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コーヒーで旅する日本/関西編|旅での出会いから始まった「とある珈琲」が、コーヒーを通して広げる人の縁

  • 2022年4月5日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

大阪市東淀川区の隠れ家的なコーヒー店「とある珈琲」。店を営む傍ら、イベントやポップアップで全国各地への出張喫茶に赴く店主・紙谷さんは、まさにコーヒーで日本を旅する焙煎人。旅のなかでコーヒーの魅力に出会い、多くの人とのつながりを得て始まった店からは、コーヒーを通したさらなる縁が広がっている。

Profile|紙谷佳樹
1988(昭和63)年、大阪府吹田市生まれ。大学卒業後、社会科の教員として勤務。ヒッチハイクで全国を旅したときにコーヒーの魅力に出会い、焙煎人として各地のイベントなどで豆の販売や出張喫茶の活動をスタート。2017年、大阪市東淀川区に間借りで「とある珈琲」をオープン。2019年に現在地に移転し、実店舗として独立。

■コーヒー店への道を開いたヒッチハイクの旅
商店街の周りに入り組んだ路地が伸びる、下町風情色濃い淡路駅前。「本当にこんなところに店が?」と思うような、人けも少ない路地にある店の目印は、入口にさりげなく置かれた小さな看板だけ。さらに、古い木造アパートの薄暗い階段を最上階まで上る道のりは、まるで人の家にお邪魔する感覚に近い。

「あえて探しにくい立地で、秘密基地みたいな場所にしたかったんです。カフェスペースや屋上に建て増した厨房小屋は、知り合いの手を借りて改装。家具や什器、厨房器具などもいただきものがほとんどなので、開業資金はあまりかかってないですね」と屈託なく笑う、“よっしー”こと店主の紙谷佳樹さん。

「とある珈琲」の開店を支えたのは、紙谷さんが開店前にヒッチハイクで出会った全国各地の知人、友人たち。壁一面に本が並び、ソファや座卓、炬燵まである屋根裏部屋のような空間は、カフェというよりはゲストハウスのフリースペースといった趣。あけっぴろげで大らかな空気感は、紙谷さんのキャラクターを体現している。

前職の教員時代、ひょんなことから出かけたヒッチハイクの旅で、さまざまな人と出会える面白さを知って以来、目的も決めずあちこちに出かけるようになった紙谷さん。コーヒーとの出会いも、その旅先でのこと。「12年前、素泊まりの宿に泊まった時、モーニングを食べようと近所の喫茶に行ったのがきっかけ。それまでコーヒーが飲めなかったんですが、店の方がすごく勧めて下さるので、飲んでみたら3杯も飲めてしまって(笑)。これは、すごい飲み物と出会ったなと、嗜好がガラッと変わったんです」

以来、初めに深煎りが旨いと感じたので、深煎りが主体のコーヒー店にも足を運ぶなど、コーヒーの魅力に引き込まれていった。

その後も、旅に行く先々で、好きなことを続け、我が道を行く人たちとの出会いに刺激を受け、「一番好きなコーヒーを仕事にしよう」と一念発起。2017年に淡路の飲食店に間借りする形で店を始めると同時に、手回し式の焙煎機を導入し、独学で自家焙煎もスタート。自ら焼いた豆を携えて、ヒッチハイクで縁ができた、全国各地のゲストハウスやレストラン、花屋や自転車屋といったショップなど、さまざまな場所で出張喫茶に出かけていった。

「コーヒー店を始めてからは、旅が終わるとまた違う旅が続く感じ。今まで知り合った方々は、何回かしか会ってないけど距離が近く感じる人ばかりで、次に会う時にはお互い変化があるのも楽しい」。当時から続く交流がもとで、移転後の店でコラボイベントを開いたこともあるそうだ。

■コーヒー豆を育てる人々のストーリーを大切に
間借り店舗での2年を経て、2019年に実店舗を構えたが、並行して焙煎の感覚を磨くことも続けていた紙谷さん。「まず基本のブラジルから始めて、一つずつ焙煎できる豆のレパートリーを増やしていきました。最初は自分が好きな深煎りばかりでしたが、やがて中煎りまで焙煎度合の幅が広がって、やはり自分でやってみないと身に付かないと実感。実は、最初に教えてもらおうと思った方から、“失敗しても自分でやるのが一番”、“型は自分で作るもの”と言われたんですが、今にして思えば、その助言はありがたかったですね」

生豆も、最初は通販などで仕入れていたが、後に旅仲間を通じて、産地で買い付けするバイヤーと知り合い、今ではイエメンやボリビアの生産者と直接やり取りするまでに。また近隣のコーヒー店にも出向き、生豆を紹介してもらったり、譲ってもらったりと、ここでも人のつながりから独自にルートを広げていった。

豆の種類は気まぐれに変わる。「最近は浅煎りが主流ですが、うちの店では基本、深煎り党のための焙煎度。全部真っ黒に見えるけど、自分の好みを表現するのが深煎り。各豆に個性や思い入れがあって、苦いというイメージだけではない楽しみを伝えたい」と紙谷さん。時にスペシャルティグレードやCOEの豆が入ることもあるが、「最初に深煎りから入ったので、元々の好みからブレずに深煎りにしています(笑)」と意に介さない。あまつさえ、馴染みのお客には、その日のシングルオリジンで即興のブレンドも提案するという、型にはまらぬ発想が紙谷さんならではだ。

また、豆のスペックより、生産する人への思い入れが勝るのだろう。「味わいと共に、豆の持つストーリーも仕入れの基準の一つ」という紙谷さん。メニューには、「ブラジル・マンチケラの農家さんたちから」「パプアニューギニア・コルブランおじいさんのお豆」といった一言が添えられ、コーヒーを提供する際に伝えることも生産者のストーリーが占める。農園の何代目で、どのように農園始めて、今こんな取り組みをしていて…などなど、まるで見てきたような思い入れたっぷりの話に、聞いてるこちらも不思議と思い入れが強くなる。

■旅を通して広がるコーヒーが取り持つ縁
開店から5年を経たが、「自分から出向いて人に会うのが好きなので、今でも誘われればどこでも行きます」と、各地からの声にこたえて出張喫茶は継続。それゆえ、店で営業するのは月に10~15日ほど。今風に言えば、リモートコーヒーショップといったところか。「出張があると、お客に手渡しできるのがいいし、以前出会った方に自分が成長した姿を見せられる。開店前は、自分の表現手段がなかったけど、今はコーヒーが自らの軸としてあるので」という紙谷さん。

豆の発送も、近隣より旅先で出会った人に送ることが多いとか。出張したり、豆を送ったりすることは、今までの交流や出会いへの恩返しの思いも大きいという。「送る相手のことを知っていると、焙煎する時に顔を思い出しながらできる。手回ししながら、にやにやしていることもありますね(笑)。ある時は、出張喫茶で久しぶりに会った旅の知人に手紙をもらって、帰りの飛行機で読んで思わず泣いたこともあります」

紙谷さんにとって、そうした人々に“また元気な姿を見せたい”という気持ちも、店を続ける原動力になっている。「会いに行きたい人はいっぱいいて、あちこちに親せきがいるみたいな感じ」という紙谷さんだが、移転してからは逆に自分の店が、旅で知り合った人々が集まる場になることも。しかも愛知や長野、鹿児島など遠方から、紙谷さんを訪ねてくることも珍しくない。

あるお客は「旅先で大阪の話をしたら、『とある珈琲』の名を聞いて」。またあるお客は「立ち寄ったゲストハウスの人に、“あの人は面白いよ”と勧められたので」と、理由はさまざま。旅をした先々での紙谷さんの印象が、よほど記憶に残っているのだろう。遠く離れた場所で“よっしー”の名が話題に上るのは、ひとえに紙谷さんの愛すべきキャラクターがあってこそ。この店はまさに、旅の足跡が形作った店だ。

「コーヒー好きが集まる日もあれば、同じゲストハウスで泊まった人どうしが顔を合わせる日もあります。反対に、ここに来て、知らないお客さん同士が仲良くなることも多いですね。自分が旅を通じて同じような経験をさせてもらってきたから、ここが人と人をつなげる場になれば。その時にコーヒーほど、いいツールはないと思います」

旅での出会いから始まった「とある珈琲」。ここからまた、コーヒーを通した新たな人の縁が広がっていく。

■紙谷さんレコメンドのコーヒーショップは「風とCOFFEE」
次回、紹介するのは京都市の「風とCOFFEE」。
「店主の森君は旅の知り合いから聞いて、会いに行きました。西陣の店に行った時はまだ手探りで、ゲストハウスでもコーヒーを出していたこともあり、自分と近しいものを感じました。コーヒー好きの同志として、応援したい店です」 (紙谷さん)

【とある珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/手回し式焙煎機 500グラム
●抽出/ハンドドリップ(カリタ ウェーブドリッパー・ハリオV60)
●焙煎度合い/中煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン4~5種、100グラム750円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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