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AI、XR、インターネット——最新技術は、アートをどこへ導くか

  • 2025年5月23日
  • Gizmodo Japan

AI、XR、インターネット——最新技術は、アートをどこへ導くか
MUTEK.JP 2024 『ETERNAL Art Space』 Photo: 小野寺しんいち

FUZE 2025年5月16日掲載の記事より転載

AIが作ったアートが美術館に展示される。インスタレーションをVRで体験する。アートがスマホの画面を通じて自宅に出現する。

そんな光景はもう珍しくない。デジタル技術の発展により、アートのあり方が劇的に変わりつつある。

森美術館館長、片岡真実は、テクノロジーを採用した現代アートの展覧会「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」のプレスプレビューで以下のように語った。

近年、さまざまなビエンナーレや審査の場で、テクノロジーを活用した作品を目にする機会が増えています。テクノロジーの普及に伴い、アーティストの制作プロセスや作品のあり方も大きく変化してきました。

これまでは、こうした作品は主にメディアアートの分野で展示されることが一般的でしたが、今では現代アート全体に広がりつつあります。

Image:『マシン・ラブ』

歴史を振り返ると、テクノロジーの発展は常にアートを変えてきた。たとえばカメラの発明によって、絵画の「現実をそのまま記録する手段」としての役割は変化した。「写真にはできない表現」が追求され誕生したのが、印象派やキュビズムといった新しい絵画表現だ。

AI、XR(拡張現実)、インターネットといったテクノロジーの進化は、アートをどこへ導くのか。未来のアートの形を考えてみたい。

アートの最前線で見えた未来

MUTEK.JP 2024 『ETERNAL Art Space』 Photo: 小野寺しんいち

「MUTEK.JP 2024」「NEWVIEW FEST 2024」「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」「令和6年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業 成果発表イベント ENCOUNTERS」など、筆者はここ数ヶ月、新しいアートの可能性を探る催しに立て続けに参加してきた。

それらの体験を通じて、メディアアート(デジタルテクノロジーを活用した芸術作品の総称)が単なるアートジャンルを超え、アートの変革を牽引する存在になりつつあること、そしてその未来には「拡張」と「再帰」という二つの潮流があることを感じている。

「拡張」: 技術革新で広がる、表現の幅

アートが「完成」という概念を超える ビープル《ヒューマン・ワン》2021年〜 展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年、撮影:竹久直樹、画像提供:森美術館

回転する箱の四面に、立体的に映し出された機械的な人間。絶え間なく変化し続けるデジタルの風景を背に、歩き続ける。

「マシン・ラブ」展で最初に来場者を迎えるビープルの『ヒューマン・ワン』は、アート表現のあり方を塗り替えてしまうような作品だ。

NFT作品『エブリデイズ:最初の5000日』が約6900万ドル(約75億円)という記録的な高値で落札され、デジタルアートの価値とNFTの存在を世界に知らしめたアーティストであるビープル。そんなビープルが初めて物質性を持たせた作品として生み出したのが『ヒューマン・ワン』だ。

この作品の革新性は、物理とデジタルが融合し、リアルな空間に展示されながらも、遠隔で更新され、変化し続けている点にある。東京の展覧会会場に設置された作品は、アメリカにあるビープルのスタジオと接続され、展示中もアップデートされる可能性があるという。つまり、『ヒューマン・ワン』には「完成」という概念がなく、時間とともに変化し続けること自体が作品の一部となっているのだ。

これまでアートと時間は切っても切れない関係にあった。 たとえば、パフォーマンスアートのように時間経過自体を作品に組み込む表現はあったが、それはあくまで限られた時間の中で成立するものだった。

『ヒューマン・ワン』は、その枠を超えた。物理的制約を受けないデジタルの特性を活かし、作品が展示されている間も変化し続ける。重要なのは、単に「終わりがない」ことではなく、アートが「完成」と「未完成」の概念すら超え、常に進化し続けるものになったことである。

アートが「空間」を超える Image: NEWVIEW project

『ヒューマン・ワン』が時間とともに変化するアートを提示した一方で、XR技術を用いたアートは、さらに時間と空間の制約を押し広げようとしている。

3次元空間でのクリエイティブ表現を模索するプロジェクト/コミュニティ「NEWVIEW」は、空間コンピューティングを用いた新たなアートの可能性を開拓している。2024年のNEWVIEWプロジェクトの集大成となる「NEWVIEW AWARDS 2024」では、Spatial Computing部門が新設され、Apple Vision Proを通しての作品体験はこれまでのアートとはまったく異なるものだった。

ファイナリスト、ノガミカツキによる作品「自己他殺」は、その象徴的な例だ。

本作で鑑賞者は、自分の顔をしたアバターの首を絞め続ける。日本の自殺率の高さなどの社会問題を背景に、「死の概念に向き合う」というコンセプトで作られた本作は、没入感の高いXRだからこそ、他の表現手法では得られない圧倒的なリアリティを生み出している。

この作品では、鑑賞者自身が作品の一部となる。鑑賞者の行動が作品に影響を与えることで、従来の「見られる側」と「見る側」の境界が曖昧になり、アートと鑑賞者の役割が再定義されている。

空間コンピューティングの発明は、体験濃度を上げただけではない。そうしたアート体験を物理的な展示空間から開放し、どこにいても、そしていつでもアクセスできるものへと進化させた。

私たちは、アートが加速度的に拡張する真っ只中に立っている Megumu Hanayama『RESORACLE ─ Heartbeat Verification System ─』Image: NEWVIEW project

『ヒューマン・ワン』とNEWVIEWの作品は、それぞれ異なるアプローチでありながら、ともにこれから先のアートの方向性を覗かせる。両者は、アートがもはや「静止したオブジェクト」ではなく、時間や空間と共に変化し、鑑賞者が関与することで完成するものへと進化していることを示している。こうした変化は、他の多くのメディアアートにも見られ、デジタル技術が可能にした新しいアートの可能性と言えるだろう。

これら「アートにおける時間・空間・鑑賞者との関係性の変化」は、AI技術の進化によってさらに加速していくと考えられる。 生成AIの発展により、アートの制作プロセスそのものが変わりつつある。AIは無限に作品を生成し続けることができるため、アーティストの創作活動を補助するだけでなく、誰もが簡単にアートを生み出せる時代が訪れようとしている。

これは、アートが「限られた作家が生み出し、特定の場所で鑑賞するもの」から、「誰もが作り、どこでも体験できるもの」へと変化していくこと、つまりアートと人間の関係性自体が変化していくことを予感させる。

これまでも技術の進化がアートを変えてきた。これからは、さらに加速度的に、より多様な方向に、アートの表現方法や体験は拡張していく時代になっていくだろう。

「再帰」: デジタル時代にこそ求められる、リアルの価値

一方でこうした変化は、真逆とも言える現象を引き起こしているのも興味深い。デジタルアートの普及が進むほど、リアルなアート体験の価値が再評価されつつある。これは単なる懐古ではなく、「デジタルでは再現できない体験」への希求とも言えるだろう。

「生身の身体でしか味わえない」の再評価

その代表的な例が、チームラボの成功だ。チームラボの「チームラボプラネッツ」は、単に鑑賞するのではなく、観客自身が生身の身体を動かし、空間に没入することで初めて成立するアートである。

水の中を歩いたり、柔らかな床の上を進んだりすることで、視覚だけでなく触覚やバランス感覚までアート鑑賞のために動員される。

デジタル技術が発展した今だからこそ、生身の身体でしか味わえない感覚が、より貴重なものになっているのだ。

MUTEK.JP 2024 『ETERNAL Art Space』Photo: Shigeo Gomi

また、「MUTEK.JP 2024」の展示のひとつ 『ETERNAL Art Space』も、リアルに体感するからこそ意味のある作品だった。作品自体は、映像である。しかし、3面の巨大なスクリーンとサウンドシステム、ライティングを用い、怒涛の如く映像を展開し、圧倒的な没入体験、そして解像度の高い鑑賞体験を実現していた。

もしこれを、スマートフォンやPCのディスプレイで鑑賞したとしても、同様の体験は得られなかっただろう。

スマホでアートが見られる時代に、展覧会へ足を運ぶ意味

また、デジタルアートが普及していく時代における、展覧会等のリアルイベントの意味も再考したい。森美術館アソシエイト・キュレーターである矢作学は、「マシン・ラブ」のプレスプレビューの中で、以下のように述べている。

モニターひとつで上映できてしまう映像作品もありますが、それだと良さが全く伝わりません。デジタル技術を用いて作られた作品ですが、人々の肉体に訴えかけるためインスタレーションに創意工夫があります。

実際に「マシン・ラブ」の展示では、観客の何倍もの大きさのスクリーンが空間全体を包み込み、身体的な没入感を生み出していた。スマートフォンの小さな画面でデジタル作品を鑑賞するのとは異なり、展示空間のスケール感や演出が、作品の体験価値をより濃厚なものに変えている。

さらに、作品を取り囲むように背景資料が展示されたり、照明や壁紙まで計算された演出が施されていたりした。こうしたキュレーションによって、単なる「作品の集合」ではなく、テーマに沿った一貫したメッセージが生まれる。これは、リアルな展覧会ならではの価値だろう。

大きなスクリーンと空間演出が作品への没入感を高めている。 ヤコブ・クスク・ステンセン《エフェメラル・レイク(一時湖)》2024年 コミッション:ハンブルク美術館(ドイツ)、展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年、撮影:竹久直樹、画像提供:森美術館 デジタルの普及で、フィジカルの価値が深化する

アートは今や、インターネットを通じてどこでもアクセスできる。しかしだからこそ、あえて物理的な空間に足を運び、五感で体験することの価値が高まっている。デジタルとリアルが共存する時代において、フィジカルなアート体験は、単なる「補完」ではなく、デジタルでは代替不可能な独自の価値を持ち始めているのだ。

デジタル技術を活用した表現手法とアウトプットの「拡張」と、デジタルの普及によるフィジカルな体験への「再帰」。

これからのアートは、この二つの方向性を行き来しながら進化していくと考えられる。

アートの本質は、変わらない

Image: NEWVIEW project

ここ数ヶ月、テクノロジーの進化とともに、アートの可能性がますます広がっていくことを実感してきた。同時に、さまざまな作品と出会う中で、どれだけ技術が発展しても、アートの本質的な価値は変わらないことも改めて強く感じている。

デジタルであれフィジカルであれ、私の心を強く惹きつけるアートは、いつも新しい感覚を呼び起こし、考えもしなかった視点を与えてくれるものだ。

技術が進化することで、作品制作のハードルはますます下がっている。「上手さ」や「技巧の高さ」だけでは、アートの価値を語れない時代に入りつつある。そうなったとき、より重要になるのは、「その作品が何を表現し、どんな体験をもたらすのか」ではないだろうか。

現代アートは、世の中の常識を疑い、新しい視点を提示し、そのメッセージ性によって観る人の心を動かしてきた。

アートとは、「創造する」ことそのものではなく、「問いを投げかけ、心を動かすもの」だ。そして、それこそが人間にしか担えない役割であり、その価値はこれからより高まっていくだろう。

これからのアーティストは、これまで以上に「自分は何を表現したいのか?」を問い続ける必要があるだろう。そして鑑賞者もまた、「このアートが自分にとってどんな意味を持つのか?」を積極的に感じ取りにいくことが、なんでも手に入る世界において、心を豊かにする方法なのだと思う。

もしかすると、アートの未来を創るのは、テクノロジーではなく、それを受け止める私たち自身なのかもしれない。

Reference: 「令和6年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業 成果発表イベント ENCOUNTERS」「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」「MUTEK.JP 2024」「NEWVIEW FEST 2024」「チームラボプラネッツ」

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