モデル・俳優をしながら、社会問題や政治、フェミニズムへの関心を持って自らの思いをさまざまなかたちで発信している山本奈衣瑠。インタビューの前編では、これまでを振り返りつつ、俳優を始めて5年目となる現在、どんなことを感じているかを伺った。
山本さんはこの4月から日本を離れ、慣れない環境に身を置いている。俳優として多くの作品に出演し、活躍の場をまさに広げているいま、日本を離れて留学する道を選んだことに驚く人もいるかもしれないが、自分自身を豊かに耕すことが俳優業にもきっと還元されるから自然なことだと話す。
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――映画の仕事はチームプレーでありながらも、各々がそれぞれの場所でかまし合う個人プレーの部分があるというお話が印象的でした。そうした仕事をする中で、自分との向き合い方が変わった部分はありましたか?
あんまりなくて。モデルは気づいたら仕事になっていたという始まり方だったんですけど、俳優に関してはいつから始めたという節目の実感はあるし、仕事としての変化も体感しています。でも、自分自身という意味ではあまり変わっていないですね。
今泉力哉監督の作品も、そのあと出演した作品でも、過去の作品ではなく私自身のことをおもしろがってくれて、それはいままで生きてきた時間全体を肯定されているってことだから、この感じで生きていて間違ってないんだと思えたんです。
私は仕事のために生きていないし、自分のために生きていて、その中にありがたいことに楽しい仕事があって。生きている中で培ったものを表現として出して、うまくいったりいかなかったりしながら楽しんでいるこのスタイルはきっとこの先も変わらないですね。
――本来の自分自身や生活を大切にしながら、自然と動いていく感じがありますよね。
そうですね。私、頭脳タイプではなくて、どちらかというと感覚タイプで。だからそれでいけたんだろうと思うし、いまのところこの戦い方がすごくしっくりきているなと思います。
――はっきりと言語化されているわけではなかったとしても、こっちの方がおもしろそうだなという感覚を育てていらっしゃるように感じます。
何かすごく大きなことに向かって決断していっているというより、先々のことまで決められないんですよね(笑)。だから、高校を卒業したときもニートでした。大きなことは決めないけれど、違うと思ったことは絶対に違うし、いいと思ったら絶対にいい、それしか信じていなくって。その成功体験が身体にあるから、迷いも悩みもないし、人に何かを相談することもほとんどないんです。だって、何かがあったとしても、やると決めたらやるしかないんだから。
――怖いなって思うことは?
怖がることも自分の人生の中であまりないですね、お化け以外は(笑)。自分が思ったことをすごく信じているんですよね。不安に感じたりしても「それはチャレンジしているってことなんだから貴重な経験になるんじゃない? 大丈夫だよ、私、頑張れ! いけー!」って弱い気持もしっかり受け止めてあげるようにしています。
――自分を信じたい気持ちはありながらも、つい本当の気持ちを押し殺して、こっちの道の方が安心できるんじゃないかとか、初めてだから怖いとか思ってしまうこともある気がします。奈衣瑠さんにもできないかもしれないと感じる瞬間はありますか?
自分は何ができなくて、何が苦手なのかをすごく認識してるんです。
例えば、細かいシステムを覚えたり、人が大量にいる流れの中で歩いたりすることができない。電車に乗ることもずっと苦手です。今でも現場に到着して「やっと着いた!」と泣くこともあって、去年は3回泣きました(笑)。大人数の波に乗ることが本当にできなくて、それはできないって認めているんですよ。
人が当たり前にできることができないという自覚があるからこそ、そのぶんできることは頑張ってやろう、楽しんでやろうって思っています。
――できないことに囚われて落ち込むこともあると思うんですけど、悩んだりするよりも、できること、楽しめることを最大限に活かしている感じがありますね。
そう! せっかく生まれたんだから良いことを活かしてやろうと思っています。小さい成功体験がたくさんあることも大きいかも。いい仕事を選べたとか、素敵な部屋に引っ越せたとか、パートナーができたとかそういう大きい成功体験ではなくて、もっと「いま・今日」レベルの小さな成功体験をめちゃめちゃ細かく増やしているんです。
――街中で見つけてiPhoneで撮影した「名のない作品たち」をまとめたZINE(『Untitled Creations.』)もつくられていましたよね。
「やっぱり、ここにいい犬がいた!」とかそういう些細なことをZINEにしたり、誰かに教えたりすることもあるけど、誰にも見せず、シェアせず、自分だけのものにしておくことも多いです。自分でちゃんと得たものだから、すごく大事に守っていて。そういう“ちび”の成功体験を毎日いっぱい得ています。そうしたものを積み重ねていった先に、自分の安心や自信や豊かさがあるんだろうなって思います。
――この4月から、イギリスに語学留学に行かれるそうですね。留学というと大きな決断のようにも感じますが、行こうと思ったきっかけは?
それも、ちびの成功体験の延長に、留学があっただけなんです。オーディションを受けることも一緒。ちびちびの成功体験の先にあるものだから、突然の大きな決断だとは自分の中ではまったく思っていなくて。 希望に満ち溢れた留学っていうより、家で英語の勉強するのだるすぎ、行っちゃおう! みたいな感じから始まって、留学センターに行ったらすぐに行けるのがロンドンだったので決めました。
美術が好きだから、美術館がたくさんあるヨーロッパは楽しいだろうし、道端でおもしろいものも見つかるだろうから散歩も楽しいじゃないですか。「楽しい地面、いっぱい見つけるぞ!」と思っています。
――海外の映画祭にもここ数年行かれていましたね。
ドイツとオーストリアに行きました。でも、仕事のために英語を習得したいっていうわけではなくて。仕事に活かすんだったらどちらかというと韓国語の方がやりたいです。英語は自分のための勉強って感じです。
――家でコツコツ勉強するより、まずは行ってみようとなったんですね。
車の免許を3年前ぐらいに取ったんですけど、本当に大変だったんです。私、何かしながら別のことをするのができないんですよ。音楽を聴きながら駅を歩くこともできないし、仕事しながら勉強することもできないんです。だから教習所に通ってたときは全然うまくいかなくて。免許合宿で缶詰になって朝から晩までずっと車だけに向き合ってやっと受かったんです。ミッション終了! みたいに、やり遂げることで自由が広がるわけじゃないですか。それがすごくおもしろいなと思って。
これまで勉強と言われるものをまったくしてこなかったんですけど、免許合宿を経て「私は一つのことに集中して頑張ったら何かをゲットできる人間なんだ!」って思ったんです(笑)。だから英語の勉強も「これだ! 向き合うしかない!」と思って、すぐに留学を決めました。学生時代はあまりいい学生じゃなかったと思うし、英語の授業も放棄していました。当時の自分のいた環境では、留学とか大学進学なんて考えられなかったから、自分の稼いだお金で今改めて自分を教育することが、大人のお金の使い方としてもいいかなと思って。元を取るくらいガリ勉になろうと思います(笑)。
――俳優の話も留学の話も、実際に飛び込んでみることを大事にしているという意味で共通しているなと思います。
そうですね。自分が感覚を大事にしていることをわかっているから、考えるよりも行った方がいいタイプだなって。
あとは、違う国で生活することに興味があって。日本で生活していて、フェミニズムのことや政治のことなど気になることがいっぱいあるけど、違う国で暮らしている同世代はどういう風に見ているんだろうと思うんです。
韓国に2ヶ月ぐらい仕事で行ったときにおもしろい発見がいっぱいあって。生活するからこそ感じることもあったし、自分が日本人の30歳の女だという自覚も芽生えたんです。日本にいるとなかなか気づけない、いま自分が気づかずに持っているものについて自覚すると、世界の見え方も変わるように思えて。
――実際に身を置くことで感じることがあったんですね。
戦時中に日本がしてきたこと、慰安婦問題や韓国併合のことは知識として知ってはいたけれど、その街に自分が立って耳から韓国語が聞こえてきたとき、動けなくなる感覚があって。ネットで調べていたときの感じ方とは全然違って、身体で理解した感じがあったんです。韓国には好きな人もたくさんいるし、韓国の文化も好きだけど、好きなのであれば過去に何があったのかちゃんと知らないと失礼になるなと思いました。
他の国でも、韓国で経験したようなことがもっとある気がして。だからどこかに身体ごと行って、生活したいって思っています。生活すれば知識以外のことも吸収できるし、いいことが起きるのが確定しているチャレンジじゃないですか。
――たしかに。語学学校ではさまざまな国の人と出会うでしょうし、歴史上あったことも、いま起きている戦争に関しても、それぞれの国の人の言葉を聞くことができそうですね。
聞きたいことがたくさんあります。政治や戦争、フェミニズムのことを自分の言葉で喋りたいし、他の子の言葉を聞きたいな。そのためにも喋るための言葉が欲しいですね。
――俳優として作品にたくさん出ている中で日本を離れることに対して、いいときにもったいない、と思う方もいそうです。
「大丈夫なの?」と言われたこともあるけど、「それはそれ、これはこれ。また頑張ればいいじゃん!」って思っています。これまでのこともオーディションを受けて頑張った結果だから、日本に戻ってきたらまた変わらず頑張るだけ、という感覚ですね。むしろ今後の自分をもっといい自分にするための時間でしかないから、そういう意味でもいまこのタイミングで日本を離れることはあんまり関係ないのかなと思ってます。
――地に足がついた感覚がありますよね。
野良で生きてきたからだと思います。ギャルバイブスがあります、ずっと!
――奈衣瑠さんは自分の人生を大事にされているけど、同時に年下の世代にいい種を渡したいという思いから社会に対する“なんで?”を追求する雑誌『EA magazine』をつくるなど、他の人に思いを渡していく感じがあるのも魅力的だなといつも思います。
自分に対して正しく興味を持つと、その先に欲しかった答えが得られることがあると思うんです。学生時代から、自分や友達が受けたことに対する悔しさとか悲しみに対して、「絶対許さない!」って気持ちがあって。もともとはそんな自分の気持ちを助けるために行っていたことではあるんですが、同じ感情をきっともっとたくさんの人が感じているんじゃないかなと思うんです。だから、私の表現が、若い人たちにとって「なんで?」と思ったり、おかしいと思ったりしたことと向き合うきっかけになってくれればと思います。
――奈衣瑠さん自身のこれからはもちろん、さらに新しい視点を持った奈衣瑠さんをスクリーンを通じて見られるのもいまからとても楽しみです。
うれしいです。自分が自分の研究対象だから、自分を使って何を発生させられるんだろうっておもしろく見ているんですよね。
自分なりのアイディアを周りにしっかり伝えていけば、お互いの考え方の習慣というかアルゴリズムが崩れていく。それをきっかけに、こういうのもアリかも、とか良いズレが起きていって私にも周囲にも今までにない新しいものが生まれてほしいと思っているんです。
》【前篇】「私は私でいいんだ」俳優になって5年。自分を肯定することから始まる山本奈衣瑠の前向きバイブスを読む
山本奈衣瑠(やまもとないる)
1993年生まれ、東京都出身。モデルとしてデビュー。モデルとして活躍しながら自ら編集長を務めるフリーマガジン「EA magazine」を創刊しクリエイターとしても活動。2022年からは俳優としても活躍の幅を広げ、『猫は逃げた』(監督:今泉力哉)で映画初主演に抜擢。「SUPER HAPPY FOREVER」の芝居が評価され、第38回高崎映画祭では最優秀助演俳優賞を受賞、さらには第79回毎日映画コンクールのスポニチグランプリ新人賞にノミネートと映画界の注目を集める。
文=竹中万季
写真=佐藤 亘