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このコンテンツは、地球・人間環境フォーラム発行の「グローバルネット」と提携して情報をお送りしています。

第117回 ネオニコチノイド系農薬はなぜ問題なのか

  • 2013年10月10日

ネオニコチノイド系農薬はなぜ問題なのか

 高い殺虫効果をもつ「優れた農薬」か、それともミツバチを殺し、子供たちの脳を蝕む「悪魔の農薬」か−ネオニコチノイド系(以下、ネオニコ系)農薬をめぐって世界で論争が続いている。

 ネオニコ系農薬とは、猛毒のニコチンと化学構造が似た最新の殺虫剤のことだ。国内では7種類が認可(登録)され、販売されている。表に、性質が似ているフィプロニルを加えた8種類の農薬と、有機リン系農薬・フェニトロチオンおよびニコチンの数値を示した。

表:ネオニコチノイド系農薬とフィプロニル
有効成分名 主な商品名 製造企業 国内出荷量 ミツバチへの毒性 雄ラットへの毒性 毒劇指定 ADI
アセタミプリド モスピラン 日本曹達 51.4 7.07 217 劇物 0.071
イミダクロプリド  アドマイヤー バイエル 69.2 0.0179 440 劇物 0.057
クロチアニジン ダントツ 住友化学 60.1 0.0218 >5,000  なし 0.097
ジノテフラン スタークル 三井化学 162.0 0.075 2,804 なし 0.22
チアクロプリド バリアード バイエル 19.2 14.6 836 劇物 0.012
チアメトキサム アクラタ シンジェンタ 37.7 0.0299 1,563 なし 0.018
ニテンピラム ベストガード 住友化学 7.6 0.138 1,680 なし 0.53
フィプロニル プリンス BASF 44.2 0.004 92 劇物 0.0002
フェニトロチオン スミチオン 住友化学 564.7 950 なし 0.005
ニコチン 50 毒物
注 ▽国内出荷量は2010年、t ▽ミツバチへの毒性は急性経皮試験による半数致死量(一匹あたりμg)
▽雄ラットへの毒性は急性経口試験による半数致死量(体重1kgあたりmg)
▽毒劇指定は毒物および劇物取締法による指定で、毒物は大人が誤飲した場合、2g以下でも死亡し、劇物は2〜20gで死亡する程度の毒性
▽ADIは食品安全委員会が設定した一日摂取許容量(mg=体重1kg・1日あたり)

 農薬は「原体(有効成分)」を使いやすい「製剤」に加工して販売されるが、製剤ごとに商品名がついているので紛らわしい。同じ成分がゴキブリ駆除剤やシロアリ防除剤などとしても使われているが、ネオニコ系とは知らずに使っている人が少なくない。

その特徴と毒性の強さ

 ネオニコ系殺虫剤の特徴は、害虫に対して少量で高い殺虫効果を示す神経毒であり、効果が長期間続く残効性に優れており、水に溶けやすく殺虫成分が根や種子などから作物全体に移行する浸透性を持つという三つだ。

 この殺虫剤は農業生産者にとって使い勝手がよい。農薬の散布回数が少なくて済むし、見かけ上の「減農薬」も簡単に達成できる。イネの苗を育てる「育苗箱」に使え、環境への負荷も小さいように見える。農林水産省は積極的に推奨していた。

 ネオニコ系農薬は1990年代に登場し、世界中で使われるようになった。欧州連合(EU)では、フェニトロチオンをはじめとする有機リン系農薬の多くが(ヒトや水生生物への毒性が強いために)使用禁止になったのに取って替わり、殺虫剤としては最大のシェアを占めるまでになっている。

 日本でも2000年代に入って出荷量が急増し、2007年に400tを超えた。その後はほぼ横ばいで2010年は407t。もっとも、殺虫剤の種類別で出荷量が最大なのは有機リン系の2,743tで、ネオニコ系の4倍近い量が使用された。カーバメイト系の426tが次ぎ、ネオニコ系は3番目だ(反農薬東京グループのまとめ)。有機リン系が今なお大量に使用されている日本は、EUより一周遅れているといえる。

 ネオニコ系農薬についてメーカーは「人畜、魚介および環境に対して安全性の高い薬剤である」と説明している。原体を十分に希釈して使うのが普通であること、単位面積あたりの投下量が少なくて済むことなどがその理由だ。

 しかし、毒性は相当なものである。表中の「ミツバチへの毒性」を見て欲しい。半数致死量とは実験動物の半数が死んでしまう量のことで、数値が小さければ小さいほど毒性が強い。ネオニコ系殺虫剤は100万分の1g(μg)という微量でミツバチを殺す毒性を持ち、中でもイミダクロプリドとクロチアニジン、チアメトキサムの三つが強力だ。

 ネオニコ系殺虫剤には亜致死性の毒性もある。即死はさせないが、ミツバチの神経系に打撃を与え、帰巣などの行動ができないようにして、群れを崩壊させてしまう。だから、急性毒性が小さくても安全性が高いとはいえない。

 哺乳類への影響は、「雄ラットへの毒性」でみることができる。ラットは1,000分の1g(mg)単位の量で死ぬ。とくにアセタミプリドやイミダクロプリドの毒性はフェニトロチオンより強い。ヒトへの急性毒性を見ると、四つが劇物に指定され、ADIも軒並み小さい。中でもフィプロニルは毒性が桁違いに強い。

 生態系への影響はすでに深刻だ。ネオニコ系農薬が原因と推測されるミツバチの大量死が2003年を皮切りに、毎年各地で発生している。赤トンボが2000年頃を境に激減したのは、フィプロニルやイミダクロプリドがイネの育苗箱に使用されるようになったことが主要な原因だという研究もある。多くの人たちが農村地域で昆虫も鳥類も激減していると証言している。

懸念される子供たちへの影響

 平久美子医師(東京女子医大講師)によれば、ネオニコ系殺虫剤のヒトへの毒性は有機リン系とほぼ同等だ。ネオニコ系はヒトに摂取されると、中枢神経系や自律神経系、骨格筋に関連する多彩な症状を引き起こす。脈の異常、指の震え、発熱、腹痛、頭痛、胸痛などのほか、短期の記憶障害も起きる。胎盤を通過するから、妊婦が摂取すれば胎児が影響を受ける。

 中毒の症例としては、群馬県内で松くい虫防除のために、アセタミプリドが大量散布された直後の周辺住民や、ペットボトルの茶飲料を連日1L近く飲み続けた後、果物を食べて発症した成人女性の例などがある。

 背景にあるのは、農薬の作物への残留基準が欧米に比べて何倍も緩やかなことだ。例えば、イミダクロプリドのホウレンソウの残留基準は15ppmだが、仮に基準値並みのイミダクロプリドを含むホウレンソウを6歳以下の子供が80g食べたとすると、急性中毒を起こす可能性がある量を摂取してしまう。厚生労働省はこんな残留基準を設定しているのだ。

 懸念されているのは、子供の脳神経系に与える影響だ。脳の発達に関する研究が進み、哺乳類が周産期(妊娠中から出産直後まで)に農薬などに被曝すると、記憶能力低下など脳機能に不可逆的な変化が起きることが動物実験で明らかになった。このような作用はDDT、PCB、ニコチン、有機リン系農薬、ピレスロイド系農薬、パラコートなどで確認されており、ネオニコ系もその可能性がある。

 脳神経科学者の黒田洋一郎・元東京都神経科学総合研究所参事研究員は、ネオニコ系農薬が発達障害の原因になっている疑いが濃いという。脳の機能の一部が損なわれて起きる発達障害は、アメリカや日本で急増している。子供は有機リン系殺虫剤に低濃度でも曝露されると、発達障害の一つ「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」になりやすいことを示唆した疫学研究が、2010年にアメリカで発表されている。ネオニコ系も同じ作用を持つと考えられる。

 日本の農薬の安全性審査では、子供の脳の発達に与える影響などは全く調べられていない。疑いが濃くなっているのだから、予防原則に基づいて、毒性の強いネオニコ系や有機リン系の殺虫剤を規制すべきという声が研究者や市民団体から上がっている。また、残留農薬基準を厳しいものに改めるべきだという声も強い。日本の残留基準は農薬使用者の都合を優先して決められているからだ。

 これに対して農林水産省も厚生労働省も取り合おうとしない。日本の安全性審査は現在の科学的知見からみて十分であり、残留農薬基準は平均的な日本人の食生活を想定し、健康に影響がないように設定してあると説明している。

グローバルネット:2013年4月号より

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