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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第63回 人類はダーウィン・ジレンマを乗り超えられるか

  • 2009年4月9日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

人類はダーウィン・ジレンマを乗り超えられるか 東京工業大学名誉教授、元国立環境研究所長
市川 惇信(いちかわ あつのぶ)さん

無断転載禁じます

 私は約10年前に、地球環境問題は生物が必然的に招くものであり、それを乗り超えるのは大変なことだと本に書きました。これに対し、人類という知恵のある生物種がそんなことを起こすはずがないと多くの方から批判されました。その後、事態は悪い方に進んでいると私は見ています。人類は生物種としての制約から免れるのは難しい。これが今日の話の主題です。

不遜な言葉「地球のために」

 「地球のために」という言葉は地球環境問題を引き起こしたと同じ不遜な言葉であると私は思います。
 地球は約50億年後には消滅すると予測されています。これに対して人類は打つ手はありません。
 生命・生態系は約40億年前に自己複製能力をもつ物質が出現して以来、今日まで繁栄しています。これまで経験した5回の大絶滅は大進化のチャンスでした。
 地球の大気組成は他の地球型惑星(金星、火星)と比べると異常です。金星と火星は大気の96%、95%が二酸化炭素(CO2)であるのに対し、地球は0.035%です。酸素については金星ではゼロ、火星でもごくわずかであるのに、地球は約5分の1を占めています。
 これは、約27億年前に水とCO2から太陽光で炭酸同化する能力を持つ最初の生物種であるシアノバクテリアが発生し、それが大増殖し て大気組成を激変させた結果です。生物種の活動が暴走した結果として今日の大気組成があります。
 一方、ヒトはきわめて広い適応能力を持ち、赤道から極まですべてにおいて分布している生物種は他になく、数百万年という長いタイムスパンで生存しています。
 ヒトの文明は、世界最古のシュメール文明以来、約5,000年の間は大きな変化はなく、急速に変化を始めたのは18世紀以降のわずか200年のことです。
 以上のことをまとめれば、私たちが維持しようとするのは地球でも生態系でもヒトでもなく、ヒトの今日の文明のあり方であるに過ぎません。これを「地球のために」というのは不遜の極みです

進化システムである科学技術文明

 私は文化を「生物種の集団の行動様式の総体」、文明を「不特定多数を統合する普遍的基軸を持つ文化」と定義しています。古代・中世の文明は、基軸となる農耕技術の発展が非常に遅く、宗教(キリスト教とイスラム教)が変化を許さない先験知であったため、ほとんど変化しませんでした。
 しかし、18世紀以降の科学技術文明は急速に発展しました。これは、科学技術文明が進化システムであることに由来します。
 システムが進化する機能要件は、(1)自己複製子が存在する(2)それが変異する機会を持つ(3)変異の結果である異なる自己複製子の間に、複製の頻度に関わる相互作用が存在する(4)その複製を許す資源(環境も含む)が存在する──という四つです。
 また、進化システムは、(1)目的がなく、過程だけを持つ(2)進化は目的に向けて起きるのではなく結果として起きる(3)環境あるいはシステムの部分が変化に対して頑健である(4)分岐と漸進的進化が繰り返す(5)一部分が相互作用からはずれると爆発する(6)二つ以上の進化システムの間に相互作用があり、共進化、つまり一つのシステムになる──という性質を持っています。
 科学の方法がこの進化システムの要件を満たしていることから、科学は進化システムです。
 技術は、約5万年前に始まったと言われており、それは試行錯誤によって発展してきました。試行錯誤は膨大な試行を要求し、発達は遅々としています。
 そして科学と技術が18世紀以降に共進化を始め「科学技術」となり、爆発的に進化をし始めました(図=科学と技術)。

図=科学と技術
(図=科学と技術、作成=ポンプワークショップ)

ダーウィン・ジレンマのじゅ縛から免れるには

 多様な種が相互作用している進化システムにおいて、ある生物種が縮小を図るとそれは絶滅し、拡大を図るものだけが卓越します。私はこれを「ダーウィン・ジレンマ」と呼んでいます。
 地球環境問題のうち、気候変動や熱帯林問題のように、ヒトの活動が環境からの収奪の限界や環境への排出の限界に関連する容量型の場合、ダーウィン・ジレンマに束縛されます。他方、ヒトの活動により環境へ排出される微量物質が環境の中の精緻な機構を崩す大気汚染や内分泌攪乱物質問題などの公害問題は、ダーウィン・ジレンマに束縛されません。
 ヒトがこれまで公害問題には適切に対処でき、容量型の問題には対処できていないのは、ダーウィン・ジレンマによるものです。
 このジレンマを乗り超えるためにはまず、科学技術文明が進化システムであることの基盤となっている近代精神(自由・平等・博愛)を止めなければなりません。軍縮や温暖化などにおいて、自由の制限はすでに始まっています。さらに人、金、技術、物、情報のグローバルな流通を制限しない限り、進化システムは止まりません。これが今日、可能でしょうか。
 このためには、社会的意思決定を知性のある人びとに任せなければなりませんが、今日では逆に、権力が一人ひとりにまで分散されています。
 価格については、安さを求める庶民一人ひとりの要求が大規模流通業者により集積され生産者への圧力になっています。
 資本においても、利得が大きいことを指向する一人ひとりの零細な金を集めたファンドが企業の意思決定を支配するようになりました。
 さらに政治の面でも、生活が第一の庶民の圧力が生んだポピュリズム(大衆主義)が潮流となっています。結果として、日本の社会からパブリック(公共)がなくなってしまっています。
 このような権力の超分散を進めているのは、科学技術の発展による財自体とその生産方式の変革です。人、金、物、情報、技術のグローバルな流通がこれを可能にしています。それを支えるのが自由化であり、以上のことが相互作用して進化システムを形成しています。

日本が生き残るには?

 では日本が生き残る手立ては何でしょうか? 「ウチ」が行動の基本単位の「ウチ社会」である日本社会は、将来の生き残る姿を想定して、それへの軟着陸ができない社会です。
 従来の成功が頭に残り、従来型で何かできると考えています。しかしアメリカや中国、インドはこの点を見据えており、ヨーロッパもスーパーエリート主導の政府モデルの実現を図り、最悪の場合には、EU(欧州連合)に閉じても生き延びられることを図っています。
 このような条件下で、日本政府がなすべきことは、国としてのパブリックの実現であり、生命、財産、教育を生き残りのためのコアとして政府の責任において確保した上で、その周辺にある奢侈、娯楽などの欲望の充足は高コストにして、経済 を拡大させるほかないと思います。
 しかし残念ながら日本は現在、コアの部分のコストを上げるという、反対方向に推移しています。前途は多難だと感じています。
(2008年9月16日東京都内にて)


(グローバルネット:2008年10月号より)


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