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痔だと思ったら「大腸がんステージ4」だった30代女性。強い薬に体が悲鳴を…「維持療法」の先にあったもの

  • 2024年2月28日
  • レタスクラブニュース


体の不調を痔だと思い込んでいましたが、医師のすすめで受けた精密検査で大腸がんだと宣告されてしまった漫画家のくぐりさん。その経験をまとめたコミックエッセイ「痔だと思ったら大腸がんステージ4でした 標準治療を旅と漫画で乗り越えてなんとか経過観察になるまで」は、レタスクラブWEBでの連載が累計700万PVを超えるなど大きな反響を呼び、ことし1月末には電子書籍も発売されました。

くぐりさんは闘病中、強い抗がん剤の影響で、自分の体が悲鳴を上げていることに気づいたこともあったといいます。その際に感じたことや前向きに対応できた理由を、くぐりさんご本人に聞きました。

【あらすじ】

ステージ4の大腸がんを宣告され絶望したものの、生きるために抗がん剤治療を受けることを決意したくぐりさん。


2回の抗がん剤入院と副作用期間を経て、3回目の抗がん剤入院の際にした血液検査で、抗がん剤が投与できないほど白血球の数値が低くなっていることが判明しました。


白血球数は注射で回復しましたが、その後の4回目の入院前にも白血球の数値が低く、抗がん剤ができない期間が長くなってしまいました。

不安のなか治療を続けるくぐりさんでしたが、4回目の抗がん剤入院後に撮影したCTで、抗がん剤が効いていることが分かって安堵します。しかし、白血球数の低下をみかねた医師から、減薬の提案を受けます。


主治医の提案は、抗がん剤の量を減らすこと、そして休薬期間を長くすることでした。不安で一杯だったくぐりさんですが、医師を信じ、提案に従うことにしました。

そして2020年7月中旬の診察日。くぐりさんは前々から気になっていた自分の余命を、思い切って聞いてみることにしました。


主治医は驚いたようですが、平均余命を教えてくれました。それによると、くぐりさんの状態の平均余命は2年半だそう。

当時のくぐりさんは30代後半。
もしかしたら40代になれないかもしれないと気づいたくぐりさんは、ずっとやりたかった四国八十八か所巡りをすることを決意します。


こうして、家族3人での四国八十八か所巡りの旅がスタートすることになりました。


2020年12月中旬、12回目の抗がん剤投与の結果は良好でした。しかし、髪は減り、くぐりさんは常に帽子をかぶるようになっていました。

そして2021年3月、16回目の抗がん剤入院が終わった後のこと。




撮影したCTに直腸のがんは映っていないことが分かったのです! 後日行った内視鏡検査でも腫瘍が小さくなっていることが裏付けられ、くぐりさんは喜びます。

その3か月後の2021年6月。20回目の抗がん剤投与後の検査結果は、現状維持。良くもなっていないけれども、悪くもなっていないという結果にでした。

さらにその3か月後、2021年9月。24回目の抗がん剤投与後の検査でも、前回同様の結果となりました。


あれだけ辛い抗がん剤を続けているのに結果がでないという現実に、落ち込みそうになるくぐりさん。この頃には、白血球だけでなく血小板の数値も低くなっていて、その影響で鼻血が出やすくなり、かつ長時間止まらないという副作用が出ていたのです。


2021年10月には26回目の抗がん剤入院をしようとしていましたが、血小板が少ないがゆえの鼻血のほかにも、深刻な副作用がくぐりさんの体をむしばんでいました。

自分の体は限界なのかもしれない、そんな考えを抱いたくぐりさん。
それ以降も、血小板の数値は低いまま、白血球の数値も改善せず、ついに医師はくぐりさんに維持療法をすすめます。維持療法とは、積極的にがんをやっつけるのではなく、がんの進行を予防するために行う治療のこと。


「これからは延命のための治療なんだな」
そう納得したくぐりさんは、維持療法を選択することを受け入れました。2021年11月のことでした。


漫画家くぐりさんインタビュー

――治療中に何度か強い抗がん剤にご自身の体がついていけない事態になられましたね。すごく怖かったと思うのですが、その状態をどのように乗り越えましたか?

くぐりさん
「強い抗がん剤をしてコンバージョン手術に辿りつくことを目指していたので、強い薬ができなくなると言われて絶望しました。
でも、きっと私の進んできた道は間違ってない、別の目標を作って進んでいけばいいんだ、私の体は限界まで抗がん剤の副作用に耐えてくれたんだから、自分の心もこんなところでくじけない、死ぬまでは生き抜くんだよと思っていました」


――抗がん剤5回目に、主治医から平均余命を聞いてらっしゃいましたが、そのときに全く取り乱すことなく冷静だったのが印象的でした。それはどうしてでしょうか?

くぐりさん
「事前にネットで調べていたからです。それと、あくまで平均だったので、自分はどうなるかはまだ誰にもわからないという思いがありました。自分があとどれだけ生きるにしても、やりたい事やって生きていくのは変わらないと思っていました」


――2020年12月の12回目の抗がん剤投与の後、「見た目はすっかり病人」とおっしゃりながらも、心はポジティブでらっしゃいましたね。脱毛などの副作用に恐怖を感じていた治療前から、この時点での前向きな心を取り戻すまでの心境の変化をお教えいただけますか?

くぐりさん
「最初はがん治療という体験したことのない事をするのがとても怖かったのですが、がん治療しながら生きる日常に慣れてきた事が一番の理由だと思います。
髪の毛もそうですが、失ったものに目をむけるより、今この時を生きていられる事のありがたみに意識をもってきていました。そういいつつ、前向きな心と死への恐怖が常に両方私の心の中にあります。これは死ぬまでずっと続くことだと思います」


――21年10月くらいから抗がん剤ができない状態が続き、11月下旬に維持療法が決定しましたね。くぐりさんはこれを延命のための抗がん剤だと静かに受け止めているように感じました。このときのお気持ちをお教えください。

くぐりさん
「SNSで時々見かけるコンバージョン手術ができた先輩方を目標にしていて、私もそうなるぞ!と思って治療していましたが、体が先に限界になりました。
辛いけどここからは目標変更、やりたい事して最期まで生きる、強い抗がん剤に今までよく耐えてくれたね私の体、大好き!最期までこの体で生き抜こうね、と思っていました」


    *      *      *

維持療法をしながらも旅を続け、前向きにがんと闘ったくぐりさん。その支えになったのは旅と漫画、そして家族でした。彼女の経験は、大切な存在が身近にいてくれること、やりたいことができることの尊さを私たちに教えてくれます。

取材・文=山上由利子

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