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コーヒーで旅する日本/四国編|トライ&エラーこそロースターの醍醐味。松山のコーヒーシーンを牽引するパイオニア。「Cafe Crema」

  • 2023年6月1日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化でも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第1回は、愛媛県松山市の「Cafe Crema」。日本のスペシャルティコーヒー草創期に創業し、エスプレッソを主体としたロースタリーカフェとして、松山の新たなコーヒーシーンを牽引してきた先駆け的な一軒だ。店主の児嶋さんは、ほぼ独学で焙煎やブレンドに試行錯誤を重ね、地元の嗜好に応えながらオリジナルの味作りを追求。一方で、サービス業の経験を生かして、コーヒーファンを増やす取り組みを続け、長年、厚い支持を得てきた。開店以来、バリスタ、ロースターとして、コーヒーの大きな転機と変化の波を体感してきたパイオニアが、今も変わらず目指し続ける、この店のコーヒーとお客のいい関係とは。

Profile|児嶋厚樹 (こじま・あつき)
1974年(昭和49年)、愛媛県松山市生まれ。学生時代に訪れたコーヒー専門店でコーヒーの魅力を知り、そのままアルバイトとして約1年勤務。大学卒業後はシューズショップに勤務しながら、経営ノウハウを学び、結婚を機に本格的に開業を志し、2006年、松山市に「Cafe Crema」をオープン。愛媛県内ではいち早くスペシャルティコーヒーを取り入れ、界隈のロースターのパイオニアとして厚い支持を得ている。

■理想のカフェを目指して、サービス業からバリスタへ転身
四国の西部の中核にして歴史ある城下町、観光地としても多くの人が訪れる愛媛県松山市。街なかを行き交う路面電車のターミナル・松山市駅、通称“市駅”の周辺は街の賑わいの中心だ。駅から東へ伸びる市内随一の商店街・銀天街の南にある「Cafe Crema」は、穏やかな界隈にあって隠れ家的な雰囲気が魅力の一つだ。「実は、人通りが多いのは銀天街の北側で、南側は裏通りのイメージ。開店前は、“飲食店には向かない”という声も聞きましたが、窓からの光の入り方が気に入って、直感的にこの場所に決めたんです」とは店主の児嶋さん。

創業以来、松山のコーヒーシーンの先駆けとして支持を得てきたが、意外にも、学生の頃までコーヒーは飲めなかったとか。今に至る原点となったのは、当時、同級生が連れて行ってくれたサイフォンコーヒー専門店だった。「このとき飲んだコーヒーが、当時の自分にはかなり衝撃的で。砂糖やミルクを入れてではありましたが、初めてコーヒーを飲むことができたんです。今思えば、喫茶店でなく“専門店”だったのが大きかったですね」。ここで味を覚えて以来、本格的にコーヒーに興味を持つようになったという児嶋さん。その後、店に通い始め、さらには自ら願い出て、アルバイトとして働くまでになった。

卒業後は、シューズショップで10年間、販売やバイヤーを務めたが、「高校生の頃から接客の仕事に関心があって、どんなジャンルでもいいので、自分の店を持ちたいと頭の片隅で考えていました。接客のスキルやスタッフの教育、経理など、ここで経営のノウハウを学べたことは、独立に際して大きな財産になりました」という児嶋さん。一時はコーヒーの仕事から離れたものの、この間に出会った今の奥様がコーヒー好きだったことで意気投合。2人で方々の店を巡ったが、「自分たちが通いたいと思える店がなかった」と振り返る。

当時は、シアトル系カフェやエスプレッソが広まり始めたばかりの頃。松山には喫茶の老舗は多いが、新たなコーヒーカルチャーの波はまだ届いていなかった。そこで、「店をやるなら地元でと考えていたので、自分が気に入って使えるような場所を作ろうと思って」と一念発起。本格的に独立へ向けて動き始め、関東・関西のカフェやコーヒー専門店にも出向いて構想を練ること1年半。店のイメージを徐々に形にしていった。

■ままならないからおもしろい、焙煎のトライアル&エラー
「Cafe Crema」の開店にあたり、松山では当時まだ珍しかった、業務用のセミオートエスプレッソマシンをいち早く導入。さらにコーヒー豆は、島根の名店・カフェロッソを仕入れ先として考えていた。店主の門脇洋之さんは、ワールドバリスタチャンピオンシップで準優勝2回。日本を代表するバリスタの第一人者だ。ところが、仕入れの相談に訪れたつもりが、店の方向性が大きく方向転換することになる。「最初はバリスタの仕事を主に考えていたんですが、門脇さんから“焙煎してみたらおもしろいですよ”と薦められて。急きょ焙煎と豆の販売を店の計画に組み込んだんです。今思えば、その後の人生を変える出会いでしたね」と振り返る。

実際の焙煎作業については、ほとんどぶっつけ本番。以前、アルバイトしたコーヒー専門店の先輩に付いて現場に立ち会い、見よう見まねで基本を習得。開店の告知もしていなかったため、店を切り盛りしながら、半年くらい試行錯誤しつつ、徐々に技術と感覚をつかんでいった。焙煎の際は、温度変化を1分ごとにチェックし、条件によって細かくデータを蓄積。一方で、コーヒーを残したお客の反応を細かく拾って修正を繰り返す日々が続き、1年を迎えた頃からようやく軌道に乗り始めた。

「焙煎のデータは今も手書きで取っています。以前は記録をすべて残していましたが、今は保存するのは1年前まで。過去にはとらわれず、前だけ向いて進化していくつもりで。むしろ、決まったプロファイルに沿って焼いても、決してその通りには仕上がらないし、だからこそ飽きることはないですね」と児嶋さん。開店以来、トライアル&エラーは続き、途中でガスの供給が都市ガスから天然ガスに変わったときは、火力が全く別物になったことで、蓄積したデータをすべて捨てて一からやり直し、という苦労も経験した。

それでも、「焙煎はやってみないとわからないし、遠回りもまた楽しい。時々で自分の感覚も変わるし、失敗から生まれる発見も多いので、人のやり方を真似してみたり、ちょっとセオリーを外してみたり、頭でっかちにならず今もいろいろ試しています。そもそも、スペシャルティコーヒーは収穫年や畑の場所、バイヤーによっても品質が異なるから、味の再現性はほとんどないようなもの。だから根底の味がブレなければいいという感覚。豆の質と焙煎度を組み合せるパズルみたいなものですね」。常に新しい味を探しながら、いろんな豆との出合いを楽しむことが、今も変わらぬロースターとしてのモットーだ。

■10年かけて実現したロースター本来のスタイル
とはいえ、昔ながらのコーヒーの苦味が定着している土地柄もあって、当初、スペシャルティコーヒーの特徴的な酸味は、お客にはまだ馴染みがないものだった。「ハイローストくらいだとまったく受け入れられなくて、最初はすごく敬遠されましたね」と苦笑する。それゆえ、看板のクレマブレンドは、丸みのあるチョコレートフレーバーと余韻の甘味を感じる中深煎りに。さらに、それより深煎りのチャコールブレンドも定番で用意し、地元の嗜好に応えている。片やシングルオリジンは、浅めの焙煎まで幅を広げて、多彩な酸味の個性を打ち出し、お客の好みに合わせた提案に腐心する。

ただ、当初は夫婦でカフェのすべてを切り盛りしていたため、豆の販売に力を入れる余裕がなかった。まだ焙煎に自信が持てなかった頃は、豆の販売が1キロを切る日もあったとか。それでも、焙煎機を直火式から半熱風式に変え、機体の火力をアップしたことで味作りが格段に安定し、豆の販売やギフトの需要も劇的に増加。店頭販売が大半を占めるだけに、少量焙煎で新鮮なうちに提供できるメリットを生かして、ロースターとしての認知度を広げてきた。さらに、開店からしばらく定期的に店で開催していたコーヒー教室が、お客との距離を縮めるきっかけに。長年、接客業で培った経験を生かし、自宅でコーヒーを淹れる楽しさを広めると同時に、お客との貴重なコミュニケーションを通して、自らの課題を見つけ、店の方向性を考えるヒントを得てきた。

その甲斐あって、以前は売上の約8割をカフェが占めていたが、現在は豆の販売が半分近くにまで伸びている。「はじめは、お客さんのニーズを満たすことに必死で、“何でも屋”みたいになりかけていました。オープンしてから5年ほど経つ頃に、コーヒー屋ならコーヒーをちゃんとしようと思い立って、やるべきことに時間をかけて、店のあり方も変えてきました」と児嶋さん。フードメニューを少しずつ減らし、代わってコーヒーのお供となるスイーツを充実。ぽってりとした富士山型のプリンをはじめ6種のケーキや、児嶋さんが子供の頃に好きだった味を再現した、こだわりのソフトクリームなど新作も相次いで登場し、いまや店の名物として定着している。

■“この人が焙煎したから”と、求められる味作りを
児嶋さんがあるべき店作りを進めている間にも、年々コーヒーの産地や個性も多様化してきたが、児嶋さんにとってカッピングスコアや希少性がそのまま、“おいしさ”につながるわけではない。「豆の選択肢は開店時に比べたら遥かに広がりましたが、小さな店なので、違いを出すためには店のキャラクターが大事。もちろん品質も追求しますが、同じ豆でも“うちで買ってよかった”、“この人が焙煎した豆でないと”と思ってもらえるように。むしろ豆のグレードを下げてでも、焙煎やブレンドで独自の味作りを目指したい」という姿勢は、一貫してブレることはない。

その思いは、コロナ禍を経てさらに強くなったという。「この3年は、改めて自分の仕事や店のあり方を見直し、長年支えてもらったお客さんに対するありがたみを感じました。また、今まで扱ってきた豆が、手に入らなくなる可能性というのも意識させられました。そのときに、どんな豆でも上手く焼ける方法を持っておかないといけないし、原料の質に関わらず“この店・この人が作るから”という味への信頼を作る必要があります。その上で、幅広いニーズに寄り添える店でありたい」と、気持ちを新たにした児嶋さん。開店からの13年は、コーヒーシーンに新たな波が次々に現れた大転換期。その中で、地元の嗜好に寄り添いつつ、虚心にコーヒーと向き合い、常に試行錯誤を重ねてきた。

近頃は、店と共に重ねた時間の蓄積を感じることが多くなったそうだ。「自分がやりたいことを、多くの人に支持してもらえているのは、本当にありがたいこと。時に、学生時代に来てくれた方が結婚して子供を連れてきたり、元スタッフが訪れてくたりするのもうれしい。長く続けていると、そういう楽しみがありますね。この4,5年で松山にもまた新たなコーヒー店が増え始めましたが、僕自身は最近、古い喫茶店によく行くようになりました。新しい店にはない、どことなく落ち着く感覚は、その店の歴史が作るもの。ここも、そんな時間の経過が感じられるような場所にしていきたいですね」

■児嶋さんレコメンドのコーヒーショップは「Barrel Coffee&Roasters」
次回、紹介するのは、愛媛県今治市の「Barrel Coffee&Roasters」。
「店主の高橋君は、うちとほぼ同じ時期に松山で開業して、界隈のコーヒーシーンを盛り上げていこうと、一緒にがんばっていたバリスタの一人。2012年に店を地元に移して、今治でも先駆けてエスプレッソカルチャーを伝えています。移転後は自家焙煎も始め、力強いエスプレッソの味わいと、倉庫を改装したユニークな空間が魅力の一軒です」(児嶋さん)

【Cafe Cremaのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル3キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、フレンチプレス、エアロプレス、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/ブレンド5種、シングルオリジン約10種、100グラム700円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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