得意でないという人もいますし、海外のファンとの間にも、言語だけでなくタテ読みに慣れないという壁がある。こういった動画を通して、若年層や海外にアピールしていきたいと思っています」

■まだトライの途中、世界に誇れる日本の“創造力”を加速させたい

アルが正式リリースされたのは、いまから約2年前の2019年1月22日。その誕生のきっかけについて、古川氏に聞いた。

「もともと、マンガがすごく好きだったんです。次に何をやろうかなと思っていた頃、ちょうど『漫画村騒動』がピークを迎えていて、エンジニアと一緒に『漫画村をどう邪魔できるか』を考えてつくったのが、合法的に無料で読めるマンガをまとめた『漫画ビレッジ』でした(笑)。それがいまのアルの前身です」

YouTubeやTikTokといった強力なエンタメがある中で、「インターネットの力を使ってマンガをどれだけ盛り上げられるか」に挑戦したかったと語る古川氏だが、サービス開始から2年が経過した現状をどうとらえているのだろうか。

「これまでの2年で達成できたことというのは特になくて、まだトライの途中だと思っています。目指していくものとして、社内でよくいうのは『クリエイティブ活動を加速させる』ことです。日本人って、海外と比べて個人のクリエイティビティがめちゃくちゃ高くて、『最もクリエイティブな国・都市』を世界に聞いても、日本や東京が1位だったりするんですよね。例えば、普通の専業主婦の方がすごく面白い4コマを描いたり、ニコニコ動画があれだけ盛り上がったり。そこを加速させるようなサービスをつくっていきたいです」

最後に、これまでアルに触れたことがないマンガ好きに、まずはどんなサービスから親しんでほしいかをたずねた。

「新刊通知や記事といったメディア的な使い方も当然してもらいたいですが、一番は『00:00 Studio』ですかね。マンガの出会い方というのは普通、表紙か試し読みか誰かのおすすめかですが、これの場合、マンガ家さんが作業しているところを見て、知り合って、会話しているうちに好きになるんです。だから“長持ち度”が違いますし、もともとマンガというのは作家と作品が分離しているものなんですけど、そこのボーダーがなくなるというのは新しい体験だなと思っているので、マンガ好きにはそれを感じてもらえるといいなと思います」



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