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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第23回 淡水と社会と生態系

  • 2005年12月15日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

淡水と社会と生態系 東京大学生産技術研究所 沖 大幹(おき・たいかん)

無断転載禁じます

 ミレニアム生態系評価(以下MAとする)では、生態系の機能(ecosystem services)を、栄養素循環や土壌形成といった生態系自身を支持(supporting)している側面および、人間の幸福増進に資する側面として食料や木材などの提供(provisioning)、気候や洪水などの緩和(regulating)、そして美的あるいは精神的な文化的側面(cultural)に分類している。水は生態系の維持に不可欠であると同時に、生態系の機能によって淡水が供給されたり水質が改善されたりするし、文化的な生活や美的感性にはもちろん水の存在が不可欠である等、水の場合はそうした分類のいずれにも横断的にあてはまっている。

 そこで、MAの中核をなす「現状分析と今後の傾向(Condition and Trends)」ワーキンググループレポートでは、食料や木材、燃料など生態系が人間社会に提供している材と並んで7章で淡水が、海洋や海岸、森林等の生態系と並んで20章で陸上水系生態系が陸上生態系とは別途とりあげられている。

 7章のタイトルが結果的に「淡水」となり、生態系という視点が抜け落ちた。しかし、先に述べたように生態系そのものの持続に不可欠な淡水資源をどれほど人間社会が利用するようになり、このまま放っておけば生態系と人間社会との間にどのようなあつれきが生じる懸念があるかといった点が、最新のデータに基づいて示されたという面においては十分に意味があるものと思われる。

現状に関する主なメッセージ

  筆者が関わった第7章「淡水」でとりまとめられた主なメッセージを以下に紹介する。なお、背景として、国連のミレニアム開発目標では、2015年までに安全な水へアクセスできない人口割合を(1990年に比べて)半減する、という数値目標が掲げられていることを念頭においておく必要があるだろう。

  • 1960年から2000年にかけては10年で20%もの伸びがあった淡水資源使用量は、2000年から2010年には10%程度しか伸びないだろう。
  • 水が豊富な地域に住んでいる人は世界人口の20%にも満たない。
  • 森林や山岳域の生態系は、河川流量といった形で容易に利用可能な循環型水資源の主要な水源地の構成要素である。
  • 世界の水利用の5%、もしかすると25%は持続的に利用可能な水資源使用量を超過している。超過分は、水の越境輸送や水位低下しつつある再生されない地下水(化石水)の利用によるものだと考えられる。
  • 水系生態系には水が絶対的に必要なので、ヒトの淡水利用の増大は同じ資源を巡る争いを招く。
  • 人間活動由来の深刻な汚染によって、世界の多くの場所で淡水供給は減少傾向が続くであろう。
  • 安定した淡水資源供給や洪水調節のためにダムなどの工作物が設けられ、陸上水系生態系の持続性とその淡水供給機能が危険にさらされている。
  • 水不足はグローバルに重大な問題で、世界中で10〜20億人にとって進展しつつある状況であり、食料生産、健康、そして経済発展等の問題につながっている。不適切な水・衛生状態に起因する疾患は年間180万人以上の命とのべ7,000万年分以上の健康寿命を奪っている。
  • 淡水資源の状態は十分にモニターされておらず、各国家の、あるいは国際的な達成目標へ向けた進捗状況を政策決定者がチェックするのに必要な指標を作成する妨げとなっている。
  • ミレニアム開発目標やその他の国際的な行動目標の達成に伴う代償は避けられない。
考慮すべき施策

考慮すべき施策

 前節に示したような現状認識、傾向分析に対し、有望で有効な水に関する対応策としては次の項目が挙げられている。

  • 生態系による流況改善に関して、森林のみならず、湿地帯や水辺、傾斜地や道路など多様な土地被覆に広げて考慮し、洪水渇水を含む流況全般にわたってその効果を測ることにより、受益者が支払う仕組みを構築する。そのためには、観測やアセスメントのための人材育成や不確実性を明確にすることが必要である。
  • 明快でわかりやすい規則に基づく水利権の確立は、淡水資源の便益を当事者が自覚し、保全の意欲を喚起することにつながる。
  • 情報を公開し、水マネジメント施策決定にすべての当事者が参画可能にすることにより、水資源悪化を改善することができる。
  • 水市場の形成は、経済的な動機付けにより、需要側の効率を上げたり農業用水から都市用水への転換を促進したりして、水供給を増大できる可能性がある。
  • 洪水調節にあたって、ダムや堤防に頼らない方策の利用に重点を置くと、大規模なダム建設による生態系への負の影響や、人間社会への便益の不公平性を免れることができる。

 MAでは、人間社会と生態系両者の持続的な共存とともに、生態系から人間社会が得ている便益という視点にも重点が置かれている。 水は人間社会にとって、健康、摂食、経済発展等に不可欠であり、たとえ人口増大と経済的発展に伴って人間の水利用が増大し、グローバルにもその影響が見られるほどになったにしても、すぐさま人間活動を縮小すべきだ、という論点にはなっていない。むしろ、無意識のうちにそういう状況になってしまった事態を改めて自覚し、科学者以外の一般社会、そして為政者に現状と今後懸念される事態を伝えることによって議論を巻き起こし、経済発展や利益追求と対立しない形で生態系の保全が図られることを期待しているのだと思われる。

 こうした問題意識は当該第7章主要執筆者間で共有され、国際学術連合(ICSU)傘下の世界気候研究計画(WCRP)、地球圏・生物圏国際協同研究計画(IGBP)、国際生物多様性研究計画(DIVER SITAS)等の横断的国際プロジェクトとして提案されているグローバルな水システム研究計画(GWSP)にも引き継がれ、世界規模の水循環に人間活動が及ぼしている影響具合やそのメカニズム、その変化が他の地球システムに及ぼす影響や持続可能性等について今後国際的に協調しつつ研究が進められることになっている。MAにならって社会への成果の広報にも重点が置かれることとなっており、日本でも対応プロジェクトの立ち上げが検討されており、生態系・生物多様性分野からも多くの参画が期待されている。

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