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●この記事のポイント
・GovTech東京、「東京都公式アプリ」を拡張させ、公共性の高いサービス事業者などとも連携できるようなアプリにしていく
・カギは「内製開発」。今年度は100名規模のデジタル人材の採用を予定し、東京都としてDX化を行う組織体制を強化する
●目次
「GovTech東京」がデジタル人材に呼びかける“行政DXの魅力” 東京都庁はエンジニアリングの組織 都本来の“強みを失っていた”IT領域 内製化がもたらす多層的価値創造 戦略的実装:東京都公式アプリの内製開発 都のDXの取組の先に描く行政サービスの未来 デジタル人材を積極的に確保 失われた強みを取り戻す 「GovTech東京」がデジタル人材に呼びかける“行政DXの魅力”「GovTech東京」は、東京都庁と都内62自治体を含めた東京全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める新たなプラットフォームとして2023年の9月に事業開始した、東京都出資の政策連携団体だ。小池百合子都知事のもとで副知事に就任していた元ヤフー(現LINEヤフー)社長の宮坂学氏が理事長を務めている。
東京都は、これまでも都の行政の現場の仕事を効率化するためのアプリ開発など、さまざまな現場の問題解決に取り組んできた。当然ながら“行政で必要な機能や使いやすいインターフェイス”や“本当に必要な情報”などは、行政に携わる担当者にしか見えない部分が多い。そうした現場から見えるDXの可能性を、都自身が主体的に関わりITで問題解決を図ろうというわけだ。
さらに、現在は社会的意義のある活動に参加した都民にポイントを付与する「東京都公式アプリ」を拡張させ、都に関連する書類申請や手続きはもちろん、区市町村や公共性の高いサービス事業者などとも連携できるようなアプリにしていく。そこで「ガブテックカンファレンス」を開催し、本気で挑む行政DXに興味を持つデジタル人材たちに呼びかけた。
キーポイントは「内製開発」。GovTech東京は、今年度は100名規模のデジタル人材の採用を予定し、行政DXの基盤をつくり続けられる組織体制を整備する。
東京都庁はエンジニアリングの組織これまで行政に携わったことがなかった宮坂氏が副知事となった2019年、当初は参与として登庁したころ、都庁にはWi-Fiすら整備されておらず、オフィスは紙が積みあがっているなど昭和時代のような状況だったという。当時の写真を見せながら、都職員がより効率的に働く環境の整備や、東京都水道局アプリなどのデジタル行政サービスの提供を行ってきた。そうした中で宮坂氏が都庁各局とやり取りする中で感じたのは“東京都庁がエンジニアリングの組織”だということだ。
「東京都は世界に名だたるさまざまな都市と並ぶ魅力ある街だと評価されています。都市が都市として機能するために必要なインフラを構築し運用しているからです。そのためには実はエンジニアリングがとても大切なんです。水道局をはじめとする技術系の組織の職員構成は“事務職1に対して技術職2”です。世界的に魅力ある都市を形成するため、東京都はさまざまなエンジニアリング部門を内部に持ち、技術者重視の組織構造を作り上げてきたからこそ、世界一と称される優れた都市インフラがあります」(宮坂氏)
外部委託のみに依存するのではなく、組織内の技術専門家集団による持続的なサービス品質の提供を担保していることが、東京の都市機能を支えているのだ。
都本来の“強みを失っていた”IT領域ところが「行政組織にエンジニアを抱えている強み」というノウハウは、デジタル技術導入においては十分に活用されていなかった。もちろん、ほとんどの行政のシステムにはITが導入されている。しかしそれらは長年にわたり、外部委託のみで行われていたという。
システムの予算を確保し、仕様書を提示して、応札した事業者に発注し、完成したシステムを検収して納品されたものを運用する。いわば「調達一辺倒」のアプローチは、東京都が本来持っていた本質的な強みとは真逆の構造だ。システム開発を丸投げすることで行政のIT化を自ら行うノウハウが都庁の組織には蓄積されず、入札対象のシステムごとに担当ベンダーも流動的になる。さらに検収を受けて納品が完了すると、そこで応札したベンダーの責任は果たせるため、長期的なメンテナンスやシステムの発展についてはおろそかになりがちだ。その結果として、長期的に改善していくためのスケーラビリティの確保や保守性の高さに配慮し、優れたシステムを構築するよりも、現時点の要件を過不足なく満たすシステムを納品することが優先されやすくなる。
時代に応じた柔軟なシステムの構築ができないことも大きな問題だった。GovTech東京・CTOの井原氏は「予算取り→委託→開発→納品の流れに、おおよそ3〜4年かかる状況だった」と話す。いうまでもなく現在のシステム開発においては「仮説検証の迅速な繰り返し」や「利用者の声に基づく継続的改善」は、システムの品質やエンドユーザーにとっての使いやすさを改善する上で必要不可欠な要素だ。しかし、それらを実現できない構造的問題があった。
内製化がもたらす多層的価値創造東京都がGovTech東京を設立したのは、こうした課題を克服するために、東京都自身が主体的にシステムの開発、改善に取り組める体制を整え、行政サービスを提供するプロフェッショナルの視線で、持続的な開発と改善を進める内製化、すなわち行政DXの専門家集団を形成するためということだ。
取り組みはまだ始まったばかりだが、「現場」に精通した職員にITエンジニアが寄り添いながら、問題解決を進めてきたことで、都職員の中にも“行政DX”や“デジタル化”といったキーワードに対し、自分たちも行政イノベーションに参加できる、という当事者意識が生まれ始めているという。
この意識改革に加え、行政の知識とデジタル技術を掛け合わせ、“本当に使える現場に即した”デジタルサービス開発と改良を重ねていくことが都民のニーズに真に応える質の高いデジタルサービスの提供につながっていく。
行政サービスの分野は多岐に渡るがゆえに、外部からは見えにくい特有の課題や行政サービス間の連携ノウハウがある。それら有機的に結びつくサービスノウハウが、システムに反映される機会ともなるだろう。GovTech東京・エグゼクティブアドバイザーの及川氏は「東京都の内製化アプローチは、全てを自前で開発する極端なものではない。行政システムの広範さと複雑さを考慮し、“システムの頭脳”となる企画・設計、都民の顧客体験に直結するフロントエンド、システムの運用と保守を行うプロダクトマネジメント、システム運用の中で生まれるデータ活用などについて、重要性を勘案した上で戦略的に内製化を行う」とも話す。
核となる要素を内製化することで、外部ベンダーと密に連携するハイブリッドモデルも推し進めることが可能だ。全てを外注に頼っていたころは、そもそも外部のベンダーと協業するためのカウンターパートさえなかったからだ。
戦略的実装:東京都公式アプリの内製開発この内製化アプローチの第一段階として、持続的に改良を重ねていくプロジェクトとして開発が始まっているのが「東京都公式アプリ」だ。このアプリは現状ではシンプルな「ポイントアプリ」であり、例えば都民がボランティアに参加すると、それに対してポイントが付与され、民間のポイントや、都の施設利用券との交換を可能にするといったものだが、これは始まりにすぎない。
今年後半にはマイナンバーカードを用いた公的個人認証機能を導入し、将来的には、各種手続きの申請など、個人に紐づいた行政サービスを受けるための、一元化された入り口にしていくという。宮坂氏は「将来的には都内の区市町村の行政手続や、給付金の申請など、都民が受けるべき行政サービス全体への入り口となるようなアプリを目指す」と話す。
もちろんゴールが近いわけではない。そもそも区市町村との連携にあたっては、それぞれの自治体との合意が必要だ。それらを一度に全て実装できるわけではないが、内製化を行うことで持続的な改良と発展、それに社会におけるデジタル技術の普及状況、技術トレンドなどに柔軟に対応しながら「100年間発展し続けるデジタルサービスにしていく」(宮坂氏)という。
都のDXの取組の先に描く行政サービスの未来東京都公式アプリを持続的に進化する都民との対話プラットフォームへと発展させるなかで、都政DXで培った成果を他自治体に何らかの形で提供できる体制も、宮坂氏のビジョンの中にはあるという。都政への提案機能、給付金申請・受領のオンライン化、区市町村の行政サービスとも連携した「ワンストップ申請サービス」などを実現するためのノウハウやメソッドをオープンにすることで、全国に広げていける可能性もあるだろう。
たとえば子育て関連DXでは、国、東京都、区市町村、保育園といった各所との連携を図り、ワンストップで保育園の検索から見学予約、入園の申込みまでワンストップで行うことができるサービスを実現している。これらのノウハウは、どの地域でも活かせるはずだ。
宮坂氏は「利用者にとって公共サービスの提供主体は一つ」という理念から、東京が開発したシステムやノウハウを「日本全体に展開すべき」と話す。システムの内製化が行える自治体は限られている。東京都が率先して行うDXの取組を、国全体へと波及させるには、そもそも“システムの著作権”を保有していなければならない。
オープンソース化やシステムモジュールごとのライセンスを他自治体に容易に展開するには、東京都自身がシステムの全ての権利を保有しておく必要がある。その意味でも内製化が必要というわけだ。
デジタル人材を積極的に確保内製化成功の鍵を握るのは「人材」である。GovTech東京は今年度100名規模での採用を目標に、エンジニアだけでなくプロダクトマネージャーやデータ専門家など多様なデジタル人材の獲得を目指す。求める人材像は最先端技術追求よりも、公共貢献や社会的インパクトにやりがいを感じる人材だ。宮坂氏は行政の仕事について「やりがいは半端ない」と表現し、民間とは質的に異なる使命感に基づく価値創造の可能性を強調している。
「もし自分の持つスキルを100%活かして、最先端の技術開発を行いたいのであれば、民間に居場所を見つけるほうがいい。しかし社会に貢献し、確実に生活に変化をもたらすことができるという点で、行政DXにエンジニアが積極的に関わるやりがいは大きい」(宮坂氏)
またシステム開発だけではなく、セキュリティ人材の確保も急ぐ。今年度、東京都は都庁全体のサイバー攻撃を監視する「セキュリティオペレーションセンター(SOC)」設置を計画しており、巧妙化、高度化するサイバー攻撃から都民の重要情報や、都民生活を支える重要インフラなどを防護する体制を整えるという。
「ニューヨークでは、さまざまな専門家が集まった数百人規模のSOCが組織されていた。こうした世界のベンチマークとなる事例を参考に、政策連携団体や区市町村とも協力した包括的セキュリティ体制の構築を進める」(宮坂氏)
失われた強みを取り戻す宮坂氏によると、ちょうど都庁を退職する世代の職員には「かつて汎用コンピュータで行政サービスを効率化するシステムのプログラムを書いていた」という人に出会うことが多いという。つまりかつてはシステムの内製を指向していたことになる。しかし職員主導のシステム開発から外部委託中心へと移行し、品質管理や継続的改善の視点が希薄化していた東京都の行政デジタル分野。東京都が内製化に舵を切ることは、この状況を根本から変革する戦略的転換点であり、成果が明確になるまでの時間は相応にあるだろう。
しかしデジタル領域で失われていた“東京都の強み”を取り戻すことができれば、日本全体の公共サービス水準向上に貢献する潜在力を持っている。公共サービスの本質的価値向上と持続的進化を可能にする戦略的フレームワークとして、しばらくの間、GovTech東京の動向からは目が離せない。
(取材・文=本田雅一/ITジャーナリスト)