英国で美味しいものを見つけるのは難しいといった言説は、はるか彼方。スターシェフがしのぎを削り、美食家たちの熱い視線を集めるロンドンダイニング事情。
ロンドンの食の進化は目覚ましい。その歩みは間違いなく海外からもたらされた食とともにある。最初にやってきたのがフランス料理の波。これが土着の料理と融合し、英国的な食の礎を築いた。次にイタリアやインド。近年はトルコなど中東やスペイン、地中海諸国、そして北欧、アジア、南米、カリブ、アフリカと続く。
「移民の力がロンドンの食を変えた」とよく言われるが、実際は海外文化への受容性が高いロンドンだからこそ起こった変化だとも言える。考えてもみてほしい。移民が来たからといってパリやローマでロンドンのように大規模な食の融合が起こっただろうか? 否。ロンドンだからこそ、内外双方向に力が働いたのだ。
だからこの街ではモダンな折衷料理が日々生み出されている。例えばフレンチへのオマージュ「ブルックランズ」、南米との融合「ダ・テッラ」、インド料理の進化形「ビビ」、アフリカの新星「チシュル」など。いずれも欧州との親和性を保ちつつ進化した、シェフありきの注目店ばかりだ。肩肘張らず、少しずつ楽しめるテイスティング・メニューが、良い。
バッキンガム宮殿、ハイド・パークに臨むザ・ペニンシュラロンドンのメインダイニングとして誕生した「ブルックランズ」では、シェフディレクターのクロード・ボシ氏のモダン・ブリティッシュ料理が楽しめる。
特別な体験はレストランへのアプローチから始まる。英国のレーシングスポーツと航空技術の発祥の地にある由緒あるレーストラックが店名の由来。そのため専用エントランスには貴重なレーシングカーが、そして気球をイメージしたエレベーターで天空のレストランへ……。
ロンドンのスカイラインを望む広々としたレストランで供されるのは、最高級の英国食材と伝統的フランス料理の技法で新たな表現へと昇華された、まさにモダンな“英国料理”だ。
世界観を共有する同フロアのバーにもぜひ。
Brooklands by Claude Bosi(ブルックランズ・バイ・クロード・ボシ)
所在地 1 Grosvenor Place, London SW1X 7HJ
電話番号 020 8138 6888
営業時間 火・水曜18:00〜21:30、木〜土曜12:00〜13:30、18:00〜21:30
定休日 日・月曜
●要予約
テイスティング・メニューは£205〜
https://www.brooklandslondon.com/
Francesco Dibenedetto
フランチェスコ・ディベネデットさん
ブルックランズを率いるイタリア人シェフ。クロード・ボシ氏と10年ともに歩んだ信頼厚き料理長は、クロード氏とともに作った革新的メニューで、開業から数カ月で2ツ星を獲得。
百戦錬磨のフーディーをも新鮮な気持ちにさせる力のある店は、ロンドンでも数えるほどしか存在しない。
イタリアにルーツを持つブラジル出身のシェフ、ラファエル・カガーリ氏率いる2ツ星の「ダ・テッラ」は、口に入れるものどれもが“これまでにない”繊細な味覚を呼び起こす、そんな稀有なレストランの一つだ。
故郷ブラジルのワイルドな自然食材を駆使しつつ、調理手法はモダン欧州の最先端技術に根ざす。
想像もつかない上品さに震える骨髄のスプレッドから、香り高い再構築ムケッカ(ブラジル風魚介のシチュー)、グアバのジェルと合わせる洗練のチーズ・フラン、大地が創造する自然の甘さだけを堪能するスウィーツまで、それは天才の仕業。欧州でブラジルの鼓動を聴こう。
Da Terra(ダ・テッラ)
所在地 8 Patriot Square, London E2 9NF
電話番号 020 7062 2052
営業時間 水・木曜18:30〜20:00、金・土曜12:00〜13:00、18:30〜20:00
定休日 日〜火曜
●要予約
コースのみ £245(ランチタイムには£180のコースも提供)
https://www.daterra.co.uk/
Rafael Cagali
ラファエル・カガーリさん
ブラジル生まれ。欧州、英国の2ツ星、3ツ星レストランで研鑽を積み、2019年にパートナーのチャーリー・リー氏とともにダ・テッラをオープン。2021年から2ツ星。
何事も“極める”。いつ何時も“好き”だけを追求するインドがルーツのシェフ、チェット・シャルマ氏の「BiBi」は、モダン・インディアンという枠組みに限定されない究極の食ラボだ。
オックスフォード大学で物理学の博士号を取得した英才であり、食に関しても膨大な種類のスパイスと伝統種の作物の研究を重ねる真のオタク。学生時代からジャンルを超えた星付きレストランの厨房に出入りし、その舌と技を磨いた。
2021年に満を持して立ち上げたBiBiは、翌年の英国ベスト・レストラン賞を矢継ぎ早に受賞。17世紀に遡る古いレシピから15の材料をブレンドしたプロバイオティック飲料まで、シェフの知識と情熱はもう自由奔放に赴くまま。
ただ一つ言えるのは、その味覚が決してブレないことだ。
BiBi(ビビ)
所在地 42 North Audley St., London W1K 6ZP
電話番号 なし
営業時間 月〜木曜18:00〜21:00、金・土曜12:00〜15:00、18:00〜21:00
定休日 日曜
●要予約
ランチ3品コース£55、5品コース£85、ディナーのテイスティング・メニュー £125/£175
https://www.bibirestaurants.com/
Chet Sharma
チェット・シャルマさん
インド系イギリス人。科学と物理の修士・博士号を取得後、料理の世界へ。世界的なシェフの下で学び、レストラン事業者「JKSグループ」とともにBiBiを創業。
シェフのジョケ氏は、英国で初めて、世界でも2人目のミシュランの星を獲得した黒人女性で、いま、ロンドンのみならず世界の美食家が注目するシェフのひとりだ。
アフリカの伝統的食材やスパイスを使い、モダンに表現された西アフリカ料理は個性的なのに、どこか懐かしい。
独学で料理を始めたジョケ氏は、屋台そしてサパークラブで人気を博し、ブリクストン・ヴィレッジで開催された3カ月間のレストラン営業権をかけたコンテストで優勝。それにより2020年9月、ポップアップとしてオープンした「Chishuru」は評価を確実なものとし常設店へと発展したという。
その後現在の場所へ移転、自身のルーツである西アフリカの味を伝えたいという思いが昼夜を問わぬ人気店として結実している。
Chishuru(チシュル)
所在地 3 Great Titchfield St., London W1W 8AX
電話番号 なし
営業時間 12:00〜14:00、17:30〜21:30
定休日 土・日曜
●要予約
テイスティング・メニューのみ。ランチは£45、ディナーは£95
https://www.chishuru.com/
Joké Bakare
ジョケ・バカレさん
ナイジェリア出身。2024年フィナンシャル・タイムズ誌の「もっとも影響力のある女性」のひとりに選出。また同年、英国の「シェフ・オブ・ザ・イヤー」にも選出されている。
文=江國まゆ 、CREATraveller編集部
写真=小野祐次、志水 隆
取材協力=英国政府観光庁