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謎に包まれたミニカバの生態に迫る。野生でほとんど出会えず、むしろ動物園でしか会えないかも?【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】

  • 2022年6月30日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、大阪府の「 ニフレル」の獣医・村上翔輝さんに、ミニカバ(コビトカバ)についてお話を聞いた。



■カバの子供に間違えられるけど、顔も体も全然違う
――2015年11月にオープンしたニフレルは動物園と水族館、美術館を融合させたミュージアム。大型動物から小型動物、魚類までさまざまな生き物の生態に触れることができる。現在、ミニカバは開園当初から飼育されているオスのモトモト(2013年7月9日生まれ)と、メスのフルフル(2012年12月17日生まれ)、2021年6月18日に2頭の第2子として誕生したメスのテンテンの3頭が飼育されている。

ミニカバはその見た目から、カバの仔とよく間違えられますが、カバとはたくさんの相違点があります。まず、顔の形が違う。カバは四角形に近く、ミニカバは洋梨型。さらにカバの目は突出していて横向きについていますが、ミニカバの目は突出がなく前の方についています。これは熱帯雨林で暮らしており、陸にいる時間が長いために発達したと言われています。そして、体重はミニカバが200~250キロ程度なのに対し、カバはトン単位になります。

■アボカドにせっけんを塗って、ミニカバの触り心地を体験しよう
皮膚も特徴的でほかの動物と大きく違うのが、毛がほとんど生えておらず皮膚が露出している点。なので、ちょっと木に引っかかっただけでも傷つきやすく、私たちは傷が増えていないか普段から注意深く観察しています。皮膚表面には抗菌や抗紫外線作用のある体液が出て体を守っていますが、寝ているときは体液が出ておらず、結構カピカピしています。

触り心地はアボカドに似ていると、私は思っています。お腹の方は結構柔らかいんですが、背中の方のごつごつ感や色はまさにアボカド。ニフレルでミニカバを飼育し始めたころ、モトモトの後ろ姿がアボカドに似ているという意見もあったようです。アボカドにせっけんやローションを付けると、ちょうどミニカバの触り心地になるので、ぜひ試してみてください(笑)。

■プレッシャーでいっぱいだった第1子誕生
――ニフレルでのミニカバの飼育は2022年で7年になるが、その間で村上さんが一番印象に残っている出来事が、モトモトとフルフルの第1子・タムタムの誕生だ。

無事誕生したという感動もありましたが、それよりも初めての繁殖・育成ということで、今後の飼育に対する不安が勝りました。とにかくプレッシャーが大きく、1~2カ月ほどたってお互いに慣れてきたあたりから、ようやく安心できるようになったと思います。

■ミニカバはなぜメスが多いのか?オスがコントロールしている説も
また、最初に生まれたのがオスでよかったとも思いました。実はミニカバはオスメスの比率に大きな差があり、国内にいる個体はメスばかり。「ミニカバはなぜメスが多いのか」という論文が書かれているほど、オスメス比が違います。その理由はよくわかっていませんが、オスが増えると自分の縄張りを脅かすライバルが増えることになるため、そうならないようオス側が、何かしらコントロールしているのでは?とも言われています。繁殖のためにはオスとメス両方が必要ですから、数の少ないオスが生まれてくれて、うれしかったです。

■母親が子供を踏みつぶさないために…。他園と情報共有も
――フルフルの初めての出産時には、先行して繁殖に成功しているいしかわ動物園から情報やアドバイスをもらい準備に臨んだが、それでも未体験の領域。さまざまな苦労があった。

妊娠が分かるまでも大変でした。モトモトとフルフルの交尾後、フルフルの体重が増えていたので妊娠しているだろうとは思っていました。ただ、母胎の中の子供を確認する作業に結構手こずりましたね。エコーを当てて診るのですが、なかなか場所が特定できず、意外と後ろの方、お尻ぎりぎりのあたりに子供がいました。

そして、いしかわ動物園からの事前情報で知っていたことなのですが、ミニカバは母親が子供を押しつぶしてしまうという死亡例が多いそうです。それを防ぐために、出産後の子供が踏みつけられないようにする「子よけ台」を設置しました。

また、出産前の準備の一つに、カバ用のプールの水を抜いて台を取り付け、陸地にするというものもあったのですが、これも作業がかなり大掛かりで、苦労した点です。生まれてからも大変なことはありましたが、出産準備にずいぶん手を取られました。

■トレーニングは動物と人、双方のストレスを減らすために必要
――このとき誕生したタムタムは現在、繁殖のため神戸どうぶつ王国にお婿入りして元気に過ごしている。来園者から、タムタムの近況を聞くことも多いという。こうしたミニカバファンに限らず、子供たちやお客様を喜ばせているのがミニカバの愛嬌たっぷりのしぐさ。村上さんはミニカバにお座りや伏せも教えているそう。

相手は「野生動物」であり、人に慣れるために進化した訳ではありません。人の手で飼育するにあたっては、安心して手からエサを食べ、体を触らせてくれる状況を作る必要があります。なので幼獣のころから私たち人間と良好な関係を築くことができるよう、一緒にトレーニングしました。また、野生動物は人が近づくと逃避行動を取ることがあり、トレーニングを通じてそれをできるだけ少なくすることは、動物と人のストレスを減らすことにも繋がります。

お座りや伏せをさせると、普段は見えにくい喉元や前肢、おなかなどを観察できます。オスのモトモトはなでられるのが大好きで、なでているときにたまたま伏せをしたのが始まりです。今ではフルフルも伏せをします。お座りや伏せは健康チェックに加え、私たちと動物との関係を構築するという目的もあります。ただ、距離が近すぎてペット化してはいけないので、そこはきちんと区別して、動物とは適切な距離を取ることを心がけています。

■お客様の手本であるために、動物とは適切な距離感を
ミニカバに限らず小さなサルや鳥、コツメカワウソなどすべての生き物は、一歩間違えるとこちらがケガをする危険があります。おとなしそうに見えても、実はイライラしていることもあるかもしれません。ミニカバに関しては体が大きく、立派な牙も持っているので、柵の中には入らない「間接飼育」という形をとっています。

一方で、動物とのコミュニケーションも重要です。そこで、メリハリをつけて対応します。体を触るときは、餌があるとき。その時はしっかり体を触って、怪我がないか確かめます。それ以外の時間は動物が近寄ってきてもあえて距離を取るようにしています。

また、我々動物園・水族館の職員は、野生動物を扱う年下の飼育員や、お客様の手本でなければならないと考えています。例えば動物を抱いたり、キスしたり、過度なスキンシップを取ってしまうと、「野生でもやっていいんだ」という誤った情報を伝えることになるので、ミニカバに限らず動物との距離感を正しく取ることは大切です。

■仕事だけじゃなく、いつでも動物のことを考えている
――そんな村上さんが、毎日の飼育で心掛けているのが「観察時間を確保することと、生き物がよりよく生活するために思考すること」だそう。

観察は飼育係にとって絶対にやらなければいけないことです。動物にはいずれ必ず死が訪れますが、そういう時に思うのは「もっとよく見ておけばよかった、もっと時間を持てばよかった、もっと改善できたのでは」ということ。どの動物が死んでも、後悔が残ります。いくら観察しても、したりない。

思考するというのは、限られた空間で暮らす動物の幸せな一生、よりよく暮らすための飼育方法やエサやり、環境への工夫などを考えるということ。仕事の時だけじゃなく、帰り際とか、お風呂に入りながらとか、いつでも考えていますね(笑)。

■ミニカバの住める環境が激減、絶滅に瀕している
――繁殖に成功し、飼育自体も順調に見えるミニカバ。しかし、その生態については、実のところわからないことも多いそうだ。

ミニカバ自体、野生の生態がよくわかっていないと言われています。その生息域は西アフリカ。シエラレオネなどですが、森林伐採の影響でミニカバの住める環境が少なくなっているため、絶滅が危惧されています。さらに、この辺りは紛争地域だったこともあり、治安が相当悪いとも言われています。

ミニカバは、群れではなく単独で生活する動物です。単独生活する動物は群れで生活する動物に比べ、1頭当たり必要な面積が大きくなります。これは、同じく単独で生活する野生のトラなどにも言えることですが、生息地の減少は、生息数の減少に直結すると考えられます。

■百戦錬磨の取材班ですら、野生では遭遇できなかった
NHKに「ダーウィンが来た!」という動物番組があります。あの番組はかなりスゴイ映像を撮影しているのですが、ミニカバについては現地で取材をしたにも関わらず、番組史上初めてスタッフが誰も肉眼でミニカバを観測できず、固定の監視カメラでやっと撮影できたそうです。ちょうどニフレルでタムタムが生まれたころに、取材で来館されたのでお話を聞きました。

ミニカバの状況は野生・自然界では非常にひっ迫していて、むしろ動物園でしか会えなくなる可能性がある動物です。ぜひ、生き物を通して、その生き物たちが本来暮らしている環境にも関心を持っていただければと思います。

■写真を撮って満足するのではなく、レンズ越しでない生の姿を見て
――ミニカバはもちろん、野生のツアーなどではまず出会えない生き物に触れられるのが、動物園や水族館だ。村上さんに観察のポイントを聞いてみた。

まずは時間をかけて観察してほしいです。写真を撮ったらさっと次の動物に移動する人が結構多いのですが、やはりレンズ越しではない生の姿をじっくり見ていただきたい。私がよくやるのは、動物と同じ目線で見ること。特に泳いでいるときなどは上から見下ろすのではなく、同じ目線で見たほうが、ミニカバの行動を観察しやすいと思います。

ニフレルにはワオキツネザルなどもう少し小さな動物もいますが、そういった動物も上から見下ろすのではなく、動物の目線に合わせると面白さがより分かると思います。動物園や水族館にはたくさんの生き物がいますが、その中で1種類だけでも興味を持って深く見ていただくと、生息域や野生での生息数が減っているという背景が見えてくることも。そこにつながれば、私たちも飼育している意味があると思います。まずは名前を知るところから始めていただければ。

ニフレルのキュレーター(飼育担当者)は、お客様と動物をつなぐ架け橋。彼らは交代で観覧通路に出ていますので、「エサの時間は何時?」とか「あれは何をしているの?」など、気になったことをなんでもいいのでお尋ねください。きっといろいろなことが聞けると思います。彼らからさまざまな情報を聞き取って、ミニカバはもちろん、生き物の魅力を知っていただければと思います。

取材・文=鳴川和代

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