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クラゲもウミウシもガラス製!直径3センチのトンボ玉に閉じ込められた世界が神秘的

  • 2022年10月13日
  • Walkerplus

その大きさ約3センチ。指先にのる小さな玉の中でクラゲが優雅に泳いでいる。か細い触手は水の流れにのってゆらめいているようだが、実はこの玉はトンボ玉と呼ばれるガラス製品で、中にいるクラゲもガラスで表現されている。世界を切り取ってトンボ玉に閉じ込めたような神秘的な作品を発表しているのは、ガラス作家の増永元さん(@masunaga_gen)。Twitterで作品を発表すると、しばしば1万いいね以上を獲得しファンを増やしている。元はウミヘビの生態研究者だったという増永さんが、どうしてガラス作家として活動するようになったのか、どうやって作品を作り出しているのか話を聞いた。

■小さな生き物をトンボ玉で表現する技法は独学で確立
大学で非常勤研究員として、ウミヘビの生態研究に励んでいたという増永さん。

「当時国内でウミヘビ専門の生態研究者は他にいなかったのでとてもやりがいのある仕事だったんですが、咬まれたら命を落とす危険もあるし(一度咬まれました…汗)、なかなか常勤の研究職にも就けなくて将来への不安がありました。それで34歳の時にもう研究は十分楽しんだので終わりにして、次はアート関係でやっていきたいと思ったんです。学生時代から写真・絵画・陶芸・ガラス工芸など趣味でいろいろやっていて、自分には創作活動が向いてるんじゃないかと薄々思っていたので。その中でガラス作家を選んだのは、やっている人も少なめでガラスによる表現にまだまだ多くの可能性があると感じたからです」

増永さんがそもそもガラスアートに興味を持つようになったのは、2000年頃、小樽の観光スポットとしても有名な北一硝子を訪れたことによる。

「北一硝子に展示されていた、外国人作家のガラスでできたリアルなアメフラシの立体造形作品を見たことがきっかけで、ガラスアートに興味を持つようになりました。そこでは、トンボ玉も展示されていて、トンボ玉の技法であるバーナーの炎でガラスを溶かして成形する“バーナーワーク”も知ったのですが、その時はガラスで生き物のフィギュアを作りたいという思いが強すぎて、トンボ玉にはそれほど関心はなかったんです」

しかし、その後ガラスを溶かして遊ぶようになり、参考にしようと現代作家のトンボ玉がのっている本を見たことでトンボ玉への興味が俄然湧いたんだそう。

「想像以上にすごい作品がたくさんあって驚きました。それからすっかり、この小さな玉の魅力に取り憑かれています」

遊びでガラスをいじっていたという増永さんがガラス作家になると決めたのは2007年。トンボ玉の技法書やDVD、一度だけ参加したバーナーワークのイベントで一般的な手法は学んだということだが、驚異的なのは増永さんの作品のキモと言うべき、「小さな生き物をガラス玉の中で表現する」手法はまったくの独学というところだ。

「先にガラスフィギュアを作ってから、溶かした透明なガラスにフィギュアを封入する“インケース”という技法が海外ではよく使われていて、ガラスの生き物が入ったペーパーウェイト作品などが作られているのですが、この手法はトンボ玉のようにとても小さな作品には不向きでした。直径3センチほどのトンボ玉に入れる生き物は1センチ未満になってしまいます。その大きさのガラスフィギュアを作ることも、作れたとしてもその造形を崩さずに封入することもとても困難です。僕が目指す作品を作るためには、自分で別のやり方を考案するしかありませんでした。2007年に専用のエアバーナーを購入してガラス作家になると決めた時、絶対に1年以内にリアルなクラゲ、ウミウシ、キノコをトンボ玉の中に作り込むと目標を絞りました」

その目標通り、1年で自身の作風基礎となる作品が出来上がった。

「それで2008年からガラス作家として活動を始めることができて、その後も少しずつ表現の幅を広げていきました。1年というと意外と短期間でできたと思うかもしれませんが、僕の人生の中であの時ほど一つのことを考え続けたことはないっていうほど大変な1年でした」

■作り方は非公開を徹底。目指すは「ロストテクノロジー作品計画」
増永さんの作品はどれも驚くべきほど緻密で繊細だ。クラゲであれば、その触手一本一本が本当に泳いでいるような曲線を描いているし、ウミウシやイカが閉じ込められた作品では、彼らの生きている海の砂地までもが表現されている。これは増永さんのこだわりなんだそう。

「クラゲ系の作品では触手の位置や本数など、とにかく実物の構造を忠実に再現するように努力しています。さらにそれが標本っぽく見えないように、躍動感が出るように細かく調節しています。『一粒の潮だまり』のような、環境再現系の作品ではまず自分で野外観察をして、実際に同所的に生息している生き物たちだけを選んで一つの作品に組み込んでいます。こういった情報は図鑑を見てもほとんど載っていないので、図鑑だけを見て作品を作るようなことはやらないようにしています。ほかにも、トンボ玉の直径が3センチを超えないようにすることや、小さな玉の中でも肉眼で見えない細かな部分まで表現することなど、いろいろとルールを決めて制作しています」

こうした細かいこだわりが、「世界を閉じ込めた」という印象を人に与える理由になっているのだろう。制作過程で一番難しいところを聞くと、「作り方の手順を考えるところ」なんだとか。

「新しい作品を作る時は毎回かなり悩みます。制作作業中はガラスを高温で溶かしながらの造形なので、ピンセットと拡大鏡で外科手術みたいな作業になるのですが、やり直しのきかない精密な一発勝負が多くて本当に難しいです。少しでも溶かしすぎると一瞬で歪んでしまうので火の当て方にもかなり気を使います」

増永さんは活動開始当初から生き物をガラスで表現しており、「次々と消えていく儚い自然の光景を半永久的に記録する」というコンセプトを掲げている。これは活動を続けていく中で固まっていったのだそう。

「活動開始当初は、身近な生物の魅力を自分なりの方法で伝えたいという漠然とした意図で作っていて明確なコンセプトは固まっていませんでした。少しずつ自分がアート作品として何を表現しようとしているのか深く考えるようになり、身近な自然が消えていくのを目の当たりにしている自分の経験とガラス素材が持つ不変性から“時”を強く意識するようになり、現在のコンセプトに纏まりました。トンボ玉には何千年も前から人から人へと大切に受け継がれている実績があって、かつ非常に丈夫な球体なので記録して未来に伝えるというコンセプトととても相性が良かったんです。記録して未来に残すという作業は、どんな生物もいずれは絶滅し環境も常に変化するということを前提にしています。モチーフの生物が存在する現在と絶滅した後の未来では同じ作品でも全く違った見え方になるはずです」

作品モチーフは増永さんが住む沖縄の自然物が多いが、インスピレーションも沖縄の自然から得ているのだろうか?

「普段から森や海に行って生き物たちを観察・撮影していますが、これは作品のためというより僕の趣味です。そうやって見てきたものの中から特に印象的だった光景を作品にしていくのですが、それは自分の記憶を形にしていく作業でもあるので、結局僕自身がさまざまな環境で多くの生き物に出会うことが創作にとって一番重要だと思っています」

ここまで、作品制作についていろいろと話を聞いてきたが、制作技法については一切の非公開を貫いている。

「制作時も、完成形のラフは描いてイメージを固めておきますが、設計図や作業工程のメモはほとんどなくて頭の中だけです。僕は作品の作り方を非公開にしていて、制作手順や設計図なども一切記録として残さないように徹底しているんです。実は自分が死んだ時に制作技術も消滅する“ロストテクノロジー作品計画”を企てています。“時”が大きなテーマの作品なので(笑)」

最後に今後の目標を聞いた。

「ヘビやカエルなど、作りたくてもまだ技術的に作れていないモチーフはたくさんあります。当面の目標はそれらを少しでも多く作品として完成させることです。最近はトンボ玉以外のガラス作品も積極的に作るようにしていますし、実在の生き物以外の空想系の作品にも力を入れています。少しずつ新しい表現にも挑戦していきたいと思っています」

作家活動開始から今年で14年。“ロストテクノロジー作品計画”が発動するまではまだまだ時間はたっぷりある。増永さんの作品がどう進化していくのか、手のひらにのる自然の行く末を見届けるのが楽しみだ。

取材・文=西連寺くらら

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