
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化でも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
四国編の第2回は、愛媛県今治市の「Barrel Coffee&Roasters」。店主の高橋さんは、学生時代を過ごした松山で、バリスタという職業の存在を知り、カフェでのアルバイトを経て、卒業後にそのまま開業。Cafe Cremaの児嶋さんらと共に、松山のコーヒーシーンの活気を盛り上げてきた一人だ。地元の今治に移転後は自家焙煎にも着手し、それまで今治では馴染みがなかった、本格的なエスプレッソやスペシャルティコーヒーの魅力を伝えてきた先駆者でもある。松山時代から一貫して、さまざまなコーヒーの個性を知るきっかけ作りに注力してきた高橋さん。未知の味わいとの出会いの入口となる“コーヒーゲート”として、街に定着しつつある。
Profile|髙橋裕司 (たかはし・ゆうじ)
1986年(昭和61年)、愛媛県今治市生まれ。松山で学生時代を過ごし、老舗の純喫茶やカフェでのアルバイトをきっかけにバリスタの道へ。大学卒業後の2010年、松山で「Café Barrel」をオープン。約2年の営業を経て、2012年、地元今治に移転し、「Barrel Coffee&Roasters」としてリニューアルし、自家焙煎をスタート。2011年から、UCCコーヒーマスターズの競技会にも出場を続け、2016年にはエスプレッソ部門全国大会で優勝。
■学生時代に訪れた、コーヒーシーンの大きな変化
今治市街を貫く国道を、少し外れた住宅街の一角。細い路地をたどった先に現れたのは、年季の入った巨大な倉庫。無骨な建物は、案内の看板がなければ、よもや店とは思うまじ。「ここは元々、家業で使っていた倉庫で、オープン当初はフォークリフトのタイヤ痕も残ってました」と笑顔を見せる店主の高橋さん。縦横に鉄骨が渡された開放的な店内は、ショップというよりファクトリーと呼びたくなる空間だ。開業以来、それまで今治になかったエスプレッソを主体としたコーヒーの魅力を伝えてきた草分け的な存在だが、ここへ至る道のりは、高橋さんが学生時代を過ごした松山から始まった。
そもそもは、バーテンダーに憧れを持っていたという高橋さん。ただ、自身はお酒は強くないということもあり、アルバイト先に選んだのが喫茶店だった。松山・大街道の純喫茶・フライングスコッツマンを経て、当時、人気だったカフェ・ナチュレへ。まだ松山にもシアトル系カフェはほとんどなかった頃、ナチュレではいち早くセミオートのエスプレッソマシンを置き、シアトルの名店・ビバーチェの豆を使用。ここで本格的なエスプレッソやバリスタの仕事にふれたことが、コーヒーの世界へ進む入口になった。
さらに、ナチュレの豆の仕入れ先が、東京のマキネスティに変わったことが、大きな転機になったという高橋さん。「このときに、コーヒーの甘さを初めて意識するようになりました。その頃から、今でこそよく言われるようになりましたが、当時、評判の店を方々訪ねた中でも、島根のカフェロッソやカフェヴィータのエスプレッソに、濃厚だけど甘い余韻の印象を感じて、コーヒーの味の捉え方が変わったように思います。
また、この頃は個性的なシングルオリジンも出始め、中でも注目を集めていたエチオピア・イルガチェフェのフレーバー、アロマは強烈なインパクトがありました」と振り返る。スペシャルティコーヒーの登場に呼応して、松山では、前回登場したCafe Cremaやmiima espresso&coffeeといった気鋭店が新風を吹き込み、街のコーヒーシーンにも変化の兆しが現れ始めていた。Cremaの児嶋さん、miimaの三間さんらとの交流を深めた高橋さんは、大学卒業後、半年ほど経った2010年、松山で「Café Barrel」をオープン。自らもコーヒーの新たなムーブメントに加わった。
最終的には地元今治で店を構えたいという思いもあり、松山での営業は約2年だったが、この間にもSCAJの展示会に足を運ぶなど、最新のコーヒー事情を体感。さらに、先輩バリスタの三間さんの勧めもあり、2011年からUCCコーヒーマスターズ競技会にも出場し、バリスタのスキルに磨きをかけた。「当時は競技会でも、今ほど原料にフォーカスすることがなく、エスプレッソの本場イタリアのバールマンとしての技術がベースにありました。カウンターでの仕事にフォーカスして、純粋に現場の技術を競う競技会は、いろんな人に自分の仕事を評価してもらえる貴重な機会。三間さんには、“チャンピオンになるまで出続けよう”と発破をかけられました(笑)」。そう本人は茶化すが、実際に2016年、全国大会のエスプレッソ部門で見事優勝。研鑽の成果を実際に結果で示したのは、不断の努力の賜物だ。
■多彩な豆の個性に親しめる、街の“コーヒーゲート”
2012年、今治に移転し、「Barrel Coffee&Roasters」と店名も改め心機一転、自家焙煎にも着手した高橋さん。バリスタとしては着実に経験を積んできたが、焙煎に関しては、またゼロからのスタート。「店に焙煎機を置いてから始めて、いきなり本番だったので、最初はちょと怖かったですね。知人からプロファイルのデータももらってはいましたが、実際にできるものは全然違って。舌だけが頼りだったので、だんだん味の基準が分からなくなって、開店前は疑心暗鬼気味でした」と、しばらくは試行錯誤の日々が続いた。
それでも、豆を焼くようになってから、コーヒーとの向き合い方も変わってきたという。「その頃は浅煎りが主流になっていましたが、浅煎り、深煎り、どちらにもいいところはあるし、それぞれのおいしさがあると気付いたんです。いい意味で、自分の中にあった偏見が溶けていったように感じました」という高橋さん。さらに、その目を開かせたのが、SCAJでの、ある体験だ。「北欧のバリスタチャンピオン、ティム・ウェンデルボーのコーヒーを飲む機会があったんですが、自分にはとても酸が強いと感じたんです。ただ、そのティムが、日本で塩ラーメンを食べた時にお湯を足していたという話を聞いて、根本的な味覚の違いがあることに思い至りました。以前から海外にはよく行っていて、各国の食文化が違うことは実感していたので、当然、国によってコーヒーの嗜好も違って当り前だと。そこから、味作りにより客観的に向き合えるようになりました」
まだ、スペシャルティコーヒーになじみの薄い今治の土地柄も考え、自店では、まずコーヒーを飲む機会を作ることに注力。松山時代から一貫して目指しているのは、街の“コーヒーゲート”と呼べる存在だ。「お客さんが、いろんなコーヒーに親しむ入口になることがコンセプト」と、豆の焙煎度は、極端な浅・深煎りを置かず、中庸の範囲で幅を持たせたバリエーションを展開。日替わりで、アナエロビックなど最新のプロセスを用いた個性的な銘柄を提案している。
「種類は多いですが、誰もが親しみやすいオーセンティックな味を一つは作るようにしています。特にブレンドは、すべての配合にインドネシアの豆を入れているのが特徴。今はクリーンな味わいが評価されますが、逆に後味がすっきりしすぎて物足りないという声もあって、心地よい飲み応えを感じられるように考えた配合です」と高橋さん。お客本位の姿勢は豆の販売にもうかがえる。「いきなり専門用語を並べても伝わらないので、例えば、ストーンフルーツという表現なら、種が大きな果物という風に、かみ砕いて説明するよう心掛けています」
さらに、カフェのメニューに並ぶ、多彩なコーヒーのアレンジも、お客の興味を誘うフックの一つ。30種近いバラエティの中でも、バリスタの技術を凝縮した人気の定番がカプチーノ。「カフェラテとの大きな違いは、口当たりの滑らかさと、質感に遊びがあるところ。今まで常に練習を重ねてきましたが、カプチーノの質感の作り方はいまだに勉強中です」と、現在も磨きをかけ続ける看板の一杯だ。一方で、ドリップコーヒーにエスプレッソを注ぐパンチの効いたレッドアイ、エスプレッソトニックにスパイス、レモンを加えてコーラ味を表現したエスプレッソコーラ、さらには、宇和島市玉津産のみかんジュースとエスプレッソの意外な取合せが新鮮なカフェタマツなど、アレンジには随所に遊び心と創意を発揮。奥様が開業前から独学で手がけてきたベイクとの多彩なペアリングも含めて、コーヒーの新たな楽しみを広げている。
■正解のない世界で、汲めども尽きぬ“なぜ?”の問い
それでも、ここに至るまでに多くの葛藤もあった。「カフェ=食事のイメージが強いので、移転後は店名も変えて、フードメニューも少しずつなくしたことで、丁寧に豆の説明もできるようになり、よりコーヒーに集中できる環境になりました。だからといって、凝り固まってしまうのも違うと思うので、メニューはコーヒーだけに絞るのか、アレンジも広げるのか、いまだに悩むところではあります」。特に他店での修業時代もなかった高橋さんだけに、右も左も分からないまま、ここまで走りながら考えてきた。これまでも、さまざまな壁があったと想像するが、そのたびに飽くなき探求心と物怖じしないキャラクターで乗り越えてきた。
「根が“なぜなぜ星人”なので(笑)。分からないことは、何でも聞こうという姿勢が基本にあります。気になったお店があれば、すぐに話を聞きに行きますし、それはいまだに続いていて、いまだにあちこち聞きに行ってます」。実践の修業がなかったぶん、名店、老舗、初対面であっても臆さず教えを請うことで、経験値を高めてきた。その“質問力”は海外でも発揮。アメリカに渡ったときは、サードウェーブ草創期のコーヒーショップを数々訪ね、やはり自らの“?”をぶつけてきたという。
自らの納得感を求める気質は、焙煎も然り。「自分の頭で考えなくなるから、機体にはあえてパソコンはつなげていません。時代錯誤かもしれませんが、クラフトマンとして、想像力とか直感を元に焙煎したいという思いがあります。単に“豆が焼けた”、というより、“味を作った”という感覚がほしくて。常に、自分の体感を元に検証を重ねています」
近年は、今治でもこの店に続くニューフェイスも現れ、コーヒーに興味を持つ若い世代が増えている感触があるという高橋さん。また、県外から訪れるコーヒー好きのサイクリストも多く、会話を通して、地方で出会ったおいしいコーヒーの話を聞くことも少なくない。「都会で店をするのに憧れたときもありましたが、最近は、地方だからこそのおもしろさもある、と思えるようになりました。日々の営業の中での気付きも多くて。近頃は、“この豆をラテでください”といったオーダーも聞かれるようになって、コーヒーゲートをくぐったその先の楽しみを、お客さん自身が広げてくれているようにも感じます」
松山でコーヒーシーンの大きな変化を体感し、多くの先達の教えを受けながら、地元に店を構えて10年。今治に新たなコーヒーの選択肢を伝えてきた中で、高橋さんが至った今の心境には、実感がこもっている。「コーヒーに正解はないし、あるとしたら、各々がおいしいと思ったものが正解だと思います。だから、“こうあるべき”という思い込みは捨てた方がいい。作り手としては、普段からいろんな味覚を経験することが技術を磨く近道かもしれません。今年は節目の年でもあるし、また自分の技術を見直そうと思っています」。より多くの人の好みに応えるべく、“なぜなぜ星人”の探求心は、これからも止まることはなさそうだ。
■高橋さんレコメンドのコーヒーショップは「Cafe&Bake NAKAMURAYA」
次回、紹介するのは、同じ今治市の「Cafe&Bake NAKAMURAYA」。
「店主の中村さんの実家は今治銀座商店街にあった蒲鉾の老舗。カフェ開業の相談に来られたときに、今は寂しくなった商店街を変えるきっかけになるかもしれないと感じて。地元を元気にするお手伝いをできればという思いもあり、開店準備からコーヒー抽出のトレーニング、豆の卸まで、店作りに関わってきました。エスプレッソカルチャーを広めるお店の一つとして、今治に新しい風を吹き込んでいる一軒です」(高橋さん)
【Barrel Coffee&Roastersのコーヒーデータ】
●焙煎機/ラッキーコーヒーマシン4キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/中浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(400円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン10種、100グラム700円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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