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猫が人間に変身して料理する!? 『シマシマ』『アンダーズ』の作者が “猫も料理も避けたかった”理由

  • 2024年5月25日
  • CREA WEB

 猫のミケが人間に変身し、飼い主のために料理を作る。料理漫画『にゃーの恩返し』(文藝春秋)では、猫の飼い主・アヤとシュウの恋模様を中心に、ミケが作ったおいしそうな料理がいくつも登場します。

 作者の山崎紗也夏さんに、連載作品として初めて料理漫画に挑戦した理由や料理のレシピなどについてお話を伺いました。


『にゃーの恩返し』(文藝春秋)。

苦手な「猫」と「料理」漫画にあえて挑戦した理由


『にゃーの恩返し』作者の山崎紗也夏さん。

――『にゃーの恩返し』を考えたきっかけを教えてください。

山崎 もともと「猫」と「料理」の題材は避けたいと思っていたんですけど、編集部との打ち合わせで候補にのぼったんです。それでいろいろ考えて、「描きやすい漫画ばかりを描いていても成長しないし、チャレンジしてみよう」と決めました。

――これまではなぜ避けてきたんですか?

山崎 私より猫をうまく描ける人はたくさんいますから、自信がなかったんです。編集部は私が保護猫を飼い始めたから「猫」という題材を上げてきたわけですけど、被写体がそばにいるからといって、うまく描けるわけではないですから。

 料理に関しては、前に読み切り漫画で題材にしたことがあったんです。それで恋愛漫画を描くより工程が必要なことがわかりました。例えば、漫画に登場する調理風景は、作画用にすべて撮影してから描くんです。包丁を握る手はどこから撮影するのが絵として映えるのかを考える。そういう資料作りで半日くらいかかります。それから、どの写真が漫画で合うかネームを描きながら決めていくんです。


チクワキュウリを作るシーンの資料用写真を撮影する山崎さん。(写真提供:山崎紗也夏さん)

――漫画にする前の工程で、かなり時間がかかるんですね。

山崎 そうなんです。調理風景の資料撮影は、人に頼むと自分が「こう撮りたい」と思った絵にはなかなかならないから難しいんです。料理を作りながら三脚を使って撮影。また手を洗って調理して撮影を繰り返しています。

「次作はもっとこうしたい!」が原動力に

――連載が始まって1年ほど経ちましたが、「猫」と「料理」への苦手意識は払しょくされましたか?

山崎 まだまだですね。「恋愛漫画だったらもっと早く描けるのに」と思う瞬間があります。

 でも、これまでにも苦手な題材にチャレンジした作品はあったんですよ。『シマシマ』(講談社)では、もともとイケメンが描けなかったけど、なんとかイケてる男の子たちを描くことに挑戦しましたし、『サイレーン』(同)では警察ものに興味がなかったけど一から勉強していきました。


『シマシマ』(講談社、全12巻)。

 どの作品も私の中では「完璧」と思うレベルに到達したことはなくて、「次の作品ではもっとうまく描こう」と思うんです。ある意味、その思いが原動力となって次の作品につながっているのかもしれませんね。

おすすめレシピは「卵スープ」

――『にゃーの恩返し』に出てくる料理はどれもおいしそうですけど、レシピはどうやって考えているんですか?

山崎 料理監修を務める料理人のみやがわ丈二さんにレシピを考案いただいてます。購入する食材によって誤差が生じるので、必ず私も作って、「思ったより肉が硬い」「しょっぱい」と感じたらすり合わせていきますね。

 今作は若者向けで、登場人物は看護師や不動産会社で働くキャラクター。どちらも体を使う仕事なので、私が普段食べる料理よりは少し濃い味付けになっています。

――漫画に出てくる料理で、山崎さんの生活に定着したレシピはありますか?

山崎 第2話に出てくる「卵スープ」は簡単にたんぱく質が取れるから私もよく作りますよ。


『にゃーの恩返し』第2話より。

 読者から好評だったのは第1話の「トリナスポン酢」ですね。カットした鶏ムネ肉とナスを塩コショウと片栗粉をまぶして炒め、みりんとポン酢で味付けするレシピです。登場した料理で一番作りやすくておいしいので、私も感動しました。

 漫画に登場するレシピはどれも30分以内で簡単に作れるので、忙しい人でも挑戦しやすい料理だと思います。


『にゃーの恩返し』第1話より。

今作は、生活を丁寧に描くことを意識

――『にゃーの恩返し』を描くときに、意識していることはありますか?

山崎 『にゃーの恩返し』では生活を丁寧に描こうと決めているんです。これまでの漫画と比べると、小物をきちんと描いていますね。そうすることでキャラクターの生活が立ち上がってくるんです。


『にゃーの恩返し』第1話より。

 例えば第1話だったらアヤとシュウの買い物袋の中身とか、洗濯物の山、玄関に置かれた段ボール。それにアヤがウインナーのゆで汁をインスタントみそ汁に入れたり、どこかでもらったケチャップを使ったり。

 私の姪が第1話を読んだ時にそういう描写を喜んでくれたので、「そういう部分を楽しむ人がいるんだな」とわかりました。それで「じゃあもっと頑張ろうかな」と思えたんですよね。雑な性格のアヤを丁寧に描くイメージで進めています。

――アヤは冷えた牛丼をマヨネーズと卵で炒めて「牛丼炒飯」を作るなど、面白い発想の持ち主ですよね。彼氏との結婚にも積極的ではないし。


『にゃーの恩返し』第4話より。

山崎 アヤは少し田舎で看護師として働く自立した女性なんです。彼氏と別れても生活に困らないから本人は結婚もあまり意識していなくて、人生の重きをそこに置いていないんです。

――山崎さん自身がアヤに共感する部分はありますか?

山崎 あまりないですね。私の性格は雑ですけど、生活は雑ではないんです。読者の皆さんには、彼女の今後の選択を楽しみにしていてほしいです。

食べるシーンがこんなに難しいとは


山崎紗也夏さん。

――前作『アンダーズ〈里奈の物語〉』(文藝春秋、原作/鈴木大介)は少女売春が題材でした。今作とはかなり作風が異なりますが、共通点や相違点はありますか?

山崎 『アンダーズ〈里奈の物語〉』は「まだ10代が描けるか」というチャレンジでもありました。そういう意味では、『にゃーの恩返し』も20代のカップルが登場するので、「若いキャラクターを描く」という点では共通しているかもしれません。

 でも中身はかなり違って、『アンダーズ』はシビアなストーリー展開だった分、『にゃーの恩返し』は明るい雰囲気なので描いている時の気分は異なりますね。

 猫のミケって人間に変身するとずっと笑顔のままなので、描いているとやっぱり気分が明るくなります。でも私は笑顔を描くのが苦手で、「ムッ」としている顔の方が描きやすいんですよ。こんなに笑顔のままのキャラクターって、これまでに描いたことがなかったなと改めて感じています。同じ表情にならないようにいろんなパターンを考えていますね。


『にゃーの恩返し』第4話より。

 あとは、嬉しそうに食べるのも難しいです。健康的に美味しく食べてほしいから、頬張る様子がもっと読者に伝わるように描きたいですね。食べるシーンがこんなに難しいとは……! 今作で身に沁みてわかりました。

山崎紗也夏(やまざき・さやか)

1974年栃木県生まれ。1993年「ヤングマガジン増刊ダッシュ」の『群青』でデビュー。代表作にドラマ化した『シマシマ』(講談社)、『サイレーン』(同)、『レンアイ漫画家』(同)のほか、『アンダーズ』(文藝春秋、原作/鈴木大介)などがある。

文=ゆきどっぐ
撮影=深野未季

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