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野生下の生息数はわずか300~500頭のスマトラトラ。その原因は私たちの生活にもあり!?【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】

  • 2022年9月8日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、仙台市の八木山動物公園フジサキの杜でスマトラトラの飼育を担当する山崎槇さんにお話を聞いた。



■黒と茶色の模様が美しい、最も小さなトラ
――仙台市を見下ろす八木山に位置する八木山動物公園フジサキの杜では20年にわたってスマトラトラを飼育。現在はオスのケアヒ(13歳)、メスのバユ(15歳)、そして2021年12月にケアヒの新しいペアとして来園したダマイ(7歳)の3頭がいる。

スマトラトラは、インドネシアのスマトラ島のみの狭い範囲に生息し、トラの中では最も小柄。オスの体長がシッポまで入れて2.4メートル、体重が約120キロ、メスは2.2メートルで体重は約90キロぐらい。ロシアにすむアムールトラは大きな個体だと300キロ程度あるので、いかに小柄かわかると思います。シマ模様が美しいのも大きな特徴で、ほかのトラと比べて黒と茶色のコントラストがはっきりしています。

■太らせず、やせすぎず。エサの調整がトラの健康を守る
――トラたちの美しい姿を支えるのが、毎日与えるエサだ。動物園ではどのようなエサを与えているのだろうか。

普段のエサは栄養バランスを考えて、脂肪分の少ない、赤身肉の馬肉。メスなら1日3キロぐらいと、鶏頭を約500グラム程度与えています。繁殖を予定しているダマイは特別メニューで、鶏ガラと、鉄分を摂るためにレバーも与えています。オスのケアヒは馬肉を4キロぐらいと、鶏頭が500グラム程度です。

動物たちの健康で一番気を付けているのがエサ。質にも量にも気を付けています。太らせてしまうと繁殖に影響があり、体調不良の原因に。お腹周りをしっかり見て、やせすぎずちょうどいいところをキープできるよう、こまめに量を調整しています。

また、食欲もチェックすべきポイントのひとつ。彼らは展示場から寝室に入ると、一目散にエサに飛びつき一心不乱に食べるのが普通です。なので、ちょっとでも食いつきが悪い場合、何かおかしいことがあるのだなと気づけます。

あとは痛いところがないか、しっかり見ています。野生動物はどこか痛くても、隠して弱みを見せません。しかし毎日じっくり見ていると、歩き方がいつもと違うな、ちょっと痛そうだなと、変化に気づきます。

■スマトラトラを人工哺育。ミルクの飲ませ方が難しい
――現在、国内で飼育されているスマトラトラは18頭。国内の飼育下の個体数としては今が最大値だ。そのうち八木山動物公園で生まれた個体は5頭。なかでも印象に残っているのが、2019年10月8日に誕生したオスのアオだという。当時のことを山崎さんは振り返る。

トラたちの様子は普段、ビデオで観察しています。バユがアオを産んで授乳していることもビデオで確認でき、問題ないと考えていました。しかし、数日後にアオがピーピー鳴くようになったので「これはおかしい」と、バユを外に出して確認することに。

その結果、体重がわずか920グラムで母乳をちゃんと飲めていないことがわかり、人工哺育に切り替えました。母親のバユは子育ても授乳もしていたのですが、なぜか上手くいかなかった。これは、少し高齢だった点も関係があると思います。

スマトラトラの出産可能年齢は大体3歳ぐらいからで、15歳では厳しいとされています。バユはこの時13歳で、トラとしては高齢出産だったと言えるでしょう。バユには子育てしたい気持ちがあったと思いますが、おそらく母乳がうまく出なかったのでは。通常なら4頭ほど出産しますが1頭しか生まれなかったことからも、高齢であることが影響したと考えられます。バユと同い年の姉妹がほぼ同じタイミングで出産した子供も同様に、1頭のみの出産で人工哺育になっていて、それを裏付けていると思いました。

現在、フンでホルモンを測定して発情を観察していますが、バユは発情が止まっている状況なので、たぶんアオが最後の出産だと思います。

――山崎さんにとってもトラの人工哺育は初めての体験。過去のトラの人工哺育に関する文献を確認し、手探りで進めていった。

スマトラトラ以外のトラの人工哺育例はほかの園館でもあるので、そういう文献を参考に、ミルクの量や回数、与え方を研究しました。毎日5回以上ミルクを与えた甲斐あって、アオも今では立派なオスのトラに成長しています。

期間は短かったもののとても濃い、私の飼育人生の中で特別な経験でした。ミルクは哺乳瓶で与えるのですが、最初のうちは上手に飲めず、飲ませ方が難しかったです。

人工哺育の危険な点として、ミルクの飲ませ方が無理矢理すぎて誤嚥が生じ、死亡するケースがあります。なので誤嚥しないよう、少しずつ注意して飲ませました。でも、量はしっかり飲ませないといけないので、その点で苦労しましたね。しばらくしたらとても上手に飲めるようになったので、安心しました。

授乳をはじめてから離乳までは約3カ月程度。まずは離乳食としてフードプロセッサーで肉をミンチ状にして、10グラム程度から少しずつなめさせて味を覚えさせます。味を覚えるとお肉大好き!になって、どんどん食べるようになりました。急に肉を与えすぎるとお腹を壊してしまったりするため、少しずつ増やしていって、それに反比例してミルクを減らし、離乳していきました。

■トラ同士のコミュニケーションを覚えてほしかった
――一見順調に見える人工哺育だが、山崎さんには葛藤もあった。

人工哺育した個体は人間慣れしてしまって、自分のことをトラだと思わないのではないかというのが、一番の懸念事項でした。私もできるだけ構わないようにして、注意していたのですが、それでもやっぱり飼育員が大好きになってしまって、飼育員を見ると喜んで、スリスリゴロゴロとじゃれてくるように。本当はそうではなく、バユのように人に向かって吠えるぐらいになってほしかったのですが、そこは人工哺育の仕方がない点かもしれません。

そうならないよう、できるだけお母さんの前にケージを置いて顔を見せて「君はトラだぞ!」ってわかってもらえるようにしたり、隣のトラの展示場に出したりと、努力や工夫はしたのですが、結果的にうまくいきませんでした。

今後繁殖していくことを考えると、アオ自身、自分がトラだと自覚し、トラ同士のコミュニケーションを学んでほしく思いました。兄弟がいればじゃれ合う中で噛んだらどれぐらい痛いかとか、あいさつはどうやってすればいいのかなど、たくさん学べたと思いますが、一人っ子なのでそれもできなかったのが残念でした。

だけどやはり子供の誕生はとてもうれしいこと。生まれたこと自体も喜びですし、来園者の皆さんが自分のことのように喜んでくれたのも、大変うれしく思いました。

■いくつものハードルを乗り越えて、ようやくたどり着く繁殖
――順調に見えるスマトラトラの繁殖だが、その背景には飼育員の並々ならぬ苦労が隠れている。

繁殖にはいくつかのハードルがあります。最初の難関が、メスの発情を読み取ること。バユは発情が行動に出やすく判断が容易でした。扉をバンバンたたいたり、吠えたり、ケアヒと鳴き合ったりする様子が見られたので、発情が来たと判断して、翌日からオスとメスを同居させていました。

現在はダマイとケアヒの繁殖に向けて頑張っているのですが、これが結構苦戦しています。昼も夜もビデオで行動を観察していますが、目立った変化が見られない。それは個体差があるので、仕方のないことなのですが。できるだけ発情をとらえられるよう毎日観察し、チェックシートを付けて、いつもと違う行動がないかを把握するよう努めています。

発情が読み取れたら今度は同居ですが、これも高いハードルの一つです。トラは基本的に単独生活をする生き物なので、オスとメスは繁殖期にしか出会いません。発情を読み間違えると、ケンカをしたり、一歩間違えば殺し合いになることもあるので、園では厳戒態勢で臨んでいます。すぐに2頭を離せるような体制にして、お客様にも非公開で実施しています。

過去に同居を試みたところ、ケアヒとバユがケンカになったことがあり、とても危険な思いをしました。大事には至りませんでしたが、発情の見極めを間違えたことによってトラを死なせてしまってはいけないので、日々の観察の重要性を再認識しました。

同居がうまくいき、交尾が成立した後は毎日の行動をチェックしたり、フンの中のホルモンを測定して妊娠の有無を観察します。しかし、無事に繁殖したとしても子供が成育せず、亡くなってしまうケースもあるので、生まれたあとも安心できないのが現実です。

■うれしいトラからのあいさつ
――苦労の多いスマトラトラの飼育だが、その中でも喜びに感じられることがある。

トラ同士はシュッという音を鼻で鳴らしてあいさつします。飼育員が「おはよう!」と入っていくと、飼育員にも鼻を鳴らしてあいさつしてくれることがあります。そんな時は親和的に感じてくれているんだなと感じて、とてもかわいいし、うれしく思います。ただ急に背中を見せたり、急な動きをするとすごい声で吠えて怒ることも。そういう点はやはり野生動物。吠えたり、威嚇したりする姿もトラらしくて、かっこいいと思います。

■パーム油が絶滅の危機を招く。私たちにできることは?
――威風堂々、見る人を魅了するスマトラトラだが、野生での現状は危機的だ。

野生下での生息数はわずか300~500頭と言われ、かなり少なくなっています。人間の生活圏が広がって森が減ったことや、密漁なども原因として挙げられますが、一番の理由は生息地の破壊。インドネシアではパーム油を採るために大規模なアブラヤシの農園が必要で、広大な面積の熱帯雨林が伐採されています。オランウータンが減少しているのも、同様の理由です。

――パーム油は食用油やマーガリン、ショートニングの材料として使用されるほか、せっけんなどにも使われている。スマトラ島はその一大生産地だ。

パーム油は、私たちの生活に欠かせないものとなっています。しかし、それが野生動物たちを追い詰めているかもしれないということに、思いを巡らせてほしいなと思っています。そのために、動物園でもよく、我々の生活とトラの減少が関わっていることを伝えています。例えば、買い物をする時に「RSPO認証」というマークが付いた「持続可能なパーム油」を選ぶことで、スマトラトラの保全に少し貢献できます。遠い国の話なので、直接自分のこととして結びつかない人が多いかもしれませんが、私たちにもできることはあるのです。

■チャンスは展示場に出た直後。さまざまな行動をじっくり観察しよう
――動物園は生きたスマトラトラを見られる貴重な場所だ。山崎さんに見どころを聞いてみた。

トラの行動が一番活発なのが、展示場に出た直後。最初は前に出ていた個体のにおいなどを嗅ぎまわります。さらに、自分の縄張りを示すために、オスもメスもオシッコをかけるスプレー行動をとります。うちではダマイの後にケアヒを出していますが、ケアヒはダマイのスプレー跡をクンクン嗅ぎまわりますね。

そのあとは丸太で爪とぎ。まるでネコのようです。ほぼ毎回、このような行動をとります。それが終わると、岩の上で休憩。展示場に出た直後の行動はとても面白いので、ぜひ開園直後に来ていただければ。当園では3交代制で展示していて、開園から11時半ごろまでがダマイ、11時半から14時までケアヒ、14時から閉園までバユが出ています。トラって休んでいてもかっこいいのですが、やはり見るなら動いているところが面白いですね。

私たちはかっこいいトラを見ていただきたいのですが、スマトラトラの生息地や、個体数が減少している現状についても考えていただける機会を作れたら。そして、少しでもトラという動物に興味を持ってもらえたらいいなと思っています。

取材・文=鳴川和代
監修=久保田潤一(NPO birth)

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