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科学者たちは、自然に触れると心が癒やされることを知っている。屋外に出れば体が活発になり、森に入ればストレスや心拍数、血圧が下がる。鮮やかに咲きほこる野の花々を見れば、畏敬の念が湧いてきて、自分という存在や頭の中で渦巻く問題などは途方もなく大きなものの一部にすぎないと思わされる。そして、鳥の歌声にも、私たちの脳を落ち着かせる効果があることが科学的に示されている。
しかし、鳥のさえずりが特別に感じられるのはなぜだろう?
「社会的な動物である私たちは、生きものとつながり合いたいと思うようにできているのです」。そう話すのは、米オーバリン大学の社会・環境心理学者であるシンディ・フランツ氏だ。人とのつながりを作る際に使われる脳の部位が、鳥を含めた自然との交流にも役立っているという。
なぜ鳥たちのさえずりに耳を澄ますことで、実際に回復の効果があるのかを専門家に聞いた。
鳥のさえずりは、自然が与えてくれるたくさんの恩恵の入口になることを示唆する研究が増えつつある。
2022年に学術誌「Scientific Reports」に掲載された研究では、約1300人に1日3回、2週間にわたって周囲の環境と自分の気分を記録してもらった。
すると、鳥が見えたりその声が聞こえたりした場合、身近にある緑や水域の影響(木が見える、水の音が聞こえるなど)を差し引いても、心の健康度がかなり高まることがわかった。鳥と出会うことによるメンタルヘルスの改善効果は、数時間にわたって続いていた。
ただしこの実験では、被験者たちが研究の主な目的に気づいて自然を過剰に意識し、バイアスがかかった可能性も指摘されている。さらに、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の最中に行われた研究なので、被験者の日常的なストレスレベルや鳥に対する感情という点でも影響があった可能性が高い。
2022年に同じ学術誌に掲載された別の研究では、自然の音(鳥の鳴き声)と都会の音(交通騒音)を耳にしたときの反応の違いを浮き彫りにしている。
295人の被験者にヘッドホンで6分間の音を聴かせたところ、鳥のさえずりを聴いた人は、不安、妄想のスコアが下がったという。また、うつのスコアは、2種の鳥によるさえずりではなく8種の鳥からなる歌声を聴いたときだけ下がった。一方、交通騒音を聴いた被験者は、うつのスコアが上がった。
米カリフォルニア・ポリテクニック州立大学が行った2020年の研究からも、同じような結論が得られている。この研究では、米コロラド州ボルダーの2つのハイキングコースで、400メートルほどにわたって「幻のさえずり」を再生した。自然に鳥がいる場所にスピーカーを隠し、さまざまなさえずり音を流すことで、より多様な鳥たちが生息する環境を模擬的につくったわけだ。
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「ちょっとしたインチキを使わざるを得ませんでした」。そう話すのは、この研究の著者で、同大学の生物科学科の准教授として鳥の進化や生態を研究しているクリントン・フランシス氏だ。「スピーカーが見つかって激怒されるのではないかと心配する大学院生もいました」と氏は振り返る(ただし、彼らの知る限り、スピーカーがハイカーたちに見つかることはなかった)。
スピーカーを設置した箇所を出たところで、ハイカーたちに声をかけ、感じたことを調べるアンケートに答えてもらった。人は細かく思い出したり、自分の考えや感情を解釈したりすることが得意ではないので、通常、こういった自己申告のデータには限界がある。
それでも、結果は明るいものだった。ハイカーが「幻のさえずり」を耳にしたのはわずか7〜10分ほどだったが、それを聞いた人は、スピーカーをオフにしていたときに通った(自然の鳥の声だけを聞いた)人に比べて、心理的な回復(フランシス氏は「心が晴れる」と表現している)効果が大きかった。
聞こえる鳥の種類が多いほど効果が高い理由はまだよくわかっていないが、それを探る研究は続く予定だ。
多くの専門家は、鳥のさえずりは安全を示すシグナルだと考えている。不気味なほど静まりかえった森を、ハラハラしながら歩くことを想像してもらいたい。「鳥のさえずりが一斉に止むのは、捕食者などの危険が迫っているということです」とフランシス氏は説明する。「昔から、鳥のさえずりは世界が安全だという確かなしるしなのでしょう」
では、心が晴れる点についてはどうだろう。その仕組みはまだよくわかっていないが、自然に触れることで、ストレスや否定的な思考のループに関係する脳の部位の活動が低下すると示した研究もある。自然が自分を忘れさせてくれるため、過剰な自意識が鎮まるのだとフランツ氏は述べる。
鳥のさえずりに耳を傾けるのも、その瞬間に意識を向けるという点で、マインドフルネスのひとつの形だと言えると氏は付け加える。
自然の中にいることは、感覚を楽しませる。屋外の景色やにおいや音は、点滅する光やけたたましいクラクションよりもはるかに繊細だ。木が芽吹くのを見ることも、雨のあとの香りに包まれることも、ハトの静かな鳴き声を聞くこともそうだろう。気づかせはするものの、過剰に意識させることはないという意味で、科学者たちはこれを「ソフトな魅惑」と呼んでいる。
「私たちは本当に生きているんだ、という実感を与えてくれるからかもしれません」とフランシス氏は言う。
これまでに挙げた研究のように、鳥のさえずりを録音したものでも、メンタルヘルスには効果がある。しかしフランシス氏は、実際の鳥の歌に勝るものはないと強調する。
ただしフランツ氏は、「広大な場所や原生林に行く必要はありません」と言う。庭に鳥のエサ場を作り、鳴き声から鳥を識別するアプリを入れるのもいいだろう。いろいろな鳥の名前を覚えれば、鳥たちとのつながりをより強く感じられるかもしれない。次に鳥の大合唱を聴いたり、木にとまっている鳥を見かけたりしたときは、足を止めてじっくりと味わってみよう。