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コーヒーで旅する日本/四国編|コーヒー片手に過ごす時間に惹かれて。「cafe/shop MINATOHE」に現れる、今ここにしかない憩いの風景

  • 2024年3月20日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第16回は、徳島県小松島市の「cafe/shop MINATOHE(ミナトへ)」。屋号の響きも印象的な店の中で目を引くのは、細長いU字形のカウンター。店主の井上さんの柔和な笑顔と声が、思い思いに過ごすお客の間を取り持つ、肩肘張らない雰囲気は、開店前に続けてきたテントでのコーヒーの移動販売が原点。時々に変わる、憩いの時間と風景を、新たに構えたこの店でも体現している。「コーヒーに出合ってから、味わいよりも、そこに付随する時間に惹かれた」という井上さんが求める、ささやかだけどかけがえないひと時の価値とは。

Profile|井上嵩規(いのうえ・たかのり)
1995年(平成7年)、徳島県生まれ。鳥取の大学に在学中、それまで飲めなかったコーヒーの醍醐味を知り、県内のコーヒー店を巡るうち、店で過ごす時間に興味を向けるようになる。大学卒業後、2年の会社勤めを経て、2020年、テントでのコーヒーの移動販売をスタート。約1年半、徳島県内各地で出店を続けてファンを広げ、2021年、小松島市に実店舗として「cafe/shop MINATOHE」をオープン。現在もイベントなどで、移動販売の出店を続けている。

■一杯のコーヒーと共に過ごす時間に惹かれて
徳島市の南隣にある港町・小松島市。徳島の海の玄関口としてにぎわった町は、港の移転と共に、海辺に点在する古い旅館やスナックに往時の面影がわずかに残るばかり。2021年にオープンした「cafe/shop MINATOHE」は、かつて多くの人が集まったであろう、小松島駅跡のほど近くにある。ガラス張りの店の真ん中には、特徴的なU字形のスタンディングカウンター。店主の井上さんが、にこやかにお客と声をかわしつつ行き来し、イタリアのバールにも似た親密感を醸し出す。「立ったままさっと飲む人もいれば、夜はテーブル席で談笑するお客さんもある。長居する場ではないが、ちょっとひとときを過ごす、日常の中の港のイメージですね」という通り、カウンターでは軽やかにお客が入れ替わっていく。

井上さんが、一杯のコーヒーと共に過ごす時間の価値に気付いたのは、学生時代を過ごした鳥取でのこと。当時、アルバイトしていたカフェレストランのオーナーに憧れ、当地の店を巡る中で出合った喫茶店がきっかけだ。「それまでコーヒーは飲めなかったんですが、ちゃんと目の前で丁寧に淹れてもらった一杯に感動して。それからは自分でもコーヒーを淹れるようになったんです」。以来、鳥取各地のコーヒー店に足を運び、中でもよく通ったのが、“湖畔へ”という印象的な名を持つ一軒だった。「湖に近いわけではなかったんですが(笑)、築50年の洋館を静かな湖畔のロッジに見立てた空間は、独特の世界観がありました。ここは私語厳禁で、お客も1人、もしくは会話いらずの2人組に絞って、徹底して静けさを作りだしていました。いわば“時間”にフォーカスする店で、コーヒーの味わいよりも、そこに付随する時間に惹かれたんです」と振り返る。井上さんにとって、主客が一体となって築く一つの時間、限りある時間をより豊かなものにする体験こそが、この店の原点にある。

■一期一会の憩いの風景を楽しむ移動販売の醍醐味
大学卒業後は、2年ほど会社に勤めたが、「やはり、本当に自分がやりたいことをしたい」と、一念発起。「思い切って始めないと、甘えてしまうと思って」と仕事を辞し、2020年から「一杯の珈琲-A Cup Of Coffee-」と銘打って、コーヒーの移動販売をスタートした。といっても、ドームテントに抽出器具一式を持ち込んだ、店というには簡素なもの。お客は淹れたコーヒーを手に、テントの周りで飲むという、一風変わったスタイルだ。「自然や街の中でコーヒーを楽しむという、その場でしか立ち上がらない風景、一期一会の時間を求めて、徳島県内の海沿い、山沿い、森の中まで、あらゆるところにテントを張りましたね」

当初は、SNSで場所を告知して出店。週3回は、拠点となる3つのポイントで営業を重ねた。金曜は市街の朝の通勤路。土曜は山間部の道の駅、日曜は鳴門の海沿いと、それぞれロケーションの異なる場所を選んだ。「金曜や土曜は多くの人が通る場所で、最初は見ているだけだった人も、やがて“毎週コーヒーを淹れてる人”、として覚えてもらって、徐々に定着していきました。ただ、日曜に行く海沿いは、ロケーションは抜群なんですが、人はほとんどいなくて(笑)。金・土に来てくれたお客さんに、日曜も来てもらうように呼びかけていました」と振り返る。そうして、地道に声掛けをしていたお客のなかにいたのが、地元のテレビ制作会社の関係者。これがきっかけで、番組で取り上げられたことで、一気に地元で知られることとなった。

■主客一体で作り出す、ささやかだけどかけがえない時間
およそ1年半、あちこちにテントを担いで回った井上さん。2021年、屋号も新たに「cafe/shop MINATOHE」としてオープンした実店舗は、界隈の話題を集めた。とはいえ、メニューは今も、テント時代そのまま。「淀みない風味とクリアな余韻、これなら毎日でも飲めるという確信を持った」というコーヒーは、鳥取で出合った燕珈琲のブレンド一本。「1人で切り盛りするので、いろいろ豆の種類を置いても新鮮なうちに出せないので」と潔い。

カウンターに入っての接客は、野外とはまた感覚も異なるが、「この間に茶道に興味を持つようになって、抽出の動きや立ち居振る舞いの所作にも神経を払うようになりました。このカウンターは、自分にとってステージのような感覚ですね」と井上さん。茶道になぞらえれば、今までは野点で供していたが、現在は茶室を構えたようなもの。もてなしの形にも、その場に合わせて磨きをかけている。

「テントの周りで憩うという形が、今はカウンターの周りで憩うという形でリンクしています」という、この店の一体感を演出しているのが、細長いU字形のカウンター。どこにいても程よい距離感で、バラバラにお客が集っても、対面で互いに顔が見える。その視線の間をカウンターの井上さんが取り持っているようにも見える。「その時々の空気、時間や風景は一人では築けない。いろんな人が関わってこそ変化が起きる。コーヒーのおいしさも、それに付随する場所、過ごす人によっても変わってきますから、ここだからこそ過ごせる時間を味わってほしい」。そのための手軽さと質の高さを追求したのが、この店の形なのだ。

「外で淹れている方が、誰が来るかわからないというおもしろさはありました。テントの移動販売は今でもやっていて、イベント出店などで参加しています」と、店と外の2本立てのスタイルを続ける。10月で2周年を迎え、「看板のブレンドも、みんなの味として馴染んできた感があります。ここに根付いて、長く続けていけるよう工夫したい」と気持ちも新たにする。テントを担いで、一見、何もないところに作りだした憩いの風景は、この店の日常とつながっている。何気ない時間に見出す楽しみに、ふと気づかせてくれる一軒だ。

■井上さんレコメンドのコーヒーショップは「terzo tempo」
次回、紹介するのは、高知市の「terzo tempo」。
「常連さんの紹介で初めて訪ねたときから、いっぺんに気に入って。今も度々通っている素敵なお店です。古民家を改装した空間は、独特の雰囲気がありながら居心地がよくて、言葉で表せない不思議な感覚になります。あの場所に身を置くためだけに、高知まで行きたくなるんです。気さくな店主・佐野さんが淹れるコーヒーや、名物のかき氷が人気ですが、何より、ほかにない空間にこそ価値がある一軒です」(井上さん)

【cafe/shop MINATOHEのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(燕珈琲)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/中深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド1種、100グラム750円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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