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コーヒーで旅する日本/九州編|店には広がりを求めず、自身の世界観は深く。「マルハチ珈琲焙煎舎」がまとう心地よさのワケ

  • 2023年2月6日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第62回は、福岡県北九州市にある「マルハチ珈琲焙煎舎」。もともと産婦人科医院だった築70年の建物の一室に店を構えるコーヒーショップで、ノスタルジックで温かみのある空間が地元で人気を得ている。もともと大学卒業後は一般企業に勤め、飲食経験はほぼゼロだったという店主の八児美也子さんは、なぜコーヒーを生涯の仕事にしようと考えたのか。シンプルに“好き”という理由だけでコーヒーの道を歩き始め、それを自分なりのカタチにした「マルハチ珈琲焙煎舎」。コーヒーショップを開くのは夢じゃない。そう思わせてくれる物語がここにはあった。

Profile|八児美也子(やちご・みやこ)
福岡県大野城市生まれ。北九州市立大学を卒業後、そのまま北九州市で就職。約8年働いた後、人事異動で東京に転勤。東京で仕事を始め、さまざまな出来事の重なりから会社に勤め続けることに疑問を抱き、退職を決意。当時から好きだったコーヒーやカフェの勉強を始め、自身のコーヒーショップを開業することを目標に約2年間、抽出や焙煎の知識・技術を磨く。2017(平成29)年4月に北九州市にUターンし、同年11月、「マルハチ珈琲焙煎舎」をオープン。

■始まりは自分が本当にしたいこと探し
雑貨店や生花店、子供のメガネ専門店など複数のショップが入るcobaco tobata。もともと産婦人科医院として使われていた築70年の建物で、玄関を開ける前から窓越しに焙煎機が見えた。地域再生というテーマを掲げたcobaco tobataにおいて、「マルハチ珈琲焙煎舎」は“間口”や“縁側”のような存在なのだろう。建物に入る前から見える焙煎機、カフェスペースが、中を覗いてみたいと思わせるきっかけになっていると感じた。

「マルハチ珈琲焙煎舎」のオープンは2017(平成29)年11月。会社員を続けることに疑問を感じ、もともと好きだったコーヒーやカフェのことを勉強しようと、カフェ自由大学の講義などを受講したのがコーヒーの世界への入口になった。なによりコーヒーのことを学び始めて焙煎から着手することで自分で味わいをデザインできるという点に強く惹かれたという。

「純粋に“好き”という興味だけでカフェやコーヒーのことを学んでみたかったのが始まりです。カフェ自由大学の講師の方々はコーヒーショップのオーナーさんなどが多く、講義を通して業界の方々と面識ができました。そうすると今度は講師の方の店に行ってみようってなって、そこでコーヒーを飲んで、話を聞いてという日々を過ごす中で、自然とコーヒーへの興味は深まっていきました」と八児さん。

そうやって八児さんは退職後の“自分がしたいこと=コーヒー”という答えを見つけた。もしコーヒーやカフェではない違う“好き”を選んでいたら、「マルハチ珈琲焙煎舎」は生まれなかったかもしれない。そう考えると縁やタイミングといったさまざまな偶然の重なりというのはとても大切だと感じる。

■未来のために、今できることを
その当時、東京で暮らしていた八児さんは、会社員をしながらやれることをできるだけ実行。コーヒーショップを開業するという明確な目標ができてからは、抽出や焙煎のセミナーに積極的に参加し、一度は産地訪問ツアーでタイにも足を運んだという。当時は会社員だったため、店を営んでいるわけではないし、物件や開業地さえ決まっていなかったというから、その探究心と行動力には驚かされる。まさに将来の自分への自己投資だ。

いよいよ勤めていた会社を退職し、大学時代と社会人の足掛け12年を過ごした福岡県北九州市にUターンした八児さん。北九州市で暮らしながら、物件を探し始めた2カ月後、知人の紹介でcobaco tobataと出合う。

「cobaco tobataに足を運んでみると、私がスケッチで描いていた理想の物件そのものだったんです。まだほかの物件の内覧などを一つもしていなかったのですが、『絶対にここだ』と直感的に感じて、その場で入居のための面談を申し込みました。その後正式な契約へ至りましたが、その段階で建物のオープンまでは約4カ月。そこから店舗の工事、什器やエスプレッソマシン、焙煎機など必要な道具探し、トレーニングなどを行うことになったのですが、本格的な準備期間は正味2カ月程度で…。初めて自分の店を開くという高揚感に後押しされたからこそできましたが、今思い返すと無謀だったな、と(笑)」

■芯があるから、ゆとりが生まれて
「マルハチ珈琲焙煎舎」は開業当初から自家焙煎を行い、生豆もスペシャルティ規格のものを選んでいる。コーヒーは日常的に嗜むものという考えから、毎日飲んでも飲み疲れしないという点に重きを置いて焙煎、抽出を心がけており、その言葉通り店の顔でもあるブレンドはすっきりとした味わいでとても飲みやすい。ワイン同様、テロワールが感じられる産地、生産処理の豆を選ぶことも多いそうだ。開業間もないころはそういったこだわりや自身が学んできた知識や技術を前面に打ち出すこともあったが、店を日々営むにつれ、「そうじゃない」ということに気付かされたという。

「九州工業大学の目の前にあることから、トレンドに敏感な学生さんもたくさん来てくれます。一方で昔ながらの住宅街でもあるので、ご年配の方、お子様連れなど、本当に幅広いお客さまにご来店いただいております。お客さまの中には“コーヒー=ブラック、ブレンド”という認識の方もいらっしゃって、そういった方々にこちらのこだわりを押し付けるのは違うと思い直したんです。お客さまにとって大切なのは、『コーヒーがおいしい』『居心地がいい』といったシンプルなこと。そう考えられるようになって、私自身、肩の力が抜けましたね」と笑って話す。実際、八児さんと話していると、心地よい余裕を感じ、焦らずひと休みしながらで良いと思えてくるのは、そんな彼女のおおらかさからくるものかもしれない。

そんな八児さんが営む「マルハチ珈琲焙煎舎」。最後にこれからどんな店を目指していきたいか聞いてみた。

「あまり先のことは考えていなくて、可能な限り『マルハチ珈琲焙煎舎』は長く営んでいきたいな〜、ぐらい(笑)。なんでもそうですが、私も店も目指すのは、“広く浅く”ではなく、どちらかというと“狭く深く”。とはいえコーヒーでお客さまからお金をいただく以上、コーヒーを取り巻く環境や情勢のことをインプットしておく必要はあり、それをもとに常にアップデートはしていかないといけないと思っています。今年2月に産地視察のためにエチオピアに行くのもそういった理由からですし、機会があれば県外でのイベントなどに出店しているのも、お客さまや関係者の方々から先入観なしのご意見をいただきたいから。『マルハチ珈琲焙煎舎』という場所はできましたが、ここにとどまっているだけでは“深く”は掘り下げていけませんよね」と八児さん。

この話を聞いて感じたのは、八児さんに感じる心地よい余裕は、思いや考え方にしっかりと軸があるからこそ生まれるということ。コーヒーが与えてくれる癒やしの時間にプラスして、「マルハチ珈琲焙煎舎」には新しい考え方を見つけるヒントとの出合いもたくさんありそうだ。

■八児さんレコメンドのコーヒーショップは「Jazzy coffee」
「福岡県北九州市にある『Jazzy coffee』の店長、にしきさんは東京の有名店で腕を磨いた凄腕のバリスタ。東京時代は昼と夜、ダブルワークしてバリスタ修業をしていたそうで、そのエネルギーには驚かされます。もちろん同店で飲んでいただきたいのは、カフェラテなど、にしきさんが淹れるエスプレッソベースのドリンク。本当においしいですよ」(八児さん)

【マルハチ珈琲焙煎舎のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル半熱風式3キロ
●抽出/ハンドドリップ(Kalita ウェーブ)、エスプレッソマシン(SYNESSO MVP HYDRA)
●焙煎度合い/中煎り〜中深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム580円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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