単に恐ろしいのではなく、どこか触れてはいけない禍々しさが漂う……そんな怪談を2016年から生配信サービス「TwitCasting」で語り続けているのが、怪談チャンネル「禍話(まがばなし)」です。北九州で書店員をしている語り手のかぁなっきさんと、その後輩であり聞き手役の映画ライター・加藤よしきさんの口から語られる怪談たちは、「禍話」という名に恥じぬものばかり。
今回はそんな禍話から、とある小学生が幼少期のスポーツ合宿で目撃した“窓の外の人影”にまつわるお話をご紹介――。
今から約25年前の夏。当時小学校5年生だったMさんは、所属していた卓球部で初めて少年自然の家に合宿に行くことになりました。
今でこそ“少年自然の家”という響きに耳馴染みのない人も多いかもしれませんが、昭和の終わり頃から平成の初期頃は、アウトドア活動が比較的ブームになっていたこともあり、青少年が自然の中で宿泊しながら体験活動を行うこうした施設が多かったのです。
6年生との合同ということで当初は緊張していましたが、同じ卓球部に所属していた仲の良いクラスメイトと雑談をしているうちに、そんな緊張もほぐれていったそうです。
引率する先生やコーチたちのやかましい注意を受けながら電車やバスに揺られて合宿先の施設に着くと、遠くに海が見える山中に建物があったこともあり、ちょっとしたリゾート気分になっていたと言います。
日程は3泊4日ほど。3階建てのホテルとも学校の校舎ともつかない白塗りの建物は、中に入ってみると想像よりも少し古びて汚れていましたが、それでも皆大盛り上がりでした。
バスから降り、1階の日焼けした絵画やソファが並ぶレトロなロビーでワイワイと30人ほどがたむろしていると、先生の号令で管理人だという柔和な笑顔の50代くらいのおじさんが紹介され、皆大きな声で彼に挨拶しました。
「はい、皆よろしくね〜。分からないことあったら聞いて欲しいけど、そのときは一人ずつ頼むね〜。元気すぎて誰が質問したのか分からないことがあるからね〜」
「『一人ずつ頼むね〜』」
「おい、やめろって……」
「うはは!」
早速クラスメイトたちにその口癖を茶化され始めていた管理人さん。ほかに施設で働いているおばさんたちが数人いるようでしたが、管理人さんだけがやたらと笑顔、もっと言うと浮かれているようにも見える態度が気になりました。
「じゃあ、さっき配った部屋割りのプリント見ろー。その組分けで右から並べー。並んだら荷物持って部屋行くぞー」
「お、Mと同じ部屋じゃん! あとはKとYもいる!」
「お前、今見たのかよ」
旅の熱狂もひとまず収まり、Mさんは気心の知れたNくんを含むメンバーと共に、6人で2階の部屋に通されました。その後は体育着に着替えると、大きな体育館で卓球の練習に勤しんだそうです。
時間はあっという間に過ぎ、外はすぐに暗くなりました。
皆で騒ぎながらお風呂に入り、見た目やクオリティは普通なのに、やたらと美味く感じる天ぷらや唐揚げをむさぼるように平らげ、待望の自由時間がやってきました。
家のベッドよりも重たく冷たい肌触りの布団に潜り込むと、嗅ぎ慣れないけど心地よい匂いがしたそうです。
「で、先生が『サーブのときはちゃんと体でボール追え』って言ってて——」
「IのやつずっとRのこと目で追っていたよな。絶対好きだぜ、あれ」
「マジで!?」
楽しみにしていた自由時間。けれど、Mさんのその日の体力は底をつきかけていました。
「なあ、トランプやろうぜ」
「ん〜……俺はいいや……」
妙に騒ぐ友だちの声が心地よかったのと、日中の疲れがドッと来てしまったことが重なって、気がつくとMさんは深い眠りに落ちていました。
「おはよー、全然眠れなかったよ」
「あたしも……ねっむ」
「おっし、今日はスマッシュ祭りだな」
「お前はそれよりフォアドライブの練習しとけ」
部員たちの声で賑わう翌朝。すっきりと目が覚めたMさんは歯磨きと朝食を済ませると、意気揚々と体育館に向かいました。
「おはようM!」
「うん、おはよう。めっちゃ、元気じゃん、Y」
「そうかぁ〜?」
その日コンビを組んだYくんは、あまりトークの中心になる性格ではなかったそうですが、合宿の空気に当てられたのかいつにも増して笑顔でした。
数時間の練習を経てお昼休憩が近づいてきた頃、Mさんはあることに気がつきました。
NくんやKくんら同室のメンバーが妙に静かというか、昨日までの熱気が嘘のように口数が少ないのです。そして、それとは引き換えにYくんがこれまで見たこともないほどに元気いっぱいなのも引っかかり始めました。
「楽しいな、合宿って! あの部屋分けになって良かった!」
そんな勘ぐりが伝わったのか、午前の練習が終わり、お昼が始まる前の小休憩で皆がざわついていたタイミングで、NくんやKくんら同室のメンバーが腕を引っ張ってこう言ってきたのです。
「お前、昨日のあれ見てないの?」
「……何の話?」
「やっぱり見てないんだ……」
「だから何の話だって?」
「Yだよ。あいつ、昨日の夜、窓に向かってずっと話しかけていたんだぞ」
(後篇に続く)
文=むくろ幽介