400年以上の歴史を誇る約1万坪の日本庭園を有し、長きにわたり結婚式場として親しまれてきた東京・白金台の八芳園。2025年に創業82周年を迎え、現在では結婚式事業で培ってきたプロデュース力を活かし、「総合プロデュース企業」として宴会・レストラン事業やMICE事業など、幅広い事業を展開。さらに観光産業への貢献のために、地域活性化を目指した商品企画やイベントプロデュースなど、東京だけでなく日本各地で新しい文化や交流を生み出そうとしている。株式会社八芳園コーポレートコミュニケーション部部長の工藤芽生さんに、同社が進める交流文化創造や今後の展望について話を聞いた。
江戸時代から続く広大な日本庭園を有する八芳園は、「日本を、美しく。」というパーパスのもと、婚礼・宴会、MICE事業、地域プロモーションなど多角的に事業を展開。日本の歴史や文化を守りながら、その魅力を世界へ発信し、「交流文化創造」という新たな市場を生み出すことを目指している / 【提供=株式会社八芳園】
■少子化・晩婚化を背景に総合プロデュース企業へ
――江戸時代から続く日本庭園を基盤に、どのように事業を展開されてきたのでしょうか?
【工藤芽生】料理人として、大衆割烹をはじめ数多くの飲食店を経営していた創業者の長谷敏司が、1950年にこの日本庭園で「壺中庵」という日本料理店を開業したのが「八芳園」の始まりです。その後、1960年に宴会場と結婚式場を備える「八芳園洋館」を建設し、結婚式事業に本格的に参入していきました。
【工藤芽生】結婚式は、お打ち合わせから始まり、料理や音楽、映像制作、おもてなしまで総合的なプロデュース力が必要とされます。そこで培った力を活かして、現在では週末の結婚式だけでなく、平日の宴会事業にも力を入れるようになりました。現在では、結婚式と並び宴会が事業の大きな柱となっています。
八芳園にある個室料亭「壺中庵」にて。窓からは日本庭園を眺められる。現在は施設改装工事に伴い、一時休業中 / 【撮影=三佐和隆士】
【工藤芽生】さらに、宴会事業は国内だけでなく海外にも広がり、「MICE(Meeting=会議、Incentive Travel=報奨旅行、Convention=国際会議、Exhibition/Event=展示会・イベント)」の受注も増えています。MICEは日本の経済にも大きな影響を与えており、インバウンド観光を活性化する重要な要素のひとつです。弊社では急増するグローバルイベントにおけるプロデュース力を、地域の伝統文化や食を魅せるプロモーションといったビジネスにも活かしています。また、アナログなブライダル業界のDX化にも成功し、残業時間を3分の1に削減した実績をもとに、他社へのDXコンサルティングなども手掛けさせていただいております。
――「MICE」は具体的にどのようなイベントなのでしょうか?
【工藤芽生】さまざまな規模や目的がありますが、私たちが得意としているのは、MICEの中でも、M(Meeting)やI(Incentive Travel)といった小・中規模のイベントです。例えばI(Incentive Travel=インセンティブ旅行)には、企業が社員に対して行う報奨旅行や研修などがあります。
【工藤芽生】八芳園は、日本庭園を有する「ユニークベニュー」です。そして、これまでの結婚式事業で、お客様一人ひとりの要望をヒアリングし、食においては、100人いれば100通りの食のメニューを提供できるノウハウが蓄積されており、ヴィーガンやハラルフレンドリー、アレルギー対応など、お客様の多様な要望に応えることができます。こうした理由から、多くの海外の企業の方が、八芳園を選んでくださっているのだと思います。
――「総合プロデュース企業」と掲げられてから、事業の幅を拡大していったのでしょうか?
【工藤芽生】「総合プロデュース企業」という看板を掲げたのは、2021年10月からですが、それまでも私たちの強みは総合プロデュース力にあると考えていました。また、少子高齢化や晩婚化など、ブライダル業界にはさまざまな課題があり、結婚式場は転換が必要であるという認識がありました。
【工藤芽生】そこで結婚式場としてこの場所にあり続けるのではなく、「生涯式場」という新たなコンセプトを打ち立てて、事業ポートフォリオの転換にチャレンジしてきました。結婚式は一生に一度の「点」ですが、銀婚式や金婚式、お子様のお食い初めや七五三、成人式など、さまざまなアニバーサリーをプロデュースすることで、お客様との関係性を「線」へとつなげ、生涯にわたりお客様に伴走したいと考えています。
■「交流文化創造」による観光産業への貢献
――2023年には、交流文化創造市場の創出という事業構想を発表されました。
【工藤芽生】これまで私たちは、結婚式を通して、多くのお客様の故郷の食材や伝統料理をアレンジしてご提供してまいりました。さまざまな地域の食材や伝統料理を八芳園のシェフが非日常的に演出することで、新しい食の魅せ方を発見してきたのです。これが「交流文化創造」のヒントになりました。
福岡県大川市や福島県立岩瀬農業高等学校、山梨県山梨市など全15の自治体や学校と連携協定を締結 / 【撮影=三佐和隆士】
【工藤芽生】東京2020オリンピックでは、内閣官房が立ち上げた「ホストタウン」という取り組みに携わらせていただきました。これは、海外の選手・関係者などを、ホストファミリーではなくホストタウンとして、全国の自治体が受け入れるという取り組みです。しかし、ホストタウンとして、海外の方たちを受け入れるにあたり、食のおもてなしは重要です。そこで、グローバルなビジネルイベントなどで食の多様性への対応や空間演出において多くの事例がある八芳園に、「ホストタウンアピール実行委員会」への参画オファーをいただき、食文化交流の企画やプロデュース、メニュー開発といった部分を担当させていただきました。
ホストタウン関連事業のなかで提供されたメニューの一例 / 【提供=株式会社八芳園】
ホストタウン関連事業のなかで提供されたメニューの一例 / 【提供=株式会社八芳園】
【工藤芽生】私たちは全国の自治体の課題を伺って、その地域の食材や伝統料理と、迎え入れる国の食文化を掛け合わせた料理を提案しました。このように、私たちの強みは、食を通じた文化の創造や、交流のきっかけづくりだと考えています。観光産業に真っ向から入るのではなく、食を通じて、エリアの活性化に貢献していきたいと考えています。
【工藤芽生】創業者は、この場所を拠点に海外の方々をお迎えし、日本の観光に寄与したいという言葉を申し伝えております。その想いが私たちの中にずっとあり、今こそ食を通じた地域のプロモーションにより、国際観光事業に寄与していきたいと考えています。
■福岡・大川の職人の技術を結集した組み立て式茶室
――具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?
【工藤芽生】2014年に作った「無常庵-MUJYOAN-(以下、無常庵)」という組み立て式の茶室があります。1990年代以降、海外からの宴会のご依頼が増え、例えばわかりやすい日本食や、祭りなど、典型的な日本文化を伝え続けてきました。しかし、海外の方が日本に慣れてくると、もっと新しい文化が見たい、もっといろいろな地域のことを知りたいという欲が湧いてくるんですね。
組み立て式茶室「無常庵」 / 【提供=株式会社八芳園】
【工藤芽生】そこで社長をはじめスタッフが、日本全国の地域文化に触れる行脚に出ました。最初に訪れたのが福岡県大川市です。大川市は木工家具の産地として有名でしたが、時代の変化とともに生産量が減少しておりました。家具職人の技術を活かして何か新しいものが作れないかと考え、社長が組み立て式の茶室をオーダーしました。この茶室には、大川の伝統である組子細工やふすま、建具など、大川の職人たちの技術が結集されています。
【工藤芽生】この「無常庵」は、1時間ほどで組み立てることができ、大使館夫人を招いたお茶会を八芳園で開いたり、シンガポールや台湾に持っていったりして、茶道や抹茶、そして職人の技術など、多くのことを伝えられるようになりました。また、制作に関わってくださった職人の方たちは、自分たちもまだ何かできるのではないかと勢いづき、その後、大川市で職人たちが集まるイベント「クラフトマンズデイ」を開催しました。さらに「無常庵」を使った大川市のイベントでは、地域のシェフと八芳園のシェフが交流し、地域の食材や料理を、八芳園流にアレンジして提供をしました。
――そういった協業は一度きりで終わることも多いですが、持続的な関係を築かれているのですね。
【工藤芽生】観光産業を育て、多くの人に継続的にその地域を訪れてもらうためには、その地域に継続的に関わっていく人が育たなければならないと感じています。関わってくださった方々が、その後も継続してその土地で活躍していきたいと思えるような、人材育成にも焦点を当てています。これは時間がかかることで、すぐに結果が出るものではないという気持ちで取り組んでいます。
【工藤芽生】現在は、15の学校や地域と連携協定を結んでいます。連携協定を結ぶ意味は、一度きりの取り組みではなく、継続的に一緒にプロジェクトに取り組むことにあります。そのなかで、さまざまな交流を通じて新たな文化を生み出し、人を育てていくことが、連携協定のメリットの一つだと考えています。
福島県産のGAP認証を取得した食材を使ったきんつば。東日本大震災後に風評被害を受けた福島県産の食材の魅力を伝えるために開発した / 【提供=株式会社八芳園】
■日本の歴史・文化を未来へつなぐために
――日本各地で歴史や文化を守りながら、その魅力を世界へ発信するために大切にしていることは何でしょうか?
【工藤芽生】継続的に伴走できるパートナーになることを非常に大切にしています。地域の方々は、「自分の地元には特別なものがない」とおっしゃることがありますが、その土地に昔からある文化や自然、そこから生まれる食文化など、脈々と受け継がれてきたものはすべて資産です。
【工藤芽生】私たちは、それらの資産を第三者の目線から、あらためて気づかせていただき、よりサステナブルなものにしていくために、発信の仕方を変えたり、さらに発展させたりして、違う角度から光を当てる、ということをしています。
――外国のお客様に対しては、どのように日本の文化を伝えているのでしょうか?
【工藤芽生】例えば、ヴィーガンのお客様への対応では、昔は精進料理のようなものをイメージしたかもしれません。しかし、海外の方との交流が増えるなかで魅せ方にも工夫を凝らすようになり、たどり着いたもののひとつが、宝石のように美しい「ピンチョス」です。ヴィーガンという制約があるとしても、見た目が劣ったり、楽しさが失われたりしないよう、「おもてなしを」を尽くしたダイバーシティ対応の料理とはなにか、という点を大切にしています。
ヴィーガン料理として誕生したピンチョス。木のプレートは大川の職人によるもの / 【提供=株式会社八芳園】
――魅せ方にこだわることは、例えば日本の若い世代に伝統文化を伝えることにもつながりそうです。
【工藤芽生】八芳園では、日本庭園を使ったライトアップイベントなども開催しており、TikTokerやインフルエンサーの方々にも多数お越しいただいています。その方たちの投稿を見て、日本庭園に興味がなかった方でも「ライトアップしているから行ってみよう」と足を運んでくださることもあります。日本の伝統や文化をそのままの形で伝えるだけでなく、さまざまな魅せ方を打ち出すことは非常に重要だと考えています。大切なものを守りながらも、日本各地の伝統文化を新しい形でお見せして、その地域に行きたいと思ってもらえるような、文化交流のハブとなることを目指しています。
■神社との協業で、福岡から九州を盛り上げる
――2025年3月、福岡にオープンしたカフェ「VEGETABLE LIFE CAFE by THE KEGO CLUB」について教えてください。
【工藤芽生】2024年、八芳園は福岡・天神に遷座して400年以上の歴史を持つ警固神社様と協業を開始しました。神社での挙式に加えて、社務所ビル内で運営する「THE KEGO CLUB by HAPPO-EN」での披露宴やパーティー、MICE事業などもおまかせいただいております。
【工藤芽生】警固神社様も八芳園と同様に、結婚式だけでなく、神社を通じて地元のコミュニティ活性化やエリアの発展に寄与するという考えをお持ちです。そこで私たちも運営だけでなく、警固神社様がハブとなり、福岡エリア、さらには九州全体を盛り上げる拠点になることを目指しています。
【工藤芽生】その考えのもとオープンしたのが「VEGETABLE LIFE CAFE by THE KEGO CLUB」です。カフェとして売り上げを伸ばすのではなく、「THE KEGO CLUB by HAPPO-EN」で提供するパーティー料理のコンセプトである「KYUSYU CUISINE(九州キュイジーヌ)」を、より身近に日常的に楽しんでいただきたいという思いがあります。「KYUSYU CUISINE」は、福岡県産の⾷材と無農薬野菜を活かした、サステナブルかつ地域密着型のメニューです。九州の素晴らしい食材を使った料理を、宴会や結婚式でしか味わえないのはもったいないという考えから、カフェという形で気軽に楽しんでいただけるようにしました。さらに、フードロスが問題となるなかで、物流に乗らない規格外野菜を使うことで、九州の農家の方たちに貢献させていただきたいという思いがあり、今回のカフェでは積極的に規格外野菜も使用しています。
福岡県産の新鮮な⾷材と無農薬野菜を活かした、サステナブルかつ地域密着型の「KYUSYU CUISINE」がコンセプト※写真はイメージです / 【提供=株式会社八芳園】
――オープン後の反響はいかがですか?
【工藤芽生】大変ご好評をいただいております。規格外や無農薬の野菜を積極的に使うことで農家の方たちも大変喜んでくださっていましたし、メディアの試食会で農家の方たちをご紹介することもできました。試食会で野菜を「おいしい」と言ってもらえたり、取材を受けたりすることで、農家の方にも「また頑張ろう」という気持ちになっていただけたらうれしいですね。今後もさまざまな角度から貢献していきたいと考えています。
■地域と世界をつなぐハブへ
――今後の展望について教えてください。
【工藤芽生】現在、福岡で株式会社⼋芳園エリアプロデュース警固という地域法人を設立し、福岡に特化したエリアプロデュースを進めています。この展開がさまざまな地域に広がっていけば、これまで以上にエリアに特化した貢献ができるかもしれません。また、地域に企業を持たなくても、現在の連携協定を活かして、さまざまな地域に貢献していくことが目下の目標です。
「地域発展のために一緒に伴走していきたい」と話す工藤さん / 【撮影=三佐和隆士】
【工藤芽生】エリアが発展することで、海外の方々が訪れたいと思う場所になり、ひいては地域の観光産業への貢献にもつながるはずです。結婚式事業で培ってきた総合プロデュース力を活かし、今後も国際観光事業に寄与していきたいと考えています。
取材・文=伊藤めぐみ
撮影=三佐和隆士