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第145回 各国の温室効果ガス排出削減数値目標に対する事前評価

  • 2016年4月7日

第145回 各国の温室効果ガス排出削減数値目標に対する事前評価

 2015年末にパリで開催される気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)での合意に向けて国際社会が「2度目標」(産業革命以降の気温上昇を2度未満に抑制)の達成を実現するためには、各国から提出される温室効果ガス(GHG)排出削減に関する数値目標(約束草案:INDCs)を、COP21の事前および事後に評価する体制を構築できるかが大きなポイントである。本稿では、まずGHG排出削減数値目標の評価の体制、方法論、実際の評価ツールを紹介する。次に、2014年10月以降に発表された欧州連合(EU)、中国、米国などの目標に対する具体的な評価を紹介すると同時に、日本の数値目標に対する研究機関および筆者の評価について述べる。

事前評価の体制

1.研究機関の連合体
 GHG排出削減数値目標の評価に関しては、すでにドイツのEcofysなどを中心とする複数の研究機関グループが、クライメート・アクション・トラッカー(CAT)という数値目標評価を実施する協力組織を構築している。

2.評価方法
1)カーボン・バジェット・アプローチ
 気温上昇などに関する数値目標の確実な達成を考慮した場合、有限のカーボン・バジェット(炭素排出枠)を一定のルールに基づいて各国に分配する方法(カーボン・バジェット・アプローチ)は最も合理的であり、客観性と透明性も持ち合わせる。実際に、分配のルール(GHG排出削減努力の分担方法)は多々あるものの、努力分担あるいはGHG排出削減数値目標の差異化に関する研究論文や試算の大多数がこのアプローチを何らかの形で採用している。また、このアプローチは京都議定書目標達成に必要なEU域内での排出努力の各加盟国への分担量の計算にも用いられた。逆に、国際社会が2℃目標を高い確率で達成しようとする場合、これ以上の方法を想定することは難しい。したがって、各国の受け入れ可能性や強制力は別にして、アプローチで試算された各国の努力分担は、各国目標の評価においても最も参照されるべき数値であり、実際にそうなると予想される。

2)カーボン・バジェット・アプローチ以外の評価方法
 他の方法としては、エネルギー原単位(たとえば単位GDP当たりのエネルギー消費量)、CO2原単位、成り行き(BAU)排出量との比較、セクター効率(例:単位鉄鋼生産量当たりのエネルギー消費量)、脱炭素指標やベンチマークとの比較、グッド・プラクティスや政策パッケージとの比較、などが考えられる。しかし、原単位などは、最新のIPCC第5次評価報告書でも議論されているように、明確に公平性を示す指標ではない。また、上記で挙げた指標の多くは国全体の排出量とは直接的には関係しない。したがって、これらは各国のコミットメントを評価する際の情報の一つとはなり得るものの、カーボン・バジェット・アプローチで計算された国全体のGHG排出量を参照値として用いる評価方法を代替するものとはなり得ない。

評価ツールと実際の評価

1.CATによる評価
 前出のCATでは、すでにカーボン・バジェット・アプローチおよびIPCC第5次評価報告書での公平性指標に関する議論に基づいて、「責任」「能力」「平等」「責任、能力、必要性(発展の権利)」「均等な一人当たり累計排出量」「能力・費用」「段階的方法」の七つの公平性指標をもとに計算した各国のGHG排出削減努力分担量(排出削減必要量)の範囲(幅)を、これまでのほぼすべての既存研究を集めたデータベースから明らかにしている。次に、その範囲と各国の実際の約束草案の数値を比較して、各国の数値目標を「お手本(Role Model)」「十分(Sufficient)」「中程度(Medium)」「不十分(Inadequate)」の四つのどれかに評価する。

2.実際の評価結果
 CATは、すでに条約事務局に提出された各国の数値目標を評価しており、コスタリカ、エチオピア、モロッコなどを「十分」、ブラジル、EU、スイス、ノルウェー、メキシコ、米国、中国などは「中程度」、日本、韓国、ロシア、カナダ、ニュージランド、オーストラリアは「不十分」としている(2015年9月28日現在)。 この「中程度」は相対的なもので、すべての国の目標が「中程度」であれば、2度目標達成は不可能としている。すなわち2度目標達成に対し十分に野心的であり公平であるというものではなく、その意味で「十分」ではないと評価している。なお、中国に対しては原単位目標の部分を不十分として、「中程度+不十分」としている。CATによる格付けの結果や方法論に関しては http://climateactiontracker.org/ を参照されたい。
 なお、このCATの評価は、「限界削減費用均等」というGHG排出削減努力分担方法を用いていないことが注目される。これは「限界削減費用均等」によって計算された数値は、限界削減費用が小さい途上国がより多く削減する結果を導くためである。したがって、IPCC評価報告書でも、「限界削減費用均等」は公平な努力分担方法としては認められていない。

日本の数値目標に対する評価

 周知のように、日本のGHG排出削減数値目標は「2030年にGHG排出量を2013年比で26%削減(1990年比で18%削減)」である。これに対しては、以下のような批判が可能である。  第1は、基準年に対するものである。基準年を2013年としたことは、国際社会に対しては「無知」あるいは「狡猾」という印象を与えたように思われる。なぜなら、ほぼすべての研究機関や政府は、各国目標の公平性や野心度を評価する際には1990年比に換算して判断するからである。そのため、基準年の違いは実質的には意味がない。この背景には、「交渉の背景に疎い日本国民に数字を大きく見せたい」という日本政府の意図があると国際社会には印象づけたと考えられる。
 第2は、GHG排出削減量に対するものである。この数値だと日本政府がすでに閣議決定して国際公約とした「2050年80%削減」の達成は極めて難しい。前述のように、CATは日本の温暖化対策目標を「不十分」と評価した。同様の低い評価を受けた、ロシア、カナダ、オーストラリアは化石燃料輸出国であり、政権のトップは温暖化の科学に対してしばしば懐疑的な発言を繰り返すような人たちである。それらの国々と日本は同じレベルということになる。
 なお、日本政府は、自らの数値目標が「公平で野心的なもの」と約束草案の中で主張している。しかし、その際には原単位、限界削減費用、セクター効率などを指標として用いている。しかし、前述のように、これらの指標は公平性の指標ではなくて効率性の指標である。また、排出削減費用は、使用する経済モデルの種類や想定によって大きく計算結果が異なる。被害の不公平性(脆弱な途上国がより大きな被害を受ける)なども考慮していない。したがって、日本政府の議論が国際社会に対して持つ説得力は限定的だと思われる。

最後に

 国際社会が2度目標達成を実現するためには、各国政府、NGO、研究機関が、独自あるいは協力して各国から提出されるGHG排出削減数値目標の評価体制を構築することが大きなポイントの一つとなる。そして実際に研究機関による評価がすでに実施されていて、EU、米国、中国などは中程度、日本、ロシア、カナダなどは不十分とされている。ただし、現状のレジームでは、そのような評価をどう認識するかは基本的に各国に任せられる。したがって、そのような「外部評価」をプレッシャーとして真剣に考慮する国もあれば無視する国もあるだろう。ただし、もし無視するのであれば、少なくとも「環境立国」というフレーズやキャッチ・コピーを国内外に対して使うことには慎重であるべきだと考える。

グローバルネット:2015年10月号より

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