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コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーを通じて人が集まり、笑顔になれる場に。「サーカスコーヒー」が体現するサステナブルなコーヒーショップの形

  • 2022年8月23日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第27回は、京都市北区のビーンズショップ「サーカスコーヒー」。地元出身の店主・渡邉さんは、大学の水産学科から真珠養殖会社を経て、コーヒーの世界へ飛び込んだユニークな経験の持ち主。コーヒーの焙煎工場、ロースタリー・カフェで積んだ豊富な経験を土台に、豆の焙煎・販売のみならず、サステナブルなコーヒーの大切さを伝え、地域とのつながりを深める活動にも力を入れてきた。開店から10年余、コーヒーを通じて人が集まり笑顔になれる場を、と始めた店は、生産者とお客のみならず地元の人々をもつなぐ、サステナブルなサイクルを広げ、生活に潤いをもたらす場所であり続けている。

Profile|渡邉良則(わたなべよしのり)
1974(昭和49)年、京都市生まれ。大学の水産学科を卒業後、真珠養殖会社に就職し、約2年の勤務期間にインドネシア・西ティモールに赴任。帰国後は食品会社に転職し、新設のコーヒー焙煎工場で研究開発・品質管理を担当。約5年にわたりコーヒーの製造業務のほぼすべてに携わった後、北摂を中心に複数店舗を持つロースタリー・カフェに転身し、店舗運営や新規開業なども経験。その間に、地元で古い町家の空き物件との出合いを機に独立を決め、2011年に「サーカスコーヒー」をオープン。

■大きな回り道の先につかんだコーヒーとの縁
名刹・大徳寺や今宮神社にもほど近い、京都市北区・紫野エリア。この辺りまで来ると、繁華街のにぎわいからは離れて、どこかのどかさも感じられる。大きな交差点の角地にあって、風情ある町家にカラフルな暖簾が映える「サーカスコーヒー」の店構えは、界隈ではすっかりおなじみの存在だ。「難しいことを考えず、単純においしいと思える、ご近所さんに親しまれるコーヒーを、オープン当時から目指してきました」という店主の渡邉良則さん、文さん夫妻。築100年を超える建物の中には、色とりどりのグッズやオブジェがそこここに。店名の響きそのままの楽しげな店内に、お客が入れ替わり立ち代わり訪れる。

以前は茶舗として長年、親しまれたこの建物は、界隈で生まれ育った渡邉さんにとっても馴染みの深い場所。独立を考え始めた頃、帰省した折に偶然、空き家になったのを知ったことで、新たな縁が生まれた。「昔から近所にあった建物で、私は気にも止めてませんでしたが、妻が一目で気に入って。改めて見てみると、幼い頃に住んでいた町家の懐かしい雰囲気があり、お店をするにはいい場所かもしれないと感じたんです」と振り返る。勝手知ったる地元での運命的な出合いから始まった「サーカスコーヒー」は、まさにサーカスの演目さながら、目まぐるしいストーリーを経て今に至っている。

西陣織の帯屋の家に生まれた渡邉さんだが、生来の好奇心の強さもあって、「普通の進路では面白くない」と大学は農学部水産学科へ。さらに4年後の就職活動では、海外志向も加わって、「インドネシアで真珠を作る」という文句に心を掴まれ真珠養殖会社に入社。「真珠の核を入れる技術で世界を渡り歩きたい、実際に発展途上の国で住んでみたい、と思ってチャレンジした」という渡邉さん。1年の研修を経て、インドネシア・ティモール島に渡ったものの、政権崩壊や紛争の真っただ中。言葉も分からない激動の異国で、自らの想像と現実のギャップに打ちのめされ、あえなく2年で帰国の途に。得難い経験という意味では、これ以上ないインパクトを受けた社会人デビューだった。

先の当てもなく京都に戻ってからは、アルバイトをしたり、教職の単位を取ったり、しばらくは模索の日々が続いたが、やがて大きな転機が訪れる。「たまたま食品会社の営業の求人募集を紹介されたのですが、あまり関心がなく形だけ面接を受けてみたんです。すると、営業とは別に新設のコーヒー焙煎工場の募集があり、しかも“仕事でブラジルに行けるかもしれない”という魅惑にまたしても抗いきれず(笑)。縁と勢いと好奇心で、コーヒーの世界に飛び込みました」

■ビギナーだからこそ虚心に積み重ねた焙煎工場での経験
ここでコーヒーとの縁が生まれたものの、実はこの時まで、コーヒーのドリップはおろか、レギュラーコーヒー自体、ほとんど飲んだことがなかったという渡邉さん。面接の後に、関連書籍や器具一式をそろえ、京都市内の人気カフェや喫茶店を飲み歩き、「当時はエスプレッソを注文して、“めっちゃ少ないですけど、量は合ってますか?”なんてことを聞くレベルでした(笑)」と渡邉さん。それでも、いきなり新たな焙煎工場の研究開発・品質管理担当に抜擢されたのは、逆にコーヒービギナーゆえだった。

「焙煎工場に勤め始めて、いきなりコーヒーのレベルが飛躍しました。ドリップより先にカッピングを経験して、“味覚は経験と記憶”と先輩からよく言われて、とにかくカッピングを繰り返して感覚を磨きました。味覚にまったく自信はなかったですが、訓練すれば何とかなるものですね(笑)。今考えれば、入社前に変にコーヒーのことを知らなかったのが、逆によかったのかもしれません。何も知らないがゆえに、知識や技術を素直に吸収することができたと思います」。ある意味で、コーヒーに先入観なく、客観的に向き合えたことが、ここでは幸いした。

焙煎工場の立ち上げ以降は、商品開発や品質管理のみならず、生豆の選定や焙煎、検査、工場で行われるコーヒー講座や取引先へのプレゼンの準備、他社の商品分析、新ブレンドの開発などなど…原料から製造・販売提案まで、ありとあらゆる業務に携わった。中でも、焙煎については、さまざまなアプローチを蓄積。原料の検査では、多種多様な豆をサンプルロースターを使って焙煎した。また、取引先に提案するための幅広い焙煎度の焼き分けやブレンドの製造も多岐に渡った。

「サンプルローストは一定の焙煎度で焼くだけの機械的な作業でしたが、それでも初心者にとっては貴重な経験でした。さらに、いろいろな焙煎のパターンにチャレンジすることができました。例えば、同じ豆で異なる焙煎度だったり、同じ焙煎度でも短時間で焼いた時と長時間焼いた時の違いだったり、膨大なパターンを試すのは個人店ではできないこと。いわば、コストや条件を考えずに焙煎の訓練をさせてもらったようなものですね」。当時は多忙を極めたが、この時の経験がコーヒー店主としての確固たる土台を作り上げた。

また、入社の決め手となったブラジル行きも叶い、生産国を初訪問。「現地の農園見学ツアーで、業界の社長らにほぼ素人の自分が交じって、勉強することが多かった。農園のカッピングコンテストにも参加して、スコアを付けて、ディスカッション、発表して盛り上がっているのを見て、産地の努力、競い合いの状況も垣間見えました」

焙煎工場に5年間務めた後、「よりお客さんに近いところでコーヒーの魅力を伝えたい」と、今度は関西圏、北摂を中心にカフェを展開するロースターへと転身。実はこの間に一度、全く違う仕事に就いたが、ほどなくコーヒーが天職であることに気付いたという。「離れてみて、何かが違うと感じた。自分にはコーヒーしかないんだなと再認識しました」と渡邉さん。加えて、「条件的には良い仕事でしたが、この頃は目に見えてしんどそうでした」とは文さんの弁。商品にストーリーがあって、自分の手で加工して届ける、コーヒーの魅力は、この頃にはもはや代えがたいものになっていた。

ただ、同じコーヒーを扱う仕事でも、焙煎工場と飲食店ではまったく異なる。店の運営や接客、サービスの仕事は、またゼロからのスタートになったが、多くの発見があった。「お客さんと直に接するカフェでの勤務は、多忙でしたが本当にやりがいがありました。その中で、コーヒー豆を買いに来る人の多さに驚きました。特売の日などは、ありえないくらいの行列ができて。豆の販売とカフェと、両方の現場を体感できたのも良かったですね」

■お客にハッピーを伝えるには、まず自分たちがハッピーに
コーヒーの仕事が充実する一方で、家族と過ごす時間はどんどん少なくなっていった。当時は結婚後、第1子が生まれた頃だったが、すれ違いの生活が続き、第2子の誕生を機に、カフェに勤め続けるか、京都で独立するか、本気で考える転機が訪れていた。そんな岐路の前に現れたのが、空き家となった地元の町家だった。

「独立後は、自分のお店なので当たり前ですが、すべての業務を自分でしないといけないですし、できることは限られます。職住一体の生活になって、まず自分の家族との時間を持ち、無理なく続けられる形を大切にしました。自分たちがハッピーに過ごせていないと、コーヒー生産者にも消費者にもハッピーは伝えられないですから」。妻と2人でお店を始めて、不安もあったが、焦らず地道に商売を続けることをモットーに、2011年、「サーカスコーヒー」はスタートした。

以来、自分がつながりをもった生産者のコーヒーを、自分の手で届けたいとの思いがより強くなったという渡邉さん。そのためにこだわったのが、対面販売のスタイルだ。「丁寧に豆のストーリーを伝えられるのが、個人店の良さであり大事な部分。感覚でメニューを選ぶカフェと違って、毎日飲むコーヒーとなると皆さん慎重になります。まだ当時は、家でレギュラーコーヒーを飲む人も少なかったので、コーヒーに触れるきっかけをどんどん作っていきたかった」と振り返る。

カウンターの棚には、バラエティに富んだ豆が並ぶが、開業以来の店の看板商品はブレンド。定番の4種と季節ごとに1種を加えた5種がベースになっている。「ブレンドは、コーヒー屋としては欠かせないもの、単品の豆を組み合わせて立体的な味わいを作るのが腕の見せ所。地域によってそれぞれ味の嗜好があるし、季節によっても変わる。熱帯のインドネシアにいた時に、日本の四季の変化の多彩さを知って、日本人の味覚に大きく関わっていることなので、コーヒーでも四季を感じてもらえるようにしたいですね」

ちょうどスペシャルティコーヒーが広がりだし、浅煎り傾向が主流になり始めた頃だったが、深煎り嗜好が強い土地柄、当初は深めの焙煎度を中心に提案。お客の求める味に応えて支持を得ていった。「うちは深煎りのイメージが強いですが、浅煎りから極深煎りまでしっかり幅を揃えています。豆はスペシャルティグレードですが、うちの場合は近所のお客さんが多く、コーヒーの知識がない方がほとんど。それでも、スペシャルティならではのクリーンな味わいが、単純に“なんかおいしい”という感じで好評を得ました。結果的に選んだ豆がスペシャルティで、日常のコーヒーを求めてきた人に、たまたまうまく合ったということ。浅煎りで豆の個性を生かすという方向もわかりますが、もっと自由に考えていいと思います」と渡邉さん。むしろ、それよりも伝えたかったことの一つが、サステナブル(持続可能性)なコーヒーへの意識だった。

■コーヒーを通じて人と地域をつなぐ、サステナブルな存在に
実は、渡邉さんは、コーヒーを取り巻く格差問題や生産環境と似たような状況を、真珠養殖のためにインドネシアに滞在した時に体感していたという。「養殖された真珠は、当然すべて輸出されますが、現地の人の立場で考えると、自国の海で外国人が来てお金儲けしていることに、どこか納得いかない思いがありました。生産国と消費国の格差問題は真珠もコーヒーも同じで、コーヒーの仕事に携わるようになって、あの時感じたことが、再びつながった思いでした」

現在、自店でそろえる豆は、サステナブルな生産環境をクリアしたものをセレクトしているが、シングルオリジンの中には、かつて赴任したティモール島の豆も。「フェアトレード団体のスタディツアーで訪れたのが東ティモール・ロビボ集落の農園。まさかコーヒー店主として、再び行くとは思わなかった。現地にホームステイした時は、電気が通ったのも2、3年前という状況。コーヒーも石臼で脱穀、挽いて、ネル布でドリップ。真っ黒だけどおいしかったコーヒーの味は忘れられません」

コーヒーの世界の現実を知るにつけ、いい豆を適正価格で買って、飲むサイクルを定着させることが、コーヒーの持続可能性を生むとの思いは深まった。「生産から豆に至るまで、消費者もそのサイクルに入っている。生産国のことを言われがちだが、消費する人の文化も育てていかないと」と、自身の体験もふまえて、コーヒーを通してサステナブルなサイクルの大切さを伝えてきた。「焙煎工場時代に、コーヒーのことを勉強して、こんなに面白い世界があるということを気付いて、自然にそれを誰かに伝えたいと思った。その感覚を新鮮なまま直にお客に伝えるために店を開いたようなもの。まだまだ伝えきれてないですけど」と渡邉さん。

食品会社の焙煎工場に始まり、ロースタリー・カフェ、ビーンズショップと、これほど多種多様な現場の経験者は数少ない。とはいえ、扱うものは同じだが、それぞれの心境はまったく違うという。「店を始めて気付いたのは、コーヒーに対する愛着の度合いが違ってくるということ。店を始めるまでは会社の一員でしたが、今は原料選びから焙煎、袋詰めまで自分でしてます。コーヒーをほめてもらえると、まさに自分事のようにすごくうれしい。たくさんコーヒー店がある中で、多くの方があえてここまで来てくださる。幸せな仕事だと思いますね」

開業以来、一貫して豆の販売のみ、テイクアウトも試飲もなしという店は、実は今でも稀有な存在。その中で、10年を超えて続く理由は、どこにあるのだろうか。「うちの場合は、豆を持ち帰って、家で淹れて、おいしいかったからリピートする。お客さんのサイクルが長いからこそ商品の信頼が大事。味で認められたからこそ、今があると思います。ギフト需要も多く、パッケージも手に取りやすく目を引くものを考えていますが、見た目がいいと、中身が伴っていない時のがっかり感もより大きくなります。“豆がむくむく膨らむ”とか、“鮮度がいい”、“香りがいい”といったお客さんの声を聞いていると、もの作りの誠実さを認めてもらってきたのだと感じます」

当たり前のことを淡々と続けて10余年。年々、伝えたいことも変わってきているという渡邉さん。当初はコーヒー生産者に対して力になりたいと考えていたが、地元に根付いて続けていく中で、近年は地域への貢献に目を向けるようになったという。「コロナ禍もあって、閉塞感を感じてしんどい思いをしている人も多く、コーヒーを通して地域を元気にすることに力を入れています。最近、今宮神社が中心となる地域の集まり・ムラサキノハレの活動に参加したのもその一環。イベントでもコーヒーを提供していますが、コーヒーだけの企画と違い、お祭りのように世代も幅広く集まる場で、人々のつなぎ役になれたらと思います。10年、20年経ったときに、地域がよくなっていくように」

店名に冠したサーカスの語源は“集う・集まる”ことを意味する。コーヒーを通じて人が集まり、笑顔になれる場をと始めた店は、コーヒー生産者と消費者のみならず、地元の人々をもつなぐ輪の一部になりつつある。街に根づいて、日常に潤いを与えるこの店は、サステナブルなコーヒーショップを体現している。

■渡邉さんレコメンドのコーヒーショップは「二条小屋」
次回、紹介するのは、京都市中京区の「二条小屋」。
「京都のコーヒーイベントに出店した時に一緒になったのが縁で、交流ができたお店の一つ。同じ町家を改装した店ですが、コーヒーオンリーで勝負するスタンド形式で、私たちとは全然違うスタイル。以前は建築関係の仕事をされていただけあって、クラフトマンならではの想像力を活かして抽出器具を自作するなど、一杯にかける思いがひしひしと伝わります」(渡邉さん)。

【サーカスコーヒーのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 12キロ(半熱風式)
●抽出/なし
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ なし
●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン約12種、100グラム648円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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