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コーヒーで旅する日本/九州編|夢を追いかけ、サラリーマンから焙煎士へ。真摯にお客と向き合ってきた「木家珈琲倶楽部」の20余年

  • 2023年12月25日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第86回は熊本県宇城市にある「木家珈琲倶楽部」。店があるのは宇城市役所や文化施設「ウイングまつばせ」のそばではあるものの、住宅地の一角と決して目立つ立地ではない。市全体の人口が現在5万6000人程度と決して都会ではない宇城市・松橋町に店を開いたのは2002年(平成14年)。商売をするうえでは決して有利とは言えない立地だったと思われるが、2023年に開業21周年を迎えたのは、多くの常連に愛されてきたから。この年月が意味するのは、「木家珈琲倶楽部」が地域に暮らす人々の生活にしっかりと根付き、日々飲みたいコーヒーを焙煎する店として愛されてきたということ。

かつて勤めていた企業では支社を任される重職まで上り詰めたが、それでもコーヒーを生業に生きていきたいと脱サラに踏み切ったマスター・井上隆一さん。井上さん夫妻が「木家珈琲倶楽部」を営んできたこの20余年のこと、そして地域に愛される理由を探る。

Profile|井上隆一(いのうえ・りゅういち)さん
熊本県・菊池市出身。福岡の大学を卒業後、東京の企業に就職。サラリーマンが性に合わないと、新宿にあった24時間営業の喫茶店でバイトを始める。これがコーヒーのおもしろさに開眼するきっかとなる。両親からの説得もあり、九州に戻り、再びサラリーマンとして働き始める。鹿児島に本社がある企業に勤め、福岡支社にて数年働く。その時代に小型焙煎機を購入し、趣味で焙煎を始める。4、5年趣味で焙煎をしていく中で、本気でコーヒーの自家焙煎店を開きたいと考え始め、奥さんの史枝(ふみえ)さんを説得。もともと会社員時代にマイホームを購入した宇城市に戻り、2002年(平成14年)、「木家珈琲倶楽部」を開業。

■ユニークな独断“裏”テイスティングも参考に
「木家珈琲倶楽部」という屋号通り、店はログハウス調の造り。店主の井上さんはかねてより「コーヒーの店を開くならログハウスで」という思いを強く持っており、その夢を叶えた形だ。冒頭でも述べたが、初めて店を訪れるにあたりカーナビ頼りに車を走らせていて、「本当にここに?」と少し不安になるような普通の住宅街に店はある。店を開業したころは新興住宅地だったため、家の軒数はもっと少なかったそうだが、今では戸建て住宅が軒を並べる。

店の目の前にある駐車場に車を停めて店に入ると、ふわりと漂うコーヒーのいい香り。喫茶利用もでき、注文ごとにハンドドリップでコーヒーを淹れてくれる。豆の種類はストレート、ブレンド合わせておよそ45種と多彩で、喫茶ではすべての豆から好みでセレクトOK。

豆によって価格は変わり、定番のブレンドは1杯380円というから良心的な価格だ。豆売りは100グラム620円から用意し、どの豆も500グラム、1キログラムと購入量が増えるほどに100グラムあたりの単価が安くなる仕組み。

ユニークなのが、「マスターの独断”裏“テイスティング」と題し、それぞれの豆に「キャッチコピーで例えると」「オススメのコーヒータイム」「飲んでいそうな有名人」が書いてあること。例えば飲んでいそうな有名人のところに、渋めの俳優、硬派なロックスター、著名なスポーツ選手などの名前が書かれていると、なんとなく味の想像ができてしまうから楽しい。初めて店を利用し、豆選びに悩んだら「独断”裏“テイスティング」を参考にしてみるのもおすすめだ。
■直火式による超蒸らし焙煎法
「木家珈琲倶楽部」では創業時から直火式の焙煎機を使用している。井上さんは「この焙煎機は山口市にある『花あそび』さんから譲ってもらったもの。もともと趣味で焙煎していた際も直火式の小型焙煎機を使っていたことから、直火式を探していたとき、人づてに『花あそび』さんを紹介いただきました。『花あそび』店主の佐々木さんがわざわざ店まで焙煎機を運んできてくれて、設置までしてくださって。本当に助かりました」と開業当時を振り返る。

井上さんの焙煎知識、技術の向上はほぼ独学。いちコーヒーラバーとして純粋においしいか、香り高いか、甘味・酸味・苦味のバランスは取れているかを自身に問いかけながら、焙煎の知識を蓄え、技術を磨いてきた。「もちろん今も正解は見つかっていませんよ」と口にするが、「それでも」と前置きをして、こんなことを話してくれた。

「私は『超蒸らし焙煎法』と呼んでいる、ある程度自身のセオリーに沿ったやり方をベースにしています。文字通り、豆を釜の中で蒸らすイメージで焙煎する方法で、生豆に含まれている水分を抜く際、どのぐらいの速度で抜くかを重視したやり方になります。火力の強弱、排気量などを豆の種類によって微調整し、水分はしっかり抜けているのだけど、香りや個性は残すというのが私が理想とする焙煎。どの豆もその点を最も注意しながら日々焙煎と向き合っています」。言葉通り、直火式で焼いた深煎りのコーヒーでも焼き味はほどよく、しっかり豆の個性が引き立っている印象。井上さんの焙煎技術、丁寧な仕事ぶりを感じられるはずだ。

■常連の数だけ豆の種類も増えて
もともと開業した際は12、13種ほどだった豆は今や45種ほどと4倍近く増えている。これはスポットや限定で出していた豆が好きという常連がいたため、なくすことができなくなってしまったことが理由だそう。これは「木家珈琲倶楽部」が一人ひとりの客と真摯に向き合い、できる限り喜んでもらおうという思いの表れだ。

住宅街でひっそりと、ただ着実にファンを増やしながら歩んできた「木家珈琲倶楽部」のこの20年。わざわざ足を運んでくれた客を思うそんな姿勢は、どんな業種の店を営むにしても必須だと感じた。

■井上さんレコメンドのコーヒーショップは「花あそび」
「山口県・山口市と防府市にある『花あそび』さんは、私が店を開く際に焙煎機を譲ってくれたお店。創業者の佐々木さんは熊本出身ということもあり、大変親切にしていただきました。今はご主人はお亡くなりになりましたが、奥さんが山口市で、息子さんが防府市で自家焙煎店を営まれています。佐々木さんには生前、何度か当店に足を運んでいただき、お会いする度にたくさんの刺激をいただきましたね」(井上さん)

【木家珈琲倶楽部のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル直火式5キロ
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム620円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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