サイト内
ウェブ

コーヒーで旅する日本/関西編|老舗ロースターとの縁を得て夢を実現。若き店主が誘う、コーヒーの世界につながる扉。「TOBERA」

  • 2023年3月28日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第58回は、兵庫県宝塚市の「TOBERA」。店主の森川さんは、学生時代からカフェの開業を志し、弱冠23歳で夢を実現。「まだまだ分からないことばかり」と、店主として手探りの状態のなかでも、謙虚に周りの声に耳を傾け、“走りながら考える”姿勢で、地元の支持を集めている。「コーヒーの世界の入口になれる場に」と店作りに邁進する森川さんが、屋号に込めた思いと目指す理想の店の形とは。

Profile|森川佳苗 (もりかわ・かなえ)
1996(平成8)年、兵庫県伊丹市生まれ。学生時代に、カフェ開業を志し、宝塚市の百合珈琲でアルバイトを経験し、大学卒業後も会社に勤めながら、週末などに手伝いを続ける。その後、会社を退職し、2020年3月、百合珈琲の姉妹店として「LEAF by yuricoffee」をオープン。コロナ禍による一時休業状態を経て、2021年に“コーヒーを楽しむ入口に”をコンセプトに、「TOBERA」と改称してリニューアル。

■コーヒーの世界への扉を開いた百合珈琲との出合い
ちょっと耳慣れない響きを持つ「TOBERA」という屋号。店主の森川さんにたずねると、「実は同じ名前の植物があるんです」との答え。店のテラスにも植えられているトベラは、コーヒーノキとよく似た白い小花を咲かせる常緑低木。一説には、節分のヒイラギのように、魔除けとして門口に置く風習があったことから、“トビラの木”と呼ばれたのが、その名の由来といわれる。そんな謂れを持つ名前には、「コーヒーが苦手な方、難しいと思われる方にとって、コーヒーの世界の扉を開く場に」との思いが託されている。

かく言う森川さん自身も、かつてはコーヒーが飲めなかったという。「大学に入ってしばらくの時期まで、飲めなかったんですが、“コーヒーをブラックで飲めるのが大人”という憧れみたいなものがあって。いろいろ店を巡って練習するうちに、徐々に飲めるようになったんです」と振り返る。自分の嗜好や風味の違いも、少しずつ分かるようになり、方々の店を訪ねるなかで、改めて「おいしいな」と感じたのが、現在の店のほど近くにある百合珈琲のコーヒーだった。

実は、この頃から、自分でカフェを開きたいという思いを秘めていた森川さん。「当時は、練習と称して無理やり飲んでいるようなところもあって、極端な苦味、酸味は苦手でした。ただ、百合珈琲のコーヒーは、クリーンでまろやか、毎日飲めそうなちょうどいい塩梅で」と、身になじむ一杯に出合ったのがきっかけで、百合珈琲でアルバイトを始めることに。この縁が、開業へと至るはじめの一歩となった。

百合珈琲は、1960年、自家焙煎のコーヒー店「ユカ」として大阪で創業、宝塚に移転してから半世紀を超える老舗。20年前に店を継いだ2代目の久保田千佳さんは、まったくの経験ゼロから焙煎や抽出の知識・技術を身につけ、2007年に百合珈琲と屋号も改めてリニューアル。レトロな空気感はそのままに、豆の品揃えをスペシャルティコーヒーへと一新し、今では界隈に欠かせないロースターとして厚い支持を得る一軒だ。「私をコーヒー好きにしてくれた師匠みたいな人」という久保田さんのもとで働き始めた森川さん。喫茶スぺ―スのホールやキッチンの業務に始まり、メニューの仕込みや豆の販売など、カフェに関する幅広い仕事を経験。数回ではあるが、豆の焙煎にも携わった。「時には、一緒に夜中までメニューを考えたりとか、コーヒーのテイスティングをしたりとか、毎日、楽しかったですね。飲食店の仕事はいくつか経験しましたが、百合珈琲での仕事が一番勉強になりました」

■手探り状態の中で、走りながら考え続けた店作り
大学を卒業した後は、一度は会社に勤めたが、カフェ開業への熱意を失ったわけではなかった。「カフェの仕事を続けてないと忘れそうで」と、週末や休日に時間を見つけては、百合珈琲を手伝いに行った。そうして1年ほどが経った頃、近隣のカフェから、“店の運営を任せられる人を探している”との相談が、百合珈琲に寄せられたことで、森川さんにとって大きな転機となった。

「今の店は以前もカフェで、店を切り盛りされていたテナントのオーナーさんが、久保田さんに協力を求めてこられたんですが、すでに百合珈琲の仕事を経験していた私に“やってみない?”と勧められて。この機会に、思い切って飛び込んだんです」。とはいえ、カフェの現場での仕事は一通り経験したものの、店の経営となるとまた別の話。「店を開くのはもちろん初めて。何も分からない状態でしたが、とにかく始めるという気持ちで、知人からは、『勇気あるな~』とも言われました(笑)」。それでも、かねてから描いた夢を形にするまたとないチャンスを生かすべく踏み出した森川さん。2020年に百合珈琲の姉妹店「LEAF by yuricoffee」の店主としてスタートを切った。

このテナントのオーナーは、7、8年前から所有する界隈のビルや長屋を改装し、積極的に若い店主を誘致。それらの建物が集まる一帯を“INNO TOWN”と名付け、雑貨店や古書店、美容室など個性的な店が集まる小さな町として話題を呼んでいる。その一角にある「LEAF by yuricoffee」は当初、ランチをメインにしたカフェとして始まったが、間もなくしてコロナ禍により開店休業状態を余儀なくされる。ただ、この間に改めて店の方向性を見直し、コーヒーを中心とした店作りにシフト。「私にとってコーヒーをおいしいと感じるきっかけがあったように、この店が、コーヒーに親しめるきっかけとなる存在になれれば」と、自らの原体験に立ち返った森川さん。緑と陽光があふれる開放的な空間で、肩肘張らずスペシャルティコーヒーを楽しめる場として、2021年の初めに「TOBERA」と名前も新たにオープンした。

■店で過ごした時間が、誰かの思い出に残る場所に
現在、コーヒーは、百合珈琲で焙煎するオリジナルブレンド2種に、時季替わりのシングルオリジン1種、季節限定ブレンドのラインナップ。抽出も、粉を直接湯に浸し、目の細かい茶漉しを使用。「当初はネルを使っていましたが、提供のスピードが追い付かない時があって、お客さんに教えてもらった茶漉しに変えました。目が粗くなったぶん、コーヒーの油分が良く出るようになって、よりまろやかで飲みやすさが増しましたね」と、器具を変えたことで、この店ならではの味わいの個性が生まれた。

また、“コーヒーの入口”を広げるような、アレンジドリンクやスイーツのメニューも充実。「ラテや甘いドリンクを経て、ブラックのコーヒーを試してくださる方も多いですね」と森川さん。中でも人気のコーヒーチーズケーキは、生地から広がるエスプレッソの香味とアロマも濃厚な、“食べるコーヒー”といった趣。また、お客の声から生まれたウインナーラテも、ファンが多いオリジナルの一品。「ウインナーコーヒーにミルクを入れたいという要望に応えて、カフェラテにホイップクリームを乗せた一杯が、思わぬ好評を博して口コミで広がり、いまや名物メニューの一つとして定着した。

「ここまでは、走りながら店のことを覚えていくような感覚で、まだまだ分からないことも多く、スタッフやお客さんに助けてもらっています。当初はコロナ禍が重なってしまいましたが、逆に、いきなり慌てることなく、考えながら徐々に始めることができたと、前向きに捉えています」と森川さん。手探りの状態にあっても、謙虚に周りの声に耳を傾ける姿勢で、少しずつ“この店らしさ”を形作ってきた。そんな中で、最近、小型の焙煎機を購入し、自家焙煎コーヒーの提案にも取り組んでいるとか。「店のコンセプトに合うコーヒーを、と考えた時に、やはり自分で豆を焼ける方がいいと思って。少量焙煎なので、珍しい豆や特徴の際立つ豆を選んで、ちょっと贅沢なコーヒーを楽しんでもらえるように。いずれは、自家焙煎の豆を中心にできればと思っています」

百合珈琲でのアルバイトに始まり、自らが店主として店を切り盛りするまでになった森川さん。今に至るまでに、久保田さんからもらったさまざまなアドバイスの中でも、印象に残る一言があるという。「“夢は語っていた方がいい”という言葉が、残っています。久保田さんは本能的にそれをしている数少ない人。目先のことより、もっと先を見すえて行動する大切さを実感させてくれます」。その背中を見て学ぶべき、最良の手本が今も一番近くにいることは、大きな支えになっている。「私がやることに対して、長年の経験から失敗すると分かっていても、一度は“自分でやってみ”と言ってもらえる。そんな環境はなかなかない。それがあったから、未知のことにも飛び込めたと思います」

開店から3年目を迎える森川さんに、改めて、目指す“先”を聞いてみた。「先々は、お店の存在が“コーヒーの入口”から、“記憶の入口”になれればと思っています。何を食べた、飲んだというよりも、誰と来たとか、何が楽しかったとか、ここで過ごしたことが誰かの思い出に残るような場所にしたい」。トベラの花言葉は“慈しみ”。お客を思いやる気持ちが、ささやかだけど幸せな記憶の花を咲かせてくれるはずだ。

■森川さんレコメンドのコーヒーショップは「CAFÉ TALES」
次回、紹介するのは大阪市の「CAFÉ TALES」。「コロンビア産のコーヒーだけに特化して、いろんなロースターの豆をセレクトされているユニークなお店です。店主の村上さんは、生豆の買い付けが本来の仕事ですが、2019年にカフェをオープンして、コロンビアコーヒーの多彩な魅力を提案されています。私がコーヒー店を始めたことで人のご縁がつながって出会った、皆さんに知ってほしい一軒です」(森川さん)

【TOBERAのコーヒーデータ】
●焙煎機/ディスカバリー/百合珈琲
●抽出/浸漬法、エスプレッソマシン(サンレモ)
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド3種、シングルオリジン1種、50グラム400円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止にご配慮のうえおでかけください。3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright (c) 2024 KADOKAWA. All Rights Reserved.