
山に生きる忍びの世界。おにぎりを食べるのも山越えの道案内も、命がけながらそれが愉快な日常で――。
pixivマンガ月例賞(2023年5月投稿分)で優秀賞に選ばれた宿屋飯盛(@mesimori_gaa)さんの創作漫画「忍者とおにぎりと山」は、どこか不思議な忍びの日々を描いたファンタジー作品。物の怪や呪いのある世界をたくましく生きる忍びの姿に、読者からは「キャラと展開がクセになる」「続きが気になります」と反響を呼ぶシリーズだ。
SNSや同人誌でオリジナル作品を発表する作者の宿屋飯盛さん。今回、ユーモラスな忍びの日常を描く同作が生まれたきっかけや漫画制作への思いを取材した。
■昼食が台無しになっても高笑い!興味を惹かれる忍びの日々
「忍者とおにぎりと山」は、2023年2月からpixiv上にて発表されているシリーズ。頭巾を被った名もなき忍びを主人公に、その仕事や生活の一端を垣間見るように描かれる。
第1話では、山に行く際の忍びの昼食について語られる。三角形や俵型ではなく、丸い形のおにぎりが山では都合がいいと言う忍びは、弁当を食べるのを楽しみに山道を進んでいた。
だがそこに、「おいてけ」と山に巣食う化け物の群れが現れる。おにぎりを奪おうとする物の怪相手に、忍びは「お断りいたす!!」と一喝。襲いかかる物の怪や這い出る木の根に阻まれながらも窮地をしのいだ忍びだったが、先ほどまでの大立ち回りで弁当箱のおにぎりはぐちゃぐちゃに。
踏んだり蹴ったりと思いそうなところだが、忍びは「諸行無常だな!」と大笑いで楽しむのだった。
■「忍者を好きになってもらえたら」長年温めた忍者像を漫画で形に
常に命がけの生き方ながら、何事にも動じることない忍びの日常をゆるやかな雰囲気で楽しめる同シリーズ。宿屋さんは、これまで忍者や日本文化を研究しながら作品の構想を温めていたという。
――「忍者とおにぎりと山」を描いたきっかけを教えてください。
「ひとことで言うと、機が熟したからです。忍者のオリジナル漫画をずっと描きたいと思っていて、山の忍びのキャラクターと設定を温めながら、中世日本の文化や忍者の本などを読み学んでいました。そしてある時、画力、知識、体力が漫画を描ける段階に達したと感じて描き始めました」
――当初からシリーズで描こうという思いがあったのでしょうか?
「かけだしのハードルを下げるため、『自分の中の忍者像を、私は紙に描けるのか?』という挑戦のつもりでした。なので、第一話の段階では、一話完結型で、同じキャラでいくつか話を描こう、という想定でした」
――魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する、想像力がかきたてられる世界観が魅力的です。舞台や物語はどんなところから膨らませていきましたか?
「舞台については、忍者が知恵や身体力を思い切り発揮できるのはどこだろうと考え、山がよさそうだと思いました。山は昔から異界とされていて、畏怖と信仰の対象になっていましたし、昔よく家族と山歩きをしていたこともあり、描きやすそうだなと。
ストーリーのアイデアは、現実に存在した問題や出来事を本などで調べ、この山ではどんなスケールになるか考えました。第1話の場合は『山での生活は、野山の獣が畑を荒らすので朝も夜も警戒しなくてはならなかった』、第2話は『人間も山の生態系のサイクルの中で生活していた』……、といったことからスタートしています。アイデアを得たら、関連しそうな書籍を図書館からどっさり借りて検証し、ストーリーやキャラクターデザインの実現性や現実感を調整しました。本にはいつも助けられています」
――ユーモラスでたくましい印象の忍びですが、問題と対峙したときにはシリアスな面も垣間見せます。キャラクターを描く上ではどんなことを意識していますか?
「忍者は二面性のある存在なので、人を驚かせるような振る舞いで表現することはよくあります。しかし、ただクレイジーなのではなく、思考し目的がある上で行動しているのだと読者にわかってもらえるか、描写の塩梅はいつも考えます。
また、顔を隠しているので、目だけでどれだけ感情と意志の変化を表現できるかは試行錯誤しています。もちろん『感情が読めない』というのも忍びのテクニックなので、ここはわからなくてよし!という場合もあります」
――作品を描く上で特にこだわっているポイントがあれば教えてください。
「各話ごとにダイナミックシーンを少なくともひとつ入れるようにしています。具体的には、会話だけの話にならないように、場所を変えたり、走ったり戦ったりしてもらうように心がけています。忍者が魅力的に見える瞬間のひとつは、『普通の人だと思っていたら、突然野生動物のような鋭い言動をする』ところだと思うので、そういうドキッとする瞬間をできるだけ見せたいです」
――最新話では少年の呪いのために奔走する忍びの姿が描かれ、続きが気になる作品です。本作のこれからや、漫画制作の展望についてお聞かせください。
「忍びたちはさまざまな出会いや出来事に臨機応変に対応していくことになると思いますが、読者のみなさんがそれを見届けて、忍者を好きになってもらえたらうれしいです。話数が溜まったら、同人誌の形で夢の分厚い単行本が作れたらなと思っています。また、別の漫画の構想も何本かあるので、冷めないうちにどこかで隙をついて描きたいです」
取材協力:宿屋飯盛(@mesimori_gaa)