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6年ぶりの映画主演、髪をバッサリ切った芦田愛菜を通して監督が伝えたかったものは?

  • 2020年10月9日
  • Walkerplus

『タロウのバカ』(19)では戸籍のない子供、『MOTHER マザー』(20)では育児放棄のシングルマザーと、まわりから理解されにくい孤独な存在に寄り添いながら、暮らしの中のかすかな希望を見出していく作品も多い大森立嗣監督。彼が次に放ったのが『星の子』。

謎のあやしい宗教に心酔する両親を持ちながらも、愛情たっぷりに育った15歳の少女の心を描く物語だ。主演には、少女・ちひろになるために自ら決意して髪の毛を30㎝バッサリと切り落とし、6年ぶりの主演映画にのぞんだ芦田愛菜。今後彼女の代表作になるであろう、15歳の芦田にしか見せることのできない心の機微をどのように撮影していったのか、どんな思いを込めたのか、大森監督に話を聞いた。

■脚本も手掛けた監督。大事にしたのは「少女のゆらぎと信じる力」。
未熟児として生まれ、病弱だったちひろ(芦田愛菜)のために、父(永瀬正敏)と母(原田知世)はあらゆる治療法を試すのだが一向に効果がない。そんななか、父が知人に進められた水「金星のめぐみ」を試してみると、ちひろはみるみるうちに症状が改善。そこから両親はその水を提供する「あやしい宗教」に心酔していくのだった。

そんな家族に嫌気がさした姉のまーちゃん(蒔田彩珠)は家出をしてしまったが、たっぷりと愛情を注がれて育ったちひろは15歳。受験を控えた大事な時期に、新任のイケメン教師・南先生(岡田将生)に恋をする。大好きな先生を眺めながら日々を過ごしていきながらも、心の中に芽生えた家族と自分との小さなズレ。信じている宗教、大好きな両親、自分の気持ち。15歳のちひろは何を選び、どんな決断を下していくのか。ちひろの「信じる力」が試されるとともに、観客にとっては、あなたならどうしますか?と問いかけられる作品だ。

原作となったのは『むらさきのスカートの女』が第161回芥川賞を受賞した今村夏子の『星の子』。これを読んだ監督は「少女の繊細な気持ちを描き切っていたところに感動し、脚本を書く時にもそれを大事にした」という。「自分は男系家族だし、子供もいないので、女の子って自分からかけ離れている存在。だからこそ、わかったふりはできないなとも思った」と話す。

■ちひろとシンクロできたのは、自分の家庭環境と似ていたから。
ちひろを愛するが故に宗教に出会い、没頭する両親とその子供という環境を描いた今作。両親のことは大好きだけど、よそのおうちとは違うのだなということをゆっくりと受け止めていくちひろの気持ちについて、監督はシンクロするところがあったそうだ。

「うちも子供のころから父親(麿赤兒)が舞踏(暗黒舞踏集団 大駱駝艦)を主宰していて、小さいころは前衛舞踏ってわけがわからなかったんですよ。職業だとも思ってない。ただ、どこかで普通の家庭じゃないなという感覚はあったんです。僕も受け入れるのに時間がかかっているので、ちひろと似ていますよね。だから彼女の揺れ動く気持ちはすごくわかります」

■演じられるのは、芦田愛菜さんしかいなかったと思う。
当初はオーディションも考えたというちひろ役。セリフも少なく、感情をあらわにする場面はほんのわずかなのだが、その静かな日々のなかで心の変化を細い糸をつま弾くように注意深く繊細に演じていく女優としての芦田愛菜のすごさは、監督の言葉からも伝わってくる。

「結果的に、ちひろの心のゆらぎを演じられるのは芦田さんしかいなかったと思う。芦田さんは、頭がよくて、引き出しも多く、表現力もあって、物事に対して純粋に向き合える人なんですよ。その年で、こんなにまっすぐでいられる役者さんってなかなかいないとも思う。恐ろしいほどのバランス力です。子役時代なら、がんばってちゃんとやらなくちゃ、という思いが強かったかもしれない。

でも現場では、その場で芝居が変わっていいんだよ、変わらなくちゃいけないんだよ、ということをずっとやっていました。その場で起きたこと、ほかの俳優さんがどう動いてくるかによって自分のお芝居をしてね、と強く伝えていました」と現場での芦田とのやりとりが、いかに緻密だったのかがうかがえる。

「会話を楽しんでね、と現場で監督に言われました」と芦田はあるインタビューで答えていたが「そう。段取りや役を決め込まないで、相手のことを受け止めて、自分は何を思う?ということをやっていこうと。芦田さんはそこにしっかりとこたえてくれました。一人でいるシーンは、自分のことを装うことなく居ることになる。その姿はとても印象的でした」と芦田の女優としての感性を讃えた。

■ちひろが恋するイケメン教師は岡田さんがぴったりだった。
新任のイケメン数学教師、南先生を演じた岡田将生。テニス部の顧問で、女子に大人気、ちひろは授業そっちのけで先生の似顔絵をノートに描くほどほれ込んでしまう。「ちひろにとって重要な人物となる南先生は、彼がやってくれなければ困るなと思うほど適役だった。数学の先生なのでたくさんの公式を覚えてもらわなくてはいけなくて、かわいそうだったんですよ(笑)。でも、岡田さんがしっかりやってくれたから撮り切れたと思う。次回、がっつり組んでみたい役者さんですね」と岡田の存在感を絶賛。

また、宗教に熱心に関わる両親役の二人についても「キャスティングは全く迷わなかった」という監督。「父親役の永瀬さんは何度か仕事をしているので、むしろ、永瀬さんが現場にいることで安心感がありましたね。演技のふり幅もあるし、本当に映画を愛してるしね」。

原田とは初顔合わせとなったということで、「ちょっと天然な感じがあって、長瀬さんといいコンビ。ほんわかとしてやわらぐ。カルト的なものを信じている母と、ちひろのお母さんという立ち位置にちゃんと隙間があるんです。宗教を妄信している人だからこんな感じでしょ?という演じ方をしない。さすがでした」と語った。

■観客も思わず考えてしまう。親友が問いかける「あなたはどう思うの?」
物静かだけど楽しく学生生活を送っているちひろには、同じ宗教を持つ小さなころからの仲間以外に仲の良い友達がいる。それが、美人でクールななべちゃん(新音)と、天然ボケの新村くん(田村飛呂人)だ。特になべちゃんは、いつもちひろに問いかける。「あなたはどう思うの?」と。偏見を持たずに人と接することのできる彼女の存在は、見ていてとても気持ちがいい。

「そうなんです。彼女は、親が宗教をやっているからあなたはやめたほうがいいよ、ではないんです。そして、何かあるごとに、ちひろに『あなたはどう思うの?』と聞くんです。そこがこの映画の一番大事なところだと思う。問われたら、ちひろは毎回考えなくちゃいけない。考え続けなくちゃいけないんです」

■宗教対少女を撮りたかったのではなく、描きたかったのは少女の心の揺らぎ。
教団の幹部役には、催眠術が使えてオーラの色を見ることもできる昇子に黒木華、子供たちに人気の海路には高良健吾という実力派が脇を固める。きなくさい噂も絶えないけれど、柔らかな表情で人を引き付ける二人も大きな存在感を放っている。

この作品で描かれる架空の宗教は、緻密なリサーチから作り上げられたもの。特別な生命力が宿るという「水」を飲むと風邪もひかないと言われ、結果的にちひろの両親は水を浸したタオルを頭にのせたまま生活するようになってしまった。それを見たちひろの同級生は「河童かと思った」と言ってちひろを無言にさせてしまうシーンもあり、一風変わった両親とそこで育ち暮らすちひろの心情や目線に、観客は想像を掻き立てられてしまう。ちひろは両親をどう思っているのか、どういう気持ちで学校生活を送っているのかと。そして、観ている自分ならどうするのだろうかと。

「宗教を描く映画やドラマを撮るなら、センセーショナルな描き方をする方法もある。でも今回みせたかったのは、少女の心のゆらぎなんです」と監督は断言。

「ちひろは同年代の中ではしっかりした女の子だし、両親の宗教を否定も肯定もしていないんです。この映画は、カルト宗教とちひろという2つの対立という単純なものではないんですよね。描きたかったのは、その間で繊細に揺れ動くちひろの心。だから、僕がちひろの心情を限定して観客に説明するのは違うんだろうなと。

例えば、カルト的な宗教に入っている両親に死ぬ気で反発したり逃げ出したり、大げんかをしたりしながら成長を遂げる少女の物語という描き方もあるのだろうけど、そうではなく、ちひろは物語の中で、自分の立ち位置を常に考え続けているんです。これは、僕の信条でもあるんですが、考え続けるということは、わかりやすい答えを選ばないということ。そして、考え続けていれば間違えない、という感覚がいつもあるんですよ」と監督の生き方も飛び出した。

「自分を愛していたからこそ両親は宗教を始めてくれたことをちひろは知っているから、一般的な考え方ではなく、やっぱり両親からの愛情を選びたい、という優しい子なんですよ。そういう優しさがいいんだよね」とちひろの心を思いやり、「だから、心という繊細なものを描くときに、わかったふりは絶対できないです。はっきり答えが出せるものではない」と力強く語った。

監督の思う「少女の心のゆらぎ」、宗教の闇と家族への愛情の間で揺れ動くちひろの心は、独特の映像美で表現されるのだが、ずっと重苦しさが続くわけではない。常に柔らかなものに包まれている感覚があり、その中でも、友人、新村くんのコミカルな存在感は劇中の大きなガス抜きとなっている。オーディションで役を得た田村の個性を監督は「キャラクターもいいし、無邪気に僕のことを信頼してくれたんですよね。独特の間もあって目が離せなかった」と楽しそうに語った。

■監督にとって「信じる」ということは?
「信じること」がテーマの今作。監督にとっても「信じること」を改めて考えることになったのだろうか?

「僕は、いつも思っているんです。役者を信じないと始まらないと。演技は自分をさらけ出すことだから、相手を信じないと開いていけない。閉じていると表現者としてうまくキャッチボールができないんです。だから、とにかく先に相手を愛せ、さらけ出せと言っている。先に、あなたを信じてるよと愛を伝えるからこそ、次はあなたの番だよ、返してね、という関係になれると信じてます」

ラストに向かえば向かうほど、ちひろの思いに揺り動かされ、清涼感さえ感じさせるこの作品で、自分の「信じるもの」について考えてみては?

映画『星の子』は、10月9日(金)TOHOシネマズ梅田ほか全国公開。

取材・文=田村のりこ

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