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コーヒーで旅する日本/九州編|福岡をコーヒーの街にした立役者。伝え教えていくことを続けた「ハニー珈琲」

  • 2023年5月1日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第69回は福岡で幅広い年代に親しまれるコーヒーショップ「ハニー珈琲」。コーヒーの街と言われることが多い福岡において、2000年代初めからスペシャルティコーヒーを積極的に広めてきた店として知られ、“ハニー珈琲=スペシャルティコーヒー”というイメージは根強い。代表を務める井崎克英さんはもともと20代で塾を始め、およそ20年にわたり塾の経営者、講師として活躍。コーヒーは高校生の時からよく飲んでいたものの、特段知識が深いわけではなく、いちコーヒーラバーとして身近にあったもの程度だったそうだ。そんな井崎さんがなぜコーヒーショップを営むようになり、スペシャルティコーヒーにこだわり、そして多くの後進を育ててきたのか。福岡にコーヒーの土壌を築いた立役者の一人、井崎克英さんの考えに触れる。

Profile|井崎克英(いざき・かつひで)
1953(昭和23)年、福岡県北九州市生まれ。1977年に知人と一緒に学習塾を立ち上げ、講師、経営者として約20年にわたり活躍。「ハニー珈琲」はもともと福岡市南区野間大池のダイエー野間店にあった小さな自家焙煎のコーヒー豆店で、井崎さん自身常連だった店。同店の店主から「店を閉めなければならなくなったので、後をやってみないか」と声をかけられたのを機に42歳の時にコーヒーの道へ。1996年、屋号そのままに「ハニー珈琲」を受け継ぐ。2023年4月現在、喫茶業態の「カフェミエル」を含めて、福岡県内に8店舗を展開中。

■「塾って必要なのか?」からコーヒーへ
「学習塾時代はやる気を引き出す教育研究に没頭していました。ただ、塾をやっていくに従い、塾は子供たちにとって本当にプラスなのか。夜な夜な子供が外に出るというのは、根本的に間違っているんじゃないか、というジレンマを抱えるようになったんです」と切り出した井崎克英さん。

子供たちにとって大事なのは家族と仲良く過ごす時間なのではないか、勉強は本人が「やらなきゃ」「やりたい」と思った時にやった方がはるかに効率も良いし、成果も上がるのではないか、実際、中学程度の内容なら1年もあれば十分カバーできるはず、という考えが芽生えていた井崎さんは、塾を続けていくことに疑問があった。そんな時に「ハニー珈琲」のもともとの経営者からの「店をやってみないか」という誘い。井崎さんは「二つ返事で快諾しました。ただ、その裏側には、それを後押ししてくれた両親や妻など家族の存在が大きい。私はコーヒーに関しては素人同然でしたが、なんとかなるだろうと思っていました」と当時を振り返る。

そうして1996年に「ハニー珈琲」を引き継いだ井崎さん。焙煎機の使い方などは前店主から教えてもらって焼いていたが、「ある時、どう焼いてもまったくおいしくないことがあって。原料の問題もありましたが、焙煎の仕方も今考えると適当なものでした」と苦笑い。

「他人が焙煎したものならまだ許容できるんでしょうが、自分が作ったコーヒーがこう美味しくないんじゃ、納得できるわけがなく…。その当時の私なりにいろいろ試行錯誤をしましたが、袋小路でした。そんな時、義理の弟が『こんなコーヒー豆を見つけましたよ』と買ってきてくれたのが、当時聞いたこともないスペシャルティコーヒーというものだったんです」

シアトル系コーヒーショップが販売していた、そのスペシャルティコーヒーを飲んだ井崎さんは、美味しさに驚いたそう。同封されていたパンフレットには、スペシャルティコーヒーについて詳しく書かれており、今まで自身が扱ってきた生豆とは根本から違うことを知った井崎さん。手に入れることはできないかと、すぐにインターネットで検索し、「珈琲屋メーリングリスト」というコミュニティを発見。それが生豆の共同買い付けグループ「珈琲の味方塾」の前身で、この出会いが“ハニー珈琲=スペシャルティコーヒー”という形になっていくきっかけとなる。

■福岡をコーヒーの街に
「珈琲の味方塾」でスペシャルティコーヒーの生豆の共同買い付けを始めた「ハニー珈琲」。これが2000年ごろで、日本にはスペシャルティコーヒーそのものがまったくない時代。東京のように先端が集まる場所ならまだしも、地方都市である福岡でスペシャルティコーヒーを浸透させるのは相当な苦労があったのではないか。

「まず飲んでもらわないといけないという点で、苦労はありましたね。それで豆をご購入くださったお客様にカプチーノをサービスするなど、いろいろやりました。なかでもわかりやすいと好評だったのが全種の豆の試飲。それまでのコーヒーは冷めると雑味が表に出て美味しくないというのが一般的でしたが、スペシャルティコーヒーはそのクリアな味わいから、冷めても美味しいんですよね。むしろ冷めた方が味わいがわかりやすい。さらに淹れ方もコーヒー粉に湯をそのまま注ぎ、最後に茶こしで濾すだけという方法がスペシャルティコーヒーには最適ですから、手間もかからない。このやり方を思いついた時は、革新的だと自画自賛でしたね」と笑う井崎さん。

そうやって少しずつ「ハニー珈琲」はファンを増やし、福岡にスペシャルティコーヒーを広めてきた。井崎さんは「コーヒーを主体としたカフェを営んでいた若手のバリスタたちがスペシャルティコーヒーに興味を持ち、うちの豆を店で使ってくれたのも大きかった。manucoffeeのオーナー西岡さんをはじめ、そこで働いていたREC COFFEEの岩瀬さんたちが、”ハニー珈琲の豆を使ってカフェをやりたい”と言って、若い世代のお客様にもスペシャルティコーヒーの美味しさを広めてくれました」と話す。

そのことをREC COFFEEの岩瀬由和さんは、「『珈琲の味方塾』で学んだことを井崎さんはすべて教えてくれた。とくにカッピング技術を磨き、味わいを客観的に判断できることが大切で、それが基本だと口酸っぱく言われました」と話す。

こういった教える、後進に伝えていくという行為はもともと学習塾を経営し、多くの子供たちに勉強を教えてきた井崎さんならではかもしれない。福岡のコーヒー業界において、「2000年ごろから10年以上にわたり『ハニー珈琲』さんが業界を巻き込みながら行ってきた活動の意味はとても大きい。『ハニー珈琲』さんがあったからこそ福岡のコーヒーシーンは大きく成長したと思う」という声が福岡のコーヒー業界で聞こえてくるのも納得だ。

■27年前と思いは変わらず
そんな「ハニー珈琲」は現在、福岡県内に8店舗を展開し、ますますファンを増やしているところだ。もちろん生豆はスペシャルティコーヒーにこだわり、さらに第15代ワールドバリスタチャンピオンである長男、井崎英典さんのつながりから「プロジェクト・オリジン」と共同で生豆の買い付けを行うなど、よりオリジナリティあふれるコーヒーを提案中。

「プロジェクト・オリジン」とは、第16代ワールドバリスタチャンピオンのササ・セスティック氏(オーストラリア)が創設した生豆買付会社で、コーヒー精製処理にワイン醸造の手法を取り入れるなど、常に革新的な取り組みを行っていることで世界的にも注目を集めている。

井崎さんは「私のコーヒーの原点は、20年以上前に初めて飲んだスペシャルティコーヒーに感動したあの体験。よりコーヒーの世界を深く知るにつれ、そういった体験や、感動する機会は増えています。純粋にそういった体験をよりたくさんのお客様にお届けしたい、世界にはこんな素晴らしいコーヒーがあるんだということをお伝えしたい、そして、家庭で気軽に飲んでほしい、というのが行動の原動力です。そのためにもっとコーヒーと真摯に向き合い、さらに生産者の方々、コーヒーの流通に関わる人々と信頼関係を築いていく必要があると思っています。最初は私と妻だけで細々とやっていたコーヒーショップでしたが、今はおかげさまで店舗も増え、さらに会社を支えてくれるスタッフがいる。これは27年間、『ハニー珈琲』を続けてきた中での大きな変化です。ただ、コーヒーに傾ける思い、品質をひたすら追求していくという点では創業時となにも変わりませんね」と優しく微笑む。

■井崎さんレコメンドのコーヒーショップは「リトルスタンド」
「『リトルスタンド』の野方くんとは、もう15年ぐらいの付き合いになるでしょうか。もともと、うちで長く働いてくれていたスタッフで、暖簾分けのような形で『リトルハニー大名店』という店を始めたんです。彼はとても真面目で、トレンドに迎合することなく、でもしっかりとオリジナリティを持っている。そこで『リトルハニー』という暖簾分けのままでは、彼の独自性を発揮できないのではないかと思い、屋号を『リトルスタンド』に改めることを賛成して、今に至ります」(井崎さん)

【ハニー珈琲 那珂本店のコーヒーデータ】
●焙煎機/Petroncini TTA-30(30キロ)、Probat G-12(12キロ)
●抽出/フレンチプレス、エスプレッソマシン(シモネリT-3 2グループ)、エスプレッソグラインダー EG-1、メイングラインダー マッツアー
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り(原料の良さを発揮できる焙煎度合い)
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム864円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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