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「戦国最弱」の武将、実はものすごく強かった!?何度負けても蘇る“不死鳥大名”小田氏治とは?【作者に訊く】

  • 2023年11月30日
  • Walkerplus

日本全国で武将たちが鎬を削った戦国時代。自然と、後世に知られる武将はその強さや華々しい死に様を誇っている者が多い。だが、それとは真逆の「戦国最弱」と謳われる武将がいたことをご存知だろうか?
あまたの英雄・豪傑がしのぎを削った戦国時代。華々しい活躍をした戦国大名から知る人ぞ知る武将までその生き様に惹かれる人は多いが、その半生はあまり知られていないもの。そんな戦国のスターからマイナー武将まで、戦国武将の生涯をYouTube漫画として描いているのが漫画家の徳永サトシさんだ。

「マンガでわかる 戦国武将のさいご図鑑」(マイナビ出版)や、「マンガ版 教養として学んでおきたい5大宗教」(執筆・監修:中村圭志、マイナビ出版)など、歴史・宗教に関する書籍も手がける中、日々歴史漫画をYouTubeで発表する徳永さん。動画作品の中には100万再生を数えるものもあるほど人気を博す。今回は「戦国最弱武将・小田氏治の生涯を簡単解説!」の紹介とともに、作者の徳永さんに知る人ぞ知る大名・小田氏治の描き方を取材した。

■9回落城、8回奪還…負け星の最弱武将は愛される名領主
「戦国最弱武将・小田氏治の生涯を簡単解説!」は、一見武将としては不名誉な異名を持つ常陸国(現在の茨城県)の大名・小田氏治の半生を、大筋はなぞりつつ諸説あり・創作あり・省略ありの前後編で描いた漫画動画作品だ。

氏治が現代、“最弱”と言われるゆえんはその敗北数にある。なんと、自らの居城である小田城を9回も落城させているのだ。さらに、名門であった小田氏は大名としては氏治の代で途絶えてしまったことも、その印象に拍車をかけている。

そんな氏治は、初陣から負け戦を経験する。北条氏と山内上杉家・扇谷上杉家・足利古河公方の連合軍の戦いで、小田氏は連合軍に組していた。連合軍の兵力は北条軍の数倍で普通なら負けるはずがない戦力差だが、日本史に残る奇襲を食らった連合軍はあえなく敗走。氏治の敗戦街道はこのときから始まった。

その後、北条軍は小田氏の所領にも侵攻し、当主となった氏治はこれに立ち向かうも、次々と落城。居城である小田城も陥落してしまう。ここまでだけを見ると「とにかく弱い」イメージの氏治だが、“小田城が9回落城した”というのは、裏を返せば“8回は取り戻した”ということ。北条氏をはじめ、結城氏、佐竹氏、「鬼真壁」こと真壁氏幹、果ては上杉謙信らと終わりの見えない小田城攻防戦を繰り返すことになる。

決して戦上手とは言えない氏治だったが、領民たちの支持は篤く、氏治以外が城主の際は年貢を隠したといった逸話もあるほど。そして何と言っても、氏治は大名でこそなくなったものの徳川家康の次男・結城秀康の家臣となり、強敵たちを相手取り乱世の世を見事に戦い抜いたのだった。

■「単純に「弱い」という評価には収まらない」氏治の魅力
連敗を重ねながらも同時代の武将からその手腕を評価され、それゆえ愛される小田氏治。そんな氏治像を描いた徳永さんに、制作背景を訊いた。

――小田氏治を漫画に取り上げた理由と、はじめて知ったときの印象を教えてください。

【徳永サトシ】取り上げた理由は、「戦国最弱」というキャッチコピーを目にして魅力に感じたからです。はじめて知ったときの印象は、とても魅力的な人物だと感じました。

――“最弱武将”の肩書きは、歴史上の人物としてだけでなく漫画のキャラクターとしても立っていると思いました。漫画に描く上で特におもしろいと思ったポイントを教えてください。

【徳永サトシ】何度も城を落とされているけど、そのたびに取り返している。そして部下からの信頼も非常にあつい。単純に「弱い」という評価には収まらない人物像が魅力的で、おもしろいと思いました。

――動画ラストで不屈の決意をたたえた氏治の笑顔が印象的です。徳永さんは氏治をどんな人物として捉えたのでしょうか。

【徳永サトシ】とても人間的で魅力に溢れた人物だと思いました。武田信玄のように強くて魅力的な人物もいますが、信玄とはまた違った魅力のある人物だと思います。家臣だけでなく地元民からも愛される存在だったというのも、素敵だと思います。

取材協力:徳永サトシ(@tokunaga0621)

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