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コーヒーで旅する日本/四国編|尽きぬ熱意と好奇心で変化を続ける先駆者。「TOKUSHIMA COFFEE WORKS」が地元の厚い支持を得る理由

  • 2024年1月10日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第11回は、徳島市の「TOKUSHIMA COFFEE WORKS」。1981年に創業して以来、徳島の自家焙煎コーヒー店のパイオニアとして、長年、地元に親しまれる一軒だ。店主の小原さんは、料理人からロースターに転身して以来、独学で焙煎に試行錯誤を重ね、今も変化を厭わず、学ぶ姿勢を失わない熱意と好奇心の持ち主。スペシャルティコーヒーの登場以降は、多彩な豆の提案でコーヒーの楽しみを広げる傍ら、コーヒー教室や各所でのレクチャーにも注力している。年々、変化のスピードを増すコーヒーシーンにあって、「好みは人それぞれに違うから、いろんなコーヒーがあっていい」という小原さんが伝えたい、尽きることないコーヒーの魅力とは。

Profile|小原博(おはら・ひろし)
1954(昭和29)年、徳島市生まれ。東京の大学を卒業後、レストランなどでの修業を経て徳島に戻り、1978年にビストロ「ディラン」をオープン。コーヒーも自ら手掛けるべく独学で自家焙煎を始める。1981年に店を移転し、自家焙煎コーヒー店「でっち亭」へとリニューアル。コーヒーを中心とした喫茶営業にシフトし、1990年に「珈琲美学」(現在の山城店)を出店。本格的にロースターとしての地歩を固め、日本スペシャルティコーヒー協会の立ち上げにも参画。2010年から「TOKUSHIMA COFFEE WORKS」と店名を改め、現在、徳島県内に3店を展開する。

■料理人からロースターへ、試行錯誤の道のり
「コーヒーは正解がないから、キリがない。いまだに何かと試行錯誤をしているから。今まで失敗も多かったけど、何でもやってみて考える、がモット―」そう言って、3台の焙煎機に向き合う店主の小原さんは、コーヒーに携わること40年を超える大ベテラン。1981年に、初めて喫茶店・でっち亭を開業し、後に珈琲美学と名を変えて以降、徳島の自家焙煎コーヒー店の顏的存在として地元の厚い支持を得てきた。前回登場した、とよとみ珈琲の店主・豊富さんをはじめ、徳島のコーヒー好きなら、多くがその名を挙げる老舗だ。

そもそもは、料理人として地元で独立した小原さん。東京の大学を卒業後、修業を経て、最初に開いた店・ディランは、ビストロ的なレストランだった。当時、アラカルトを主体にすべて手作りにこだわった料理を提供していたが、食後のコーヒーだけは仕入れるよりほかなく、味に納得できなかったという小原さん。自ら焙煎機を購入し、自宅で独自に焙煎を始めたのが、ロースターとしての原点だ。まったくのゼロからスタートし、失敗を繰り返した末、ようやく納得できるコーヒーになったことで心機一転、自家焙煎の喫茶店・でっち亭を新たに開業。とはいえ、ここからがコーヒーとの長い付き合いの、本当の始まりだった。

当時はとにかくコーヒーに関する情報が少ない時代。本を読むか、直接聞きに行くしかなかった。例えば、ある本で“豆の焙煎を、何も考えずにやると味が出ない。意思を持って焼かないと出ない”、というような一節があって、これってどういう意味?といちいち悩んでいました」と振り返る。自ら全国各地の自家焙煎店も訪ね歩き、東京の老舗カフェ・バッハをはじめ、多くの先達から教えを請う機会を作っていった。

■新たな発見を重ねて広がったコーヒーの楽しみ
ちょうど、開店当時は自家焙煎コーヒー店の最初のブームにあたり、深煎りが主流になっていたこともあって、小原さんの焙煎も深煎りが原点。「でっち亭時代は、深煎り一辺倒。当時は、コーヒー会社も支社ごとに土地柄に合わせた豆を焙煎していて、徳島では極深煎りのコーヒーが広まった時期もありました」。それでも、自分が使う豆はプレミアムやグルメと呼ばれる最上級の豆を吟味してきた。まだスペシャルティコーヒーの存在もほとんど知られていない90年代、より質のいい豆を仕入れようと、同業者と共に中米やブラジルから共同仕入れを行ったこともあったという。

その中でも、ブラジル・シモサカ農園のブルボン種を初めて飲んだ時には大きな衝撃を受けたという。「今まで飲んだのと違う、後味が良くて、すっきりと甘味が残って。コーヒーに品種があることも知らなかった頃でしたが、その業者の人がブラジルに行ってみませんか?と誘ってくれて、初めて産地にも行った。今思えば、当時は新しい発見、ワクワクすることがいっぱいあった」と振り返る。以来、南米10ヵ国をはじめ、産地の訪問はのべ数十回を数える。やがて、スペシャルティコーヒーの登場により、豆のカッピングスコアも明確になり、日本でもSCAJが設立されて以降は、一気に品質が向上、風味の個性の幅も広がった。小原さんもSCAJの抽出委員会の立ち上げに参画し、啓蒙普及にあたり、日本のコーヒーシーンにあった競技会として、ハンドドリップチャンピオンシップの開催に尽力した。

いまや店頭に並ぶ豆はブレンドだけで7、8種。さらにシングルオリジンも同じ銘柄の焙煎度違い、プロセス違いもあり、さらにオーガニック栽培の豆も5種とバラエティに富む。喫茶で提供するコーヒーも、当初はネルの一杯立てにこだわったが、「多い時は1日800杯くらいになり、追いつかなくなって」と、現在はペーパードリップも併用。深煎りはネル、浅~中煎りはペーパーと豆の種類に合わせた抽出で、個性を引き出す。さらにメニューには、徳島藩最後の藩主・蜂須賀茂韶を称えた殿様コーヒー、徳島の名産・和三盆を使ったラテなど、地元オリジナルのアレンジも好評だ。また、姉妹店のスイーツワークス エクレールで作る多彩なケーキのほか、軽食メニューも充実。中でも一番人気のスパイスピラフは、小原さんがディラン時代に考案したレシピを継承する、名物の一品だ。さらに、ピザは本格的な窯焼きで提供するなど、随所に料理人としてのこだわりも垣間見える。

■尽きぬ熱意と好奇心、謙虚に学ぶ姿勢は衰え知らず
「誰よりも、おいしいと言われるものを出したい」との思いと探求心は、コーヒーの世界へ進んだ今も、小原さんの原点にある。とはいえ、「コーヒー専門店だからといって、コーヒーのことばかり考えていてもいけない。お客さんはいろんなシーンで飲むから、コーヒーを選ぶ間口を広げないと」と小原さん。多種多様な豆の品揃えも、長年、コーヒーシーンを見続けてきたからこその視点がある。「例えば、昭和の世代は酸味を敬遠する傾向にあるし、若い人は逆に酸味のあるコーヒーが当り前になっている。それぞれに違うから、いろんなコーヒーがあっていいと思います。珍しいもの、新しいものなど、ある一部のコーヒーだけが注目されるのは、少し寂しいものがあります。だから、ここでコーヒーの幅広さを知ってもらうきっかけ作りにも、地道に取り組んでいます」。小原さんは、焙煎所のあるラボで抽出、焙煎、カッピングなどの教室を開くほか、高校や専門学校でもコーヒーの出張講義を行っている。「お客さんの知識としては、素材のことを知るのが大事。なぜ焙煎や産地がいろいろ種類があるのか、というところから、実技も織り交ぜて教室で伝えています」

徳島におけるコーヒーのオーソリティとして、精力的に活動する小原さんだが、そうした交流を通して、誰よりも本人が学ぶ意欲に満ちている。「焙煎一つとっても、最初は深煎りばかりだったのが、SCAJに関わったことでどんどん変化していって、でも、いつまでたっても、コーヒーは分からない部分がいっぱいある。そんな中で、独自に突き詰めていく人があちこちにいて、逆に自分が教えてもらうことも多い。お客さんの中に焙煎を毎週見に来られる方がいまして。ついにはご自身で焙煎機を買って日々実験されているんですが、その方の話はもう情報の山みたいなものですね」。謙虚に学ぶ姿勢と好奇心は今も衰え知らず。コロナ禍が落ち着いた今年は、またコロンビアの産地を訪れる予定だという。

小原さんの元から独立するスタッフも数多いが、「最近は店の形態が広がって、自家焙煎も身近になってきました。美容室に併設したり、あえて僻地に出店したり、皆さん楽しんでいるなと感じる。それは私たちにとっても楽しいこと」と目を細める。2010年に思わぬ形で屋号が変わったが、それもまた心機一転の機会と捉える小原さん。近年は喫茶から豆の販売に注力し、コロナ禍でさえも転機と捕える。「コロナ以降、夜の来店が減って昼に集中するようになったので、山城店でも空いた時間にコーヒー教室をしてはどうかと考えています。マンツーマンでやる方が響きますし。また、ノベルティなどに使えるドリップバッグも自社製作もできるようにしたので、例えば、会社帰りにグループでコーヒー教室をして、オリジナルのドリップバッグを作るとかもできる」。この尽きぬ熱意と実践力こそ、長年、厚い支持を得る所以だ。

■小原さんレコメンドのコーヒーショップは「豆ちよ焙煎所」
次回、紹介するのは、徳島県西部、神山町の「豆ちよ焙煎所」。
「店主の千代田さんは、以前は関東にいて、東日本大震災を機に神山町に移住。手回しの器具で焙煎を始めたのを機に、コーヒーの知識や技術を知りたいとうちを訪ねて来られたのが縁で、生豆の仕入れや焙煎機の導入にもご協力しました。東ティモールの農園で収穫体験にも行かれていて、とにかく勉強熱心。田舎の古民家を改装した店は、新しいコーヒー店のスタイルとして、これからの展開が楽しみな一軒です」(小原さん)

【TOKUSHIMA COFFEE WORKSのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット5キロ・22キロ(半熱風式)・20キロ(完全熱風式)、フジローヤル10キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(メリタ、ゴールドフィルター)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(615円~)
●豆の販売/ブレンド約8種、シングルオリジン約20種、200グラム1150円~


取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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