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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第14回 よい建物を永く使う〜脱スクラップ&ビルドへの提言

  • 2005年3月10日

このコンテンツは、「グローバルネット」から転載して情報をお送りしています。

特集 永く使えるよい建物を考える唐〜広がる外断熱 よい建物を永く使う〜脱〜スクラップ&ビルドへの提言 ノンフィクション作家 山岡淳一郎さん

歴史的分水嶺に立つ住宅政策

 日本では、鉄筋コンクリートのマンションが「築36〜37年」、木造住宅にいたっては「築26年」で壊され、再建されている。わずか30年で「スクラップ&ビルド」が行われてきた最大の原因は、「地価上昇」に頼りきった住宅供給政策にある。戦後、急激な都市化を背景に「土地こそ資産」の価値観が全国に浸透した。「建物はオマケ」とばかり短期間に壊して再建。地価を上げて「フロー(流れ=一定期間に経済組織のなかを流れる商品やサービスの量)」を重視する「花見酒の経済」に酔った。

 フローの落とし穴は、建物の解体や廃棄物処理、モデルルームの維持、宣伝、役人の天下りの費用などを一緒くたに「建設費」としてプラス指標とみなす点にある。

 開発者は土地代に間接経費を上乗せして分譲。当然、高価になる。その結果、親、子、孫、3世代が30年ごとに新居を購入し、年収の6〜10倍ものローンをカタツムリの殻のように背負うことになった。

 住宅の売買もクルマや家電製品と同じ発想だ。「短サイクル・高価格住宅」は、土地を極度に商品化し、フローに偏った日本経済の「にがい果実」そのものである。

 一方、欧米の住宅サイクル年数は、英国「141年」、米国「103年」、フランス「86年」、ドイツ「79年」と報告されている。約1世紀の間、住宅が「ストック(国富=時間を計る単位〈年・月など〉が変化してもその大きさが変わらない経済量)」として機能している。

 住宅の購入費は、土地代が日本の数分の一に抑えられているので年収の3倍以内に収まる。住宅地価が安いのは、低い人口密度のせいばかりではない。大都市でも、都市計画によって住宅地、商業地、工業地などの「用途地域」が長期的にコントロールされ、地価競争が抑えられているからだ。静かな住宅地であるはずの「第一種低層住居専用地域」のすぐそばに「容積率緩和」で次々と高層マンションを建て、地価を総体的に引き上げてきた日本とは雲泥の差だ。

 ヨーロッパでは3世代が、低いコストで質の高い住宅を維持する。だから長期のバカンスがとれるような経済が循環している。

 では、私たちは、これからも顔をしかめて「にがい果実」を食べなければならないのだろうか……。

 現実的には、バブル崩壊後、下落した地価が再び急上昇するとは考えられない。少子高齢化で世帯数が減るなかで、企業用地や工場跡地が大量供給され、住宅地は「供給過剰」が続く。都心が一時的に需要を吸い上げて地価を上げても、郊外は低迷。消費行動は都心と郊外を振り子のように揺れる。「住宅使い捨て」の経済的前提は消し飛んだ。

 加えて大量生産、大量消費、大量廃棄をくり返す人工系の都市経営が限界に達している。都市の人工系と生態系の折り合いをどうつけるかが世界共通のテーマになった。多大な環境負荷が伴うスクラップ&ビルドは、この潮流に逆行する。日本は否応なく「脱スクラップ&ビルド」の歴史的分水嶺に立たされているといえるだろう。

膨大な老朽マンションの行方

 私は、拙著『あなたのマンションが廃墟になる日』(草思社)で、分水嶺の表象として「マンション建て替え問題」に焦点を当てた。

 全国で430万戸、1,000万人以上の分譲マンション居住者のうち約半数がマンションを「終の棲家にしたい」と願っている現在、27万戸が「築30年」のサイクル圏内に入った。6〜7年後に、それは100万戸に増える。国は「マンション建て替え円滑化法」を成立させ、老朽化しつつあるこれらを「スクラップ&ビルド」する方向へと舵を切った。

 しかし、現実はどうか。経済的前提が崩れているなかで建て替えを強行すれば激しい摩擦が生じる。

 千葉県の団地では、バブル期に容積率を上げて建て替えるプランが浮上した。だが、地価が暴落し、再建費の「住民負担」が不可避となるにつれ、「合意形成」が暗礁にのりあげる。コミュニティは長きにわたって、建て替え問題で揺れた。住民総会で建て替え決議が否決されるが、その過程で住民たちは想像を絶する苦難に直面した。誰もが、たかだか築20数年で建て替え問題に向かい合おうとは考えてもいなかったのである。

 取材を進めながら、私は「区分所有権と民主主義の接点とは何か」と何度も自問した。

 兵庫県では、阪神淡路大震災後、100棟以上のマンションが建て替えられている。6,400人もの方々が亡くなった震災から、神戸は雄々しく復興したと伝えられる。だが、六甲山のふもとにあるマンションは、被害状況の認識を巡って住民間の意見調整がつかず、建て替えか、補修かでコミュニティが割れた。対立は裁判に持ち込まれ、最高裁は建て替え決議を認めたが、建て替えの事業資金がショートし、無人となったマンションは朽ちるまま放置されている。国は建て替えには「公費解体」制度を設けるなど積極的に取り組んだが、補修に対する施策は消極的だった。

 千葉と神戸、胸が押しつぶされそうな「現場」を歩いて痛感した。歳月を経た建物を壊すのではなく、修繕、改造して永く使うノウハウが一般にほとんど知られていない。もっと建物再生の情報が共有されるべきだ、と。

 住宅をフローからストックへ転換するには、質が高く、耐久性に優れた新築物件を供給する一方で、既存住宅の長寿命化を図らねばならない。二つはクルマの両輪のようなものだが、本来的な意味での建物再生が日本では軽んじられている。その「解」を求めてヨーロッパに渡った。

建物再生のカギを握る「外断熱」

 スウェーデン・ストックホルム市とイエーテボリ市で築30年以上の団地やアパートの再生例を目の当たりにした。1930年代の「機能主義」、60年代の「100万戸住宅政策」、それぞれの建設時期によって再生手法は異なるが、すべてに共通するのが「外断熱」だった。

 古い建物をロックウールやグラスウールの厚い断熱材ですっぽりくるむ。その上からレンガ模様の外装材などをとりつける。建物を断熱材で包むので、室温が外気温の影響を受けにくく、省エネルギー性に富み、快適な温度、湿度環境が保たれる。コンクリート躯体が、太陽の熱や風雨に直接さらされないので長持ちする。

 と、関係者たちは異口同音に外断熱の効果を口にした。

 ドイツでも外断熱は建物再生の「標準仕様」だった。発泡スチレン系断熱材を使うケースが多かったが、施工の原理は変わらない。ハンブルクの港湾地区では、築70年の巨大な穀物サイロをオフィスビルに「用途転換」している場に行き合わせた。現場監督は、外断熱を採用した理由をこう話してくれた。「サイロの円筒形の表情を残したかったので、当初、外壁のコンクリートには手をつけず、建物の内側から断熱しようと考えました。すると建築物理コンサルタントが飛んできて、そんなことをしたら結露・カビで室内がとんでもないことになる、瑕疵責任を問われてゼロから工事のやり直しだぞ、と忠告された。それで外断熱施工のサンプルを集めて、最適なものを選んで施工したのです」。

 日本では普及していない外断熱が、ヨーロッパでは常識となっている。なんという違い……。

 「よい建物を永く使う」

 ストックホルム市の職員は、なぜ住宅を壊さず、再生するのかと問うと「スクラップ&ビルドは、社会的コストが結局、高くなるから」と明瞭な答えを返してきた。

 住宅を「生命、財産を守る器」へと原点回帰させる動きが日本でもようやく始まった。成否のカギは、大胆な政策転換と外断熱のような技術情報の開示が握っている。

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