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「寄る辺なき者の生き様を観てほしい!」8年ぶりの新作、映画『無頼』井筒監督インタビュー

  • 2020年12月17日
  • Walkerplus

『パッチギ!』(05)、『黄金を抱いて翔べ』(12)など人間味あるアウトローに熱き視線を送る井筒和幸監督、8年ぶりの新作がお正月映画として公開される。

新型コロナウィルスの影響で公開延期となっていた今作、お披露目されるタイミングは監督初めてのお正月映画となった。「『パッチギ!』もお正月の第二弾やったけど、今回は年末年始のお正月映画で、しかもヤクザが主人公。でも、鬱屈した今の空気の憂さ晴らしとしてはぴったりやと思う。今は、世間がギスギスして何でも不自由になってんやから」としょっぱなから井筒節炸裂。

昭和31(1956)年から平成初頭まで、事件や流行歌、文化などさまざまな出来事を織り込みながら、一人のヤクザが地べたから、どう生き抜いていくかを描き切った熱き群像劇。主題歌は泉谷しげる『春夏秋冬~無頼バージョン』として今作のために再録音、映画に彩りを添えている。

それにしても、なぜ今「ヤクザ」だったのか?常にアウトローに目を向ける理由は?監督に話を聞いた。

■今がつまらんからですよ、ヤクザをテーマにしたのは
昭和31年、元教師の父は飲んだくれ、母は亡くなってしまい、兄弟だけで生き抜かねばならない少年・井藤正治は、アイスキャンデーの売り子や日雇いの仕事で日銭を稼ぐ極貧生活。父親もなくなり頼れる人がいなくなった正治は、その4年後の安保闘争の年に仲間とデモに行くカップルをカツアゲし、売血を強要して鑑別所へ送られてしまう。出所後、ケネディ大統領が暗殺された日、21歳の正治は兄貴分のヤクザからそそのかされて傷害事件を起し、またもや刑務所行きになってしまった。

時はすでに昭和39(1964)年、東京オリンピックや高度経済成長に沸くニッポン。やっと出所した正治は「俺もヤクザで所得倍増だ!」と、厳しいヤクザの世界へと乗り込んでいく。北陸で、武闘派の組長と親分子分の杯を交わし、関西の大組織の傘下となった正治。ヤクザとして男として、怒涛の昭和を正治はどこまで上り詰めるのか、そこで得た人生の教訓は何だったのかをしっかり見届ける、本格ハード・エンターテインメントとなっている。

なぜ今、昭和のヤクザに注目を?と聞くと「今がつまらんからですよ。時代に自由がなく、人も没個性になっている。みんなウジウジして、スマホに振り回されて、下を向いてさ、小声でしゃべってるでしょ?閉塞してますよ」と監督。「昭和ってのは、もっと欲に素直でのびのびしていた。主人公の正治は孤独で極貧少年だったけど、昭和31(1956)年当時は、そんな境遇の子供は多かったんだ。僕はまだ4、5歳だったけど、60年代になってもみんな貧乏で。医者の息子くらいですよ、革靴はいてたんは。でも、イジメはなかったんですよ。うらやましいな、と彼らを理想や夢にして仰ぎ見てたんだよね」と当時を振り返る。

「皆がむしゃらに生きてたけど、ええことも悪いことも含めて、あるのは理想に対する向上心と欲望だけですね。だから昭和に起こった事件はひとつひとつがダイナミック。高度経済成長のなかにありながら、ヤクザというアウトロー社会を描くことで、無頼と任侠に生きた男たちがいたことを、閉塞した時代に生きる人たち、特に、欲を失くした今の若者には知ってほしい」という。

■先輩ジャーナリストの資料を読みつくし、リアルなエピソードを投入した
ヤクザ×昭和・平成の日本史に、リアルな情景を見せ付けるのは、ヤクザの数々のエピソード。実際に起こった事件の裏側、杯を受ける場面、ヤクザならではの謝罪の仕方、ダイナミックな報復、行事など、複雑で濃密なヤクザの世界をリアルに作り込んだ脚本。そのソースは「先輩ジャーナリストから受け取ったヤクザ関連の資料を読みつくしたことだ」と監督は言う。これまでも『岸和田少年愚連隊』を撮った後にヤクザ映画をやりたいなと思ったそうだが「『ゲロッパ!GET UP!』(2003)も『二代目はクリスチャン』(1985)もコメディになってしまった。だから今回は待望の本格的ヤクザ映画なんですよ」とも。

以前、沖縄の戦後ヤクザ抗争を調べていたが難しく、それなら昭和の日本史を、と資料を眺めていたところ、先輩ジャーナリストたちにぜひ撮るべきだと進められて、現実化することに。「猪野健治さんの『やくざ戦後史』なんて本当におもしろいよ」と数々の資料や本を読み込んでの脚本作りとなったそうだ。

■田中角栄はまさしく無頼漢。漢気のある人やね
この作品には、日中国交のパンダブーム、オイルショックや三菱重工爆破事件、ベトナム戦争、ロッキード事件、ホストクラブ、釜山の金ブローカーなど、事件や流行が小気味よく織り込まれている。それを追いながら、ヤクザの正治がどんどん勢力を伸ばしていく姿が重ねられていくのを見るのもおもしろい。特に、40~50代の観客は、ノスタルジックな気持ちになること間違いなしだ。

「50年安保や共産主義と資本主義の東西冷戦、68、69年ごろの『パッチギ!』の時代があって、70年の大阪万博、戦後最大の汚職事件・ロッキード事件で田中角栄がやり玉にあがったりね」と思い起こしながら、その中でも田中角栄には思い入れがあるようだ。

「角栄はなかなかすごいおっちゃんだった。飛行機を買うのに賄賂をもらったもらわないで裁判にかけられていたけれど、角栄さんは、地元民の暮らしがよくなるように権力をふるう、親分の顔もあった。僕からみても惹かれるよ。舎弟や子分が何百人の田中組だよな」と言い、この時に世の中にあふれた心情を、劇中のセリフにも登場させている。

■登場する曲やモノにも当時の文化が匂い立つ
時代を表現するカルチャーのなかにも、上野動物園のパンダや当時人気だった犬種・スピッツ、大映映画の若尾文子『赤い天使』、インベーダーゲーム、ホストクラブ、ソウルオリンピック、演歌歌手のマネージメントなど、さまざまなワードが続々登場するのだが、和製ジャクソン5と名高い沖縄の兄妹コーラスグループ「フィンガー5」の『個人授業』(1973)の楽曲起用には裏話がある。

この曲の歌っている石井静は「実は正治の子分役の佐藤五郎くんの奥さんなんです。『私歌えます!』と予定してなかったデモテープを持ってきて」と監督。沖縄返還をイメージさせるために沖縄出身のフィンガー5の曲を使いたいと思っていた監督も、これにはびっくり。「意外とうまいのよ!男の子の声色で。で、きちんと取り直して採用しました」と笑う。

その佐藤演じる加藤は、鳩を飼っている。「鳩はね、当時の青年たちの趣味です。飼う者はだいたいが孤独でやんちゃなことをしてそうな子たち。鳩を抱くと温かいらしいから、その温もりにほっとしたんちゃうかな。73年ごろにこのシーンを入れたけど、時代をさかのぼれば東京オリンピック前から飼う人たちが多かった」。昔は軍隊が伝書バトとして使っていたり、新聞社がそれを踏襲、その名残りで60年代は鳩を飼うことが流行ったのだそう。意外な昭和史も教えてくれる今作。ニュースだけでなく小物や動物などにも目をとめてみて。

■父親不在のかなしみ、これが主題
主人公の正治は、父親がいなくなりヤクザの道へと突き進むのだが、ほかのヤクザたちも父親がいなくなったと似たような境遇を話す。「父親不在。これは今作の主題ですね。頼れる者がいない。そういう寄る辺なき境遇。さらに言えば格差社会です」と監督。

「出自に関する差別や在日のテーマは、もうやってきた。そこに着目されるより、もっとベタな人間物語にしたかった。一人で生きるしかない貧乏少年が、服役を繰り返し、ヤクザという疑似家族のヒエラルキーの中で、表社会とは別の権力を得ていく。その姿を隠しながら、市民社会になんとか強引にコミットメントしていく。じゃないと生き残れないから」

■シノギの多様さ。レンタルビデオ店のシーンは監督の実体験から誕生
80年代になってくると、正治の井藤組もコンサルタントや金融業など、フロント企業として一般社会と接点を持つ、いわゆる「経済ヤクザ」に変化していく。「堅気の企業と杯を交わすんだよね。そこの会社の免許を使って、株を売買したりする」。

数々のシノギを行いながら、社会と裏社会の間で生きぬいていくヤクザたちなのだが、注目してほしいのはレンタルビデオ店でのシーン。地元の店で海賊版のビデオがレンタルされているのを発見した井藤組は、激怒。「これは来月のロードショーだろ!」と。「公開前の品物で、おれらのシマうちで勝手に荒稼ぎするなんて、ということなんですよ。組が知らない間に商売しやがってというね」。

レンタルビデオ店のシーンを入れるアイデアは、実は監督の体験からだ。昭和天皇崩御のタイミングでこの場面がでてくるのだが「歌舞音曲の禁止で、心斎橋の通りも無人で静かなもんだった。テレビ放送も慎みなさいという日だったから、皆が殺到したのがレンタルビデオ店。そらもう満員やったわ」と当時を振り返る。

しかし、あのシーンを撮影するには時間を費やしたそうだ。「当時のレンタル品であるVHSを持ってますよ、という店舗を制作部が探し当てて、そこで撮ったんですよ。無理ですよ、あれだけのVHSを美術部で集めるなんて(笑)。あんな短いシーンなのに、撮影は1日がかり。なぜかというと、当時に発売されていたタイトル以外は映らないように並べ替えるのに2時間もかかったから。『この作品はまだ無かったな、90年代だろ』とか言いながらスタッフみんなでやっとったわ」と平成元年の一日目の特別な場面になった様子。

「まあ、僕は『お前らやっとけ!勉強や!』と言いながら喫茶店でコーヒーのんどったんやけどね」とお茶目に笑う監督。「でもうちの井筒組はね、ばっちりよう働くから。みんな現場熱心だから!」とスタッフの頼もしさも讃えた。

■『仁義なき戦い』は僕の仏さんのようなもん。俺も人を興奮させる映画を撮りたいと思った
劇中にはヤクザ映画の金字塔『仁義なき戦い』(1973)と『ゴッドファーザー』(1972)をモチーフにしたセリフが登場する。

「特に『仁義なき戦い』は僕にとっては仏さんのようなもん。劇中では正治のキメ台詞に『夜中に酒を飲んどると極道がつくづく嫌になるけど、朝、若いもんに囲まれたら、昨日のことなんか忘れてしまうんじゃ』という若頭の坂井(松方弘樹)のセリフを言わせた。坂井はその後、子供へのおもちゃを買いに行って撃たれるんだけど、名場面なんだよ。観た当時、僕は20歳になったばかりで無職。お金もないけど、道頓堀の映画館の満員御礼オールナイトにもぐりこんで観てたな。来てたのはヤクザと僕らプー太郎、あとは仕事をあがった宗右衛門町のホステスさんやったね」と振り返る。

「でもヤクザ映画は、反面教師にもなったし、人生の機微を教えてくれた。『この親分はかっこいいな、あの親分はアホだな』とか『こいつは人生の泳ぎ方がうまいし、頭ええな』とかね。そういうのを見るのがおもしろくてね。その後3、4本と『仁義なき』シリーズを観たら、俺もこんな映画を作っていきたい!人を興奮させるもんを作りたい」と強く思った監督。今作は念願の初ヤクザ作品となったという。

■ヤクザ映画ではあるけれど、血みどろにはしたくなかった
血で血を洗う抗争と暴力を描いた『仁義なき戦い』に感銘を受け、念願かなってヤクザ映画を撮った監督ではあるが「血みどろばっかりにはしたくなかった」という。「ヤクザだって毎日けんかしてるわけじゃない。僕は、地べたをはいつくばって、どうにか生き延びた少年が、どうやって這いあがっていったのか、極貧生活から抜け出したのか、シノギとはなにか、社会とのコミットメントはどこにあるのか。そういうものを追いかけていくのが正攻法のヤクザ映画じゃないかと思ったから、血の出るシーンは少ない」と、ヤクザ=流血というイメージとは違う人間物語を描いた心情を話してくれた。

さらに「『ゴッドファーザー』も好きで、親子とは何か、裏切りとは何か。それも含めて杯を交わすとはなにか、疑似家族のなかで、親でもないのに命を懸けて親分を慕う気持ちに加え、厳しい上下関係があってね。とても濃密な兄貴と舎弟の関係でもあるんです。正治も、自分の一家を構えながら、大きな組の傘下に入ったり、兄弟分の縁組をしたりと、よりどころを探しながら組の先行きを模索していくでしょ」とヤクザが生き抜いていくための、疑似家族的なつながりを軸にして物語を作りあげたそうだ。

■主演の正治にはEXILEの松本利夫。選んだ理由は?
監督が主演の正治を託したのは、EXILEの松本利夫。選んだ理由は?と聞くと「顔ですよ」と即答。「それは顔です。昭和の顔をしとったからね。ダンス踊ってるようには見えないからいいんだよ」と監督。正治の妻・佳奈役にはドラマや映画出演で活躍目覚ましい柳ゆり菜。「姐さん役、堂に入ってたでしょ。大阪出身だし、大阪弁のヤクザの姐さん役もできまっせ」と監督は期待。いつかその役で井筒作品に登場するかもしれない。

ほか、正治の兄・孝役には元ブランキージェットシティのメンバーであり、解散後はあらゆるライブでドラムの即興演奏活動を行い、異端の俳優として名を馳せる中村達也。ほか、木下ほうか、升毅、ラサール石井、小木茂光、フォークシンガーの三上寛など実力派が脇を固める。監督が求める昭和の「顔」を探すため3000人を超えるオーディションから選ばれた俳優たちが、全力で心身共に映画に捧げた作品となった。

実は女性にも見てほしいのだという監督。「母性本能をくすぐるんじゃないかな。すでに見た女性たちからは『現代には居ない男の子を観たから引き込まれました』『姐さんの、子分に対する母心にほろっとした』という声が届いている」のだそう。

実際、ヤクザとはいえ、組長のために刑務所の横で花火をあげたり、皆で慰安旅行へ行ったり、子供が生まれたときにはお祝いをしあう姿などは、見ていてとても微笑ましいし、なぜか誰も憎めない。

「これはやくざの是非を問う映画じゃないんです。昭和から平成にかけて底辺から這いあがっていった、はみだし者の男の生き様を見せる映画だから、きっと、先の見えない『今』を生き抜くヒントになると思います」と、力強い言葉で締めくくった。

映画『無頼』は新宿・K’s cinema、池袋シネマ・ロサで先行公開中。12月18日(金)より、京都・出町座、京都みなみ会館、12月19日(土)より、大阪・第七藝術劇場ほか、全国順次ロードショー。

取材・文=田村のりこ
撮影=松井ヒロシ

■映画『無頼』
監督:井筒和幸
脚本:佐野宜志 都築直飛 井筒和幸
音楽プロデューサー:林敏明 音楽:細井豊
主題歌:泉谷しげる「春夏秋冬~無頼バージョン」
製作・配給:チッチオフィルム
2020年/日本/146分/カラー作品/ビスタサイズ/5.1ch/R15+
(C)2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

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