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第54回 温室効果ガス削減戦略〜日本は2050年に70%削減を目指そう

  • 2008年7月10日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

温室効果ガス削減戦略〜日本は2050年に70%削減を目指そう
千葉商科大学政策情報学部教授 三橋 規宏

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短期悲観、長期楽観

 今年7月、北海道・洞爺湖で開かれるG8サミット(主要国首脳会議)の主要課題は温暖化対策である。安倍前首相が、昨年ドイツのハイリゲンダムで開かれたG8サミットで、2050年までに「世界の温室効果ガスの排出量を半減しよう」と各国首脳に呼びかけ賛同を得た。この提案が洞爺湖サミットで話し合われる予定である。福田首相もこの点についてはすでに確認している。

 だが、安倍提案には、日本の2050年の目標値が明示されていない。世界全体の目標値を掲げながら、肝心の日本の目標値を明らかにしないことは、責任逃れとして受け取られかねない。しかも基準年は「現状」というあいまいな表現で、世界の常識になっている1990年基準を避けているのも姑息な印象を与えかねない。さらに2050年の日本の姿についても触れられていない。

 わが国の温室効果ガス削減については、日本の経済社会の変化を考慮すると「短期悲観、長期楽観」と図柄が描けるだろう。短期悲観とは、京都議定書の目標達成は現状程度の対策ではかなり難しいということである。長期楽観とは、2050年には1990年比で70%程度の削減(二酸化炭素(CO2)濃度を安定化させ、温度上昇を2℃以内に抑えるために必要とされる削減率)が可能であるということである。

 まず、短期目標である京都議定書の6%削減がなぜ難しいかについて考えてみよう。

 2005年度の温室効果ガスの排出量は基準年(1990年)比7.8%増になっている。同じ期間、実質経済成長率は、約15%増である。省エネ努力によって日本の場合、経済成長に必要な化石燃料の投入量は減少しているが、それでも経済成長率が1%増加すれば、CO2を中心とする温室効果ガスの排出量も0.5%程度増加する構造になっており、化石燃料依存型の成長は基本的には変わっていない。

 政府の中期経済見通しによると、京都議定書の約束期間の2008年から2012年までの5年間、実質成長率は年率2%強で推移する。これからの5年間、2%強の成長が続けば、温室効果ガスの排出量も年率1%強で増加し続けることになるだろう。政府が実施している現状の削減対策では、とても対応できないことがわかる。

 政府の取り組みは、産業界の自主的取り組み(日本経団連の自主行動計画など)の支援と国民に対して、「チーム・マイナス6%」「1人、1日、1kgCO2削減」を呼びかけていることだけだ。いずれも企業や国民の自主的努力に期待するものばかりである。政府の低炭素社会を目指すための核になる政策が欠落している。

 この数年、景気回復が本格化してきたため、産業界の自主的努力にもかかわらず、温室効果ガスの排出量は増加基調に転じており、6%を削減するためには2005年度時点では約14%の削減が必要である。約束期間の5年間にさらに排出量が増加する可能性があり、現状の対策だけでは目標達成は絶望的である。

 政府の実効性のある追加対策が必要である。そのための政策手段としては、キャップ・アンド・トレード方式による排出権取引制度と環境税の導入が考えられる。このうち排出権制度の導入には時間がかかり、約束期間内には間に合わない。決断すれば来年度からでも実施可能な環境税(炭素税)の導入を急ぐべきだろう。とくに環境税の導入は増え続ける家庭、業務部門の排出抑制にかなりの効果が期待できるだろう。

人口減少が削減の追い風

 これに対し、2050年までに1990年比で約70%削減する目標は、達成可能な現実的な数値といえるだろう。

 基準年の90年の温室効果ガスの排出量はCO2換算で約12億6,000万tだ。2050年に70%削減するということは、同年の排出量を3億7,800万t(基準年の3割)に止めなくてはならない。70%削減のためには、差し引き8億8,200万tの削減が必要になる。

 この削減に当たっては、まず人口減少が大きく貢献する。2005年の日本の人口は約1億2,800万人だが、50年には約9,500万人まで減少する(国立社会保障・人口問題研究所推定)。

 現在、日本人の一人あたり温室効果ガスの排出量は、年間約10tだ。したがって人口減少によってエネルギー需要が減少し、それに伴って50年の排出量は現在より3億3,000万t減少することになる。これだけで削減目標の約37%がカバーできる。日本の人口は30年以降、年率で1%近く減少する。その影響で経済成長率はゼロ成長近くになり、40年以降はマイナス成長に転ずる可能性が大きく、経済規模そのものが縮小に向かう公算が大きい。50年には人口減少と経済規模の縮小などによって、何もしなくても削減目標の4割近くが達成できる。

 残りの約6割(5億3,000万t)の削減は、一人あたり排出量を4t程度まで引き下げればよい。英国やドイツなどのEU(欧州連合)主要国の一人あたり排出量は、現在日本とほぼ同水準だが、50年には7〜8割以上の削減を目標に掲げている。その点からいえば、排出量の6割削減は、EU諸国と比べむしろ控えめな目標である。

 50年に一人あたり排出量が4tまで削減できれば、5億7,000万t(9,500万人×6t)が削減できることになる。人口減少効果などと合わせると70%強の削減が達成できることになる。

 1人あたり排出量を引き下げるためには、風力や太陽光、バイオマスなどの新エネルギー技術や革新的な省エネ技術の開発、省エネ製品の普及、さらに環境税やキャップ・アンド・トレード方式による排出権取引制度の導入、新エネ・省エネを普及させるためのインセンティブ税制、省エネ型のライフスタイルの定着などの相乗効果によって十分達成できるだろう。

日本の覚悟を世界に伝える絶好のチャンス

 これに対し、「世界全体で半減」の実現はかなりの困難が予想される。最大の理由は、世界人口が引き続き大幅に増加することである。現在、世界の人口は約66億人だが、国連人口基金の予測によると、50年には90億人を突破する見通しだ。第2に中国やインドなどの人口大国の経済発展は、50年へ向けてさらに加速化してくることが見込まれ、それに伴い温室効果ガスの排出量も増加基調をたどるだろう。とくに途上国は削減目標の数値義務には強いアレルギーを持っている。12月の気候変動枠組条約締約国会議(COP13)でも、彼らの基本姿勢は変わらなかった。しかし渋々ながらも、全員参加の削減の枠組みづくりを2009年末までに完成させる工程表(バリ・ロードマップ)の採択には合意した。

 このような情勢変化を踏まえて、日本が、「世界全体で半減」のリーダーシップをとるためには、まず短期目標の京都議定書の公約をきちんと達成することが前提である。そのうえで、日本としての長期目標達成のシナリオをしっかり描かなければならない。

 具体的には、2050年の日本の目標として70%削減を公約として掲げ、国民運動としてその達成に取り組むこと・企業は炭素税や排出権取引制度などを制約条件として拒否せず、新たなビジネスチャンスとして受け止めること・国民は省エネ型のライフスタイルの定着に努力すること——などが必要である。

 50年の日本の人口約9,500万人は、今のドイツ(8,200万人)に近い。経済規模は多少縮小しても、一人あたりGDPの水準を落とさず、維持・向上させることができれば、低炭素社会に基礎を置く質の高い環境立国のモデルを世界に示すことが可能になる。洞爺湖サミットは日本の覚悟を世界に伝える絶好のチャンスである。

(グローバルネット:2008年1月号より)


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