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コーヒーで旅する日本/四国編|喫茶店全盛期から40余年。「可否庵」の多彩な豆の顔ぶれが物語る、変化を続ける老舗の懐深さ

  • 2024年2月7日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第13回は、徳島市の「可否庵」(コーヒーあん)。かつては数十軒の喫茶店がひしめいたオフィス街にあって、開店から40年以上続く老舗の1つだ。創業者のマスター・近藤さんは、界隈の自家焙煎の草創期から試行錯誤を重ねて、独自のコーヒーを追求。6年前から、地元企業から転身した娘婿の杉大輔さんもカウンターに立ち、二人三脚で新たなコーヒーの楽しみを提案している。深煎り嗜好が強い徳島にあって、近年は浅煎りの個性際立つスペシャルティコーヒーを多彩に提案。地元のコーヒーシーンを見続けてきた老舗は、今また若い世代を中心に新たなファンを広げている。

Profile|近藤節昭(こんどう・さだあき)
1953年(昭和28年)、徳島県阿波市生まれ。神奈川の和食店で約3年、料理人として勤めていた時代に通った喫茶店で、コーヒーの魅力に触れ、自らも喫茶店の開業を志す。同店で抽出や焙煎を学び、徳島に戻り、1980年に「可否庵」を創業。地元で先駆けて自家焙煎・ハンドドリップのスタイルを打ち出し、現在はスペシャルティコーヒーの品ぞろえを広げ、浅煎りならではの多彩な豆の個性を提案している。

Profile|杉大輔(すぎ・だいすけ)
1988年(昭和63年)、徳島市生まれ。学生時代から地元の地域活性化のプロジェクトに関わり、卒業後は県外で就職。2013年に徳島の地域マネジメント会社に移り、みわこさんとの出会いをきっかけに、「可否庵」でコーヒーの奥深さにひかれて、仕事の傍ら焙煎を学び始める。2017年に退職し、「可否庵」の焙煎、Web運営やイベント出店を担当。

■料理人から転身し、ゼロから始めた自家焙煎
徳島駅の東側、市役所をはじめ官庁や企業が集まるビジネス街の一角。界隈を歩くと、大小のオフィスビルに交じって、そこここで喫茶店に出くわす。「可否庵」も、そのなかの一軒だ。「開店当時はもっと喫茶店があって、この周辺だけで15軒ほどはあったはず」とは、店主の近藤さん。「可否庵」が開店した1980年代には、四国放送や徳島新聞社などの報道機関と関連会社も数多くあり、最盛期は1日に150杯ものコーヒーを出していたという。「その頃は喫茶店が、各社員のオフィス代わりになっていて、それぞれの店で部署の縄張りみたいに分かれていました。うちは新聞社の政治経済部や広告会社の人がよく来ていて、打合せや商談、接待の場に使われていて、コーヒーはあくまで会話のお供くらいの感じでしたね」と、往時を振り返る。

いかにもマスター然とした近藤さんだが、元々は和食の料理人。神奈川で3年ほど修業を積んだが、「店の近所の喫茶店のコーヒーがおいしくてね。独立を考えたとき、和食だと準備も大変だから、喫茶店ではどうかと思ったのが開店のきっかけでした」と近藤さん。地元・徳島に戻り、折よく喫茶店の店長として声をかけられたが、オーナーが高齢だったこともあり、半ば譲り受ける形で店を始めることに。「しつらえは自由に変えていいからと言われて、前の店の構造は残して、富山の合掌造りの家の部材を買い取って、組み入れてもらいました」という、店内の重厚感と温かみのある雰囲気は、ここならではの持ち味だ。

ここに、神奈川で通っていた喫茶店から譲り受けた古い焙煎機、通称・ブタ窯を置いて、自家焙煎も始めた近藤さん。ただ当時の徳島では、生豆の問屋が少なく、ロットも1袋=60キロ単位でしか買えなかった時代。「個人店では仕入れにくかったので、自家焙煎はやめようかとも思いましたが、せっかく始めたから、感覚を忘れないようにタンザニアの豆を1袋だけ買って、豆を焼くことは続けていました」。開店からしばらくは焙煎豆を仕入れて使っていた時期もあったが、その後、10キロ単位での仕入れが可能になり、徐々に自家焙煎の豆に入れ替えていった。

とはいえ、当時、使っていたブタ窯は、メーターも何もない原始的な機体ゆえ、焙煎の感覚を得るのも試行錯誤の連続だった。「とにかくコーヒーに関する情報がなくて、同業の横のつながりもないから、自分の勘だけが頼り。ガスの炎の高さを憶えるために、焙煎機のボディに線を書いたりしていましたね」と近藤さん。抽出についても、ネルで大量に淹れたコーヒーを温めて出す店が多かった当時から、ハンドドリップ1杯立てで提供。「淹れ置きして温め直した、煮詰めたような味が苦手で。神奈川で通った喫茶店もペーパードリップだったので、抽出の仕方を教わりました。その頃は、ブレンドがメイン。ストレートも置いていましたが、頼むのは本当に好きな人か、ちょっとカッコつけたい人くらいでした(笑)」と振り返る。

■職人の経験とデータの融合、二人三脚の味作り
中深煎りと深煎り、2種の看板ブレンドはお客の好みに合わせて考案したもの。当時の徳島では、コーヒーといえば深煎りが主流だったが、そのなかにあって、近藤さんは一貫して浅煎り党。実は、開店当初に大量に買ったタンザニアの豆も、自らが飲むため浅煎り豆を焼くために使い、残りをアイスコーヒー用にしていたという。独学で始めた自家焙煎だったが、「その頃は勘頼みで、ひとりでやっていたから、技術を上げるにも限界がありました」と近藤さん。その間、街の姿も変わり、近隣にあった会社や喫茶店も減っていく、時代の変化の中で大きな転機となったのは2016年。娘婿にあたる杉大輔さんが、店に関わり始めたことだった。

実は、近藤さんの奥様は、徳島の人気ベーカリー・オーバッシュクラストを手掛け、姉妹店のオーバッシュカフェを娘のみわこさんが担当。杉さんと結婚した当時、みわこさんは、母のパンと共に父のコーヒーを受け継ごうと、焙煎の勉強をし始めていた頃だった。「マスターの焙煎技術を残そうと、妻は週に1回、マスターから焙煎のやり方を教わっていました。たまたま僕も付いていって、見せてもらったらおもしろくて。コーヒーは元々好きだったこともあり、ここで興味を刺激されて奥深さを知りました。そうして通ううちに、いつのまにか僕のほうが進んでやるようになると、妻はすっとフェイドアウトしていって(笑)、僕が焙煎担当になりました」

その頃、杉さんは神山町で別の仕事をしていたが、2017年から「可否庵」に完全移行。近藤さんも、「2人が本気でやるならば」と、ちょうど修理がきかなくなったブタ窯を、新しい焙煎機に入れ替えた。「まずマスターの焙煎プロファイルを残そうと、データを取るのに半年くらいかかりました。その間に何となく自分なりのやり方を模索してきたけど、実際に試すと違うことも多い。ゴールはない仕事ですが、2人でやると違う視点を共有できるというのは大きい」と杉さん。対して、「数字だけでなく、豆の状態を見て焼くことも大事」とは近藤さん。職人の経験とデータに基づいたアプローチの融合が、「可否庵」の新たな味作りのスタンダードとなった。

また以前は、表立ってオーバッシュクラストとの関係は打ち出してこなかったが、杉さん夫妻が加わって以降は、近年は「可否庵」でのパンの販売やメニュー提供だけでなく、一緒にイベントなどに出店する機会も増えてきた。パンとコーヒーのコラボレーションの広がりも、店の新たな魅力の1つになりつつある。

■好みの可否は人それぞれ。お客本位を貫く老舗の懐深さ
新たに2人で作り上げるコーヒーは、焙煎では20分くらいかけてじっくりと時間をかけて火を通すのと対照的に、抽出はスピード重視。3回の注湯をものの1分ほどで終える、あまりの早さに思わず目を見張る。「ゆっくり淹れると、旨味も出るが雑味も出る。さっと淹れて、おいしいとこだけを取る感覚。抽出の早さは西日本一です(笑)」と近藤さん。和食でいえば、すっきり澄んだ一番だしを取る感じだろうか。軽やかな口当たりのなかにも、しっかりと風味の密度があり、後を引く清々しい余韻が心地よい。杉さんが加わった6,7年前から豆の種類も増え始め、シングルオリジンの品ぞろえは年々広がっている。希少なゲイシャ種から、アナエロビックやインフューズドなど最新のプロセスまで、失礼を承知で言えば、この店構えにして今様のコーヒーがそろっていようとは、よもや思うまじ。

「きっかけは、一世を風靡したパナマ・エスメラルダ・ゲイシャでした。“何これ?自分が知っているコーヒーと違う!”という衝撃を受けて以来、個性的な豆をあれこれ探すようになりました。しかも、自分が飲んでみたいという興味が先に立っているから、メニューがどんどん増えていって(笑)。売れたらラッキーくらいの感じで、いろいろ提案しています」。深煎り全盛の時代から浅煎り一途だった近藤さんにとって、ようやく出合えた浅煎りならではの多彩な味わいに好奇心は尽きない。さらに開店当初を思えば、小ロットで買える現在のスペシャルティコーヒーの普及には、隔世の感があるだろう。

サードウェーブコーヒーの上陸以降は、「流れについていくのが大変」というものの、コロナ禍を機に自宅でコーヒー飲む層が増えたことで関心が高まり、浅煎りを求めて訪れる若い世代も増えているとか。いまやシングルオリジンのメニューは数えきれないほどになったが、それでも、老舗のスタンスはブレることはない。「味わいの幅は広がりましたが、最終的に、お客さんにとって好みに合うかどうかが大事。まさに可か否か、コーヒーってそういうもの」という近藤さんの姿勢は、長年、徳島のコーヒーシーンを見てきたからこそ。絶えず変化を続けながら、大らかにお客を迎える懐深さこそ、地元で厚い支持を得る所以だ。

■近藤さんレコメンドのコーヒーショップは「COFFEE TO」
次回、紹介するのは、徳島市の「COFFEE TO」(トーコーヒー)。「ここでコーヒーを好きになって、若くして店を開いた店主の森田君、西谷さん夫妻は、コーヒーの好みが同じ浅煎りで、相通じるものがある2人。焙煎担当の森田君は勉強熱心で、おもしろい豆の情報を教えてもらうこともあります。シングルオリジンのみ、2人がいいと思うコーヒーをプッシュしていて、浅煎りのコーヒーを飲める店が少ない徳島では貴重な存在です」(近藤さん)

【可否庵のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 3キロ(直火式)、煎っ太郎 500グラム(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(カリタ・ハリオ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン7~8種、100グラム550円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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