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コーヒーで旅する日本/関西編|時を止めた路地奥に満ちる新鮮なコーヒーの香り。日常を忘れさせる憩いの隠れ家。「自家焙煎珈琲 喫茶路地」

  • 2022年11月29日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第41回は、大阪市北区の「自家焙煎珈琲 喫茶路地」。文字通り、入り組んだ裏路地に立つ、築100年を超える長屋を改装した店構えは、まさに都会のエアポケットといった趣だ。新鮮なコーヒーへのさりげないこだわりと、静謐な雰囲気に、思わず時間を忘れる稀有な一軒だ。

Profile|岩金真司(いわかね・しんじ)
1985(昭和60)年、岡山県生まれ。会社員時代に自店の開業への思いを持ち始め、偶然参加した自家焙煎コーヒー店の教室で、煎りたてのコーヒーの味に感銘を受けたのを機に、本格的に開業を目指して転身。独学で焙煎や抽出の研究を重ねて、2013年、大阪市北区に「自家焙煎珈琲 喫茶路地」をオープン。

■路地奥に眠っていた“100年もの”の長屋との出合い
日本一の長さを誇る、大阪・天神橋筋商店街のほど近く。大通りから一筋入ると、入り組んだ路地に古い木造家屋が建て込み、まるで時間を遡ったかのような錯覚を覚える。戦争時の空襲をまぬがれた長屋の一軒を改装した「自家焙煎珈琲 喫茶路地」の店構えは、店名通りのロケーションにあって、まさに時を超えたような佇まいを見せる。「お客さんからは、“いつからお店されてるんですか?”とよく聞かれます」という店主の岩金真司さんの言葉も、さもありなん。築100年余になる元印刷所だった空間は、21世紀にオープンしたとはとても思えない。

岩金さんとこの建物との出合いは、知り合いの不動産屋を通じて、“放置されてほとんど廃墟みたいな物件がある”と、聞いたのが始まり。本来は表に出ていなかった物件だが、岩金さんが求めていた場所だった。「ロケーションよりも、好きに改装できることが第一のポイントだったので、ちょうどよかったんです。改装には半年ほどかかりましたが、祖父が日曜大工が得意で、見よう見まねでやっていたことが役立ちましたね」と振り返る。コンクリートの床に板を貼り、外の看板も印刷所時代のものから付け替え、足りない部材は残されたものを利用。ちょっとがたつく引戸や、模様付きのガラス窓などはそのままに、大正時代から残る建物を、喫茶店として見事に蘇らせた。

■開業を後押しした、フレッシュなコーヒーの味わい
岩金さんが漠然と持っていた、“自分でお店を持ちたい”という思いが強くなったのは、以前、広告関係の仕事に就いていた頃、たまたま見つけたのが、市内の自家焙煎コーヒー店「煎りたて ハマ珈琲」のコーヒー教室に出合ったことから。案内を見つけて、その日のうちに店を訪れて参加した岩金さん。手焙煎と抽出のレクチャーを通じて、煎りたてのコーヒーの美味しさに感銘を受けたことが、この道へ進む大きな転機となった。「コーヒーは好きでしたが、当時はそこまで詳しい知識はなくて、本格的に入っていったのは教室に行ったことがきっかけ。そこから気持ちが定まって、お店を持つイメージが形になり始めたんです」

この時、何より、岩金さんが衝撃を受けたのは、コーヒーの味と鮮度の関係だった。「それまで使っていた、真空パックされた市販の豆と違って、焙煎したての豆は抽出の時にすごく膨らむことに驚いて。コーヒーに鮮度という視点があることに気付かされました。味についても、時間が経ったコーヒー独特のとがった酸味がなく、すっきりと飲みやすいものでした」。まさに、今までにない新鮮な体験を通して、煎りたてのコーヒーの美味しさを知った岩金さん。以来、教室で学んだことをベースに、自宅で手焙煎を始めたり、ハマ珈琲を手伝ったりしながら、焙煎や抽出を独学で探求。豆の鮮度で変わる味わいや、品種や産地の特徴を覚えていくうちに、“自分で納得できる豆を焼きたい”との思いが湧いてきたという。

開業にあたって自店に導入した焙煎機は、ハマ珈琲が独自に開発したオリジナルの直火式で、しかも記念すべき1号機だ。前例のない新型焙煎機だったが、「構造がシンプルなぶん、扱いやすかった。3年前に同じ直火式の古い焙煎機を新たに導入しましたが、構造が似ているうえ、ハマ珈琲の機体がシンプルだったので、感覚は掴みやすかったですね」と、今も、岩金さんの焙煎技術の土台となっている。

■“喫茶店の憩い”を大切に、コーヒーの提案はさりげなく
店の顏でもある路地ブレンドは、創業以来、ケニアとグアテマラの配合が基本。鮮やかな果実味と優しい香味の融合を目指した不動の定番だ。深煎り好きという岩金さんだけに、ブレンドも中深煎りとはいえ、2ハゼのピークまで持っていくため、他店なら深煎りと呼べる焙煎度だ。ひと口目こそ、どしっとコクがある印象だが、後味には柔らかい甘味、ほのかに果実とスパイスのニュアンス。華やかな風味とまろやかな苦味のバランスが身上だ。また、焙煎度の基準がやや深めゆえ、シングルオリジンも独特の個性を発揮。例えば、中浅煎りのエチオピアは、繊細な紅茶や花の香りを残しつつ、ボディがあり、蜂蜜のようなまろやかさが印象的だ。

もちろん、煎りたての美味しさが岩金さんの原点ゆえ、店で供するコーヒーも、焙煎後10日以内の豆のみを使用。「古くなると砂糖やミルクで味をごまかしてしまいがちですが、新鮮な豆であれば入れなくても美味しい。自分がかつて感じた驚きを、お客さんにも新たな気付きとして知ってほしくて」と、コーヒーはブラックが基本。もちろん、希望があれば対応するが、テーブルに置いておくとつい入れてしまうことも多いため、新鮮なコーヒーを使用していて、ブラックでも飲みやすい旨を一言添えて提供する。決して押し付けるわけでなく、さりげなく勧めるのが、岩金さんのこだわりだ。

メニューはコーヒーのほか、ほうじ茶、焼菓子があるだけで至ってシンプル。「時には、コーヒーしか出ない日もあります」という岩金さん。いかにもコーヒー専門店のように見えるが、それでも、屋号に“コーヒー”を入れることは考えなかったという。コーヒー店としてしまうと専門知識がいるかも知れない、という先入観ができてしまう。あくまで喫茶店として来てもらって、その延長でコーヒーを楽しんでほしいので」と、ここにも岩金さんならではの店作りが垣間見える。

■緩やかに変わりながら、穏やかな空気はそのままに
来年で10周年を迎えるが、創業の頃は、「とりあえず待ってみようという気持ちで始めました」とひっそりとスタート。元々目立たぬ立地だったこともあり、知る人ぞ知る一軒として、口コミでじわじわと店の存在は広がっていった。それでも、「いまだに、“こんなとこに店があったの?”と言われますし、何回来ても道に迷うお客さんもいらっしゃいます」と笑う、岩金さんのスタンスは今も変わっていないが、店はその間、少しずつ新たな魅力を加えてきた。

近年では、コロナ禍に対応して、テイクアウトの窓口を設けると共に、店内のレイアウトも変更。陳列棚には、カフェラテベースやドリップバッグのほか、巾着、手ぬぐいなどのアイテムの販売もバラエティを広げている。中でもドリップバッグは、「カフェインに気を使う人にも気軽に上げられるように」と、デカフェの豆を半分配合したブレンドを、人気イラストレーター・朝野ペコ氏と協働で新たに開発した。

また、月ごとの展示作家の作品や季節のイベントにちなんだアイテムの販売や、コーヒーをさらに楽しんでもらうための催しも。例えば、秋の夜長に合わせた本と共に、夜でも飲みやすいデカフェのコーヒーをセットにするなど、自家焙煎店ならではの提案が好評だ。さらに今年、期間限定で登場し、人気を得てメニューに加わったのが、オリジナルの路地色もなか。西淀川区のわがし屋よだもちの白粒あんとキウイを合わせた一品は、コーヒーの友として新たな名物になりそうだ(時季により提供がない場合もあり)。

「年々コーヒー店が増えてきて、新しい豆の種類や技術も追いかけないと、と思いますが、流行に乗ることが大事というわけではないので」と、あくまでマイペースの岩金さん。緩やかに変化しながらも、穏やかな空気はそのままに。稀有なくつろぎの時間が、長年愛される所以だろう。昭和の香りを色濃く残す空間に身を置けば、振り子時計の音が響くばかり。日常から離れて、カップから立ち上る香味に浸るひとときは、この店ならではの贅沢だ。

■岩金さんレコメンドのコーヒーショップは「煎りたて ハマ珈琲」
次回、紹介するのは、大阪市城東区の「煎りたて ハマ珈琲」。
「コーヒーの世界に入るきっかけとなった一軒で、元タバコ店を改装した空間は、うちの改装の際にも参考にさせてもらいました。店主の濵さんは、“コーヒーの鮮度”の大切さを伝え続けて、ついには自分で焙煎機を開発し、販売するまでになった、一本芯が通った人。今でも自分の師匠的な存在です」(岩金さん)。

【自家焙煎珈琲 喫茶路地のコーヒーデータ】
●焙煎機/煎りたてハマ珈琲 1キロ(直火式)、ラッキーコーヒーマシン 4キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/中浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン3~4種、100グラム780円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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