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コーヒーで旅する日本/関西編|”分からない”から始まったおいしさの探求。「珈琲もくれん」が体現するコーヒーの奥深さと面白さ

  • 2022年5月24日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

和歌山市街に残る、昭和レトロな横丁に店を構える「珈琲もくれん」。界隈のマイクロロースターの草分け的な一軒として、和歌山のコーヒー好きから厚い支持を得る一軒だ。元々はコーヒーに深い関心がなかったという店主の村上さんは開業後、福岡の名店・珈琲美美との出会いを境に心機一転。コーヒーが持つ未知の魅力に引き込まれて以来、長年、探求を続けてきたからこそ見える、コーヒーの面白さとは。

Profile|村上洋一
1976(昭和51)年、大分県生まれ。高校卒業後、京都で木工職人として働き、岐阜に移って造園業などの仕事を経て、和歌山市に移住。昭和30年代に開業した「わかやまじゃんじゃん横丁」のリノベーションに携わり、同施設内で1999年に「珈琲もくれん」をオープン。2012年に店舗を拡張してリニューアル。

■和歌山との縁をつないだじゃんじゃん横丁
「60歳くらいになったら、喫茶店をしようかな」。何気ない会話が、時に進む道を変えることがあるが、ふと漏らした一言がなければ、この店のカウンターに店主・村上さんの姿はなかったかもしれない。

地元・大分から京都に出て木工工場に勤めた後、岐阜に移って造園などの仕事にも就いていた村上さん。「岐阜にいた頃、仕事でお世話になっている方が、僕が喫茶店の話をしたことを覚えていてくれたんですね。ある時、“和歌山のじゃんじゃん横丁の再生を手伝うことになったから、そこで練習のつもりで喫茶店をしてみたら?”と言われたのが事の発端。実は、その時、北海道の牧場に行こうかと思っていたんです(笑)」。和歌山への移住を決めたのは、コーヒー店を始めるというよりは、現在、店が入居している施設のリノベートのためだった。

わかやまじゃんじゃん横丁は、1955年に、大阪・新世界のジャンジャン横丁をモデルにして作られた、今でいう複合施設的な場所。4棟のビルに囲まれた一角は、飲食店を中心に個性的な店舗が入居し、いまや和歌山の名所として人気を集めている。「この横丁は、今の大家さんの父親が建てたもの。早くに父親を亡くされたのですが、思い入れがあったこの場所を潰すのは忍びないという思いから、再生を企画されたんです。1棟ごとに長屋みたいな構造になっていて、その中の1軒として自分も店を開くことになりましたが、当時は“面白そう”という反面、“やっても4年くらいかな”と思っていました」

そもそも、この時まで、コーヒーとはほぼ無縁の生活を送ってきた村上さん。むしろ、岐阜にいた頃、先に喫茶店を始めていた奥さんの方が開店に乗り気だったとか。「妻が岐阜の店で手網焙煎したコーヒーはおいしいと思いましたが、それ以上の興味は湧きませんでした。しかも、店を始めるにあたっての準備と言っても、開店の3日前にサイフォンの使い方を教わっただけ(笑)。焙煎も店ができてからの話で、店の管理人さんに“おもしろいやん!”って後押ししてもらって手網焙煎をやり始めましたが、全然うまく焼けなかった。当初のコーヒーのメニューはエルサルバドル1種だけ、自分がおいしいと思う深煎りにしていましたが、焙煎が追いつかない時もあり、夜通し焼いていた頃もありましたね」
■珈琲美美で出会った、コーヒーの“おいしさ”の深奥
混沌とした状況のなか、全くのゼロから立ち上げた店が、「長くても4年」という想定を超えて続いているのは、ある自家焙煎コーヒーの老舗との出合いがあったから。「手網で焙煎している頃、お客さんに“この味に似てるコーヒーが九州にある”と聞いて、興味を持ったのが福岡の名店・珈琲美美でした。ただ、実際に行って飲んでみたら、自分のコーヒーとは全然違う。しかも、変な話ですが、最初に飲んだコーヒーが、おいしいかどうかが分からなくて、“ええっ!?”となったんです。そこで、“似てないじゃないか”と思った反面、“そのお客さんは、何をもって似てると感じたのか?”と疑問を持ったんです。それが、コーヒーに本格的に関心を持ったきっかけ。あの出合いがなければ、ここまで続けていなかったですね」

この時、素直に分からないと思えたのは、村上さんがコーヒーに先入観をもたない、いわば素人だったからこそ。それゆえに、自分が感じた疑問を虚心に分析して、コーヒーへの探求を深めていけたのかもしれない。最初の訪問の後も連日通って、2杯、3杯と飲んでいると、やがて美美の故・森光宗男さんにも顔を覚えられ、「4回目に行った時に初めて話せたんですが、“普段何を考えてるんですか?”と聞いたのが最初の会話でした(笑)」と振り返る。

そこから1年間、珈琲美美のコーヒーのことを考え続けた村上さんは、確認のため翌年に店を再訪。以来、年に1回は帰省の折に訪ねるようになり、一日に朝・昼・夜と3回立ち寄って3杯ずつ、2日で計18杯飲むことを10年続けた。「それでも、行くたびに味が違う。こういうのもありなのか?と考えるほど、焙煎は分からないなと感じましたね。ただ、分らないからこそ、コーヒーのことを考え続けるようになって、自分が焙煎する時も考えながら焼くクセが付きました。だから今は、あの時、分からなくて良かったと思っています」と振り返る。

その頃には、豆ごとの味の違いも何となく判別できるようになっていたが、結局、その“おいしさ”の正体だけは分からなかったという村上さん。「しまいには考えるのをやめてしまって、珈琲美美は、お客として純粋に楽しもうと思える存在になりました。ただ、今でも自分の思い描く店の延長線上に珈琲美美をイメージしています。見よう見まねで焙煎して、コーヒーの味も昔の記憶を追っている気がします」

■長年、持ち続けたネルドリップへのこだわり
その後、店には1キロの焙煎機を導入し、シングルオリジンの種類を徐々に増やし、開店6年目に最初のオリジナルブレンドが完成。これが、今に続く定番のもくれんブレンドだ。当時は、浅煎りの豆は焙煎業者から仕入れていたが、深煎りのもくれんブレンドが苦すぎるとの声が多く、間もなくコロンビア主体のマイルドブレンドが加わった。今の豆のラインナップになったのは開店から10年がたった頃だった。

抽出はサイフォンだったが、当時から、ネルドリップ志向を持ち始めていたという村上さん。「店を開いて初めの頃、試しにネルで淹れたら、自分の焼いた豆がおいしく感じたので、1日だけ店の抽出をネルに変えてみたんです。そうしたら、ほとんどのお客さんから不評で、“なんで?”となって、またサイフォンに戻したこともありました。その後、もくれんブレンドができた頃に、試作した違うパターンのブレンドを、知人が開業した喫茶店に譲ったのですが、自分の店で飲んだ時よりおいしかった。その店の抽出はペーパードリップだったんですが、自分が求める味とサイフォンが合わない感じがしていたので、2012年の改装を機にサイフォンの器具をすべて捨てて、まずペーパードリップに移行しました。ただ、それでも心の中では“ネルがいい”と思っていて、珈琲美美でも“なんでネルにしないの?”と言われて、ストレス溜まりましたね(笑)」。今ではすっかり深煎り・ネルドリップのイメージが定着しているが、完全にネルに変わったのは5年ほど前のことだ。

現在、6種のブレンドのうち4種までが深煎り。中には、かつてブレンドに多用されたロブスタ(※1)の豆を使った配合もある。浅煎りが主流となった近年では珍しくなった、深々と焼き込まれた豆は、「お客さんから、“久しぶりに見た”、“こんなの見たことない”という反応があるのは嬉しい」と村上さん。重厚な飲みごたえとどっしりとした苦味、時にネガティブに捉えられるスモーキーな香りも、「自分にとっては個性の一つ」と、深煎りならではの醍醐味を提案し、コーヒーの嗜好の幅を体現する。

■時代の変化に刺激を受けた、新提案の浅煎りブレンド
改装を境に、食事やスイーツのメニューを見直し、ゼリーやプリンなどコーヒーを使ったメニューへと入れ替え、より専門店としての志向を強めた村上さん。2階のフロアではさまざまなイベントを行い、和歌山のカルチャースポット、地元の人々の拠り所として、存在感を増していった。

「カフェブーム以降で、和歌山のマイクロロースターの先駆けというスタンスは自分でも意識しています。実は、創業時には“これは和歌山では誰もしてないこと”だと思っていて、“まだここにないものを、どれだけ取り込んでいけるか”ということを考えてきました。実際には自家焙煎のコーヒー店の先輩にあたる方々はいて、それだけ自分の世間が狭かったんだなと思いましたが(笑)。ただ、この界隈で、それまでとは異なるコーヒーを伝えてきたという感覚はあります。地方都市では新しいことをしようとすると敬遠されがちですが、自分はよそ者で、気にせず続けられたのも大きかったと思います」

その間、スペシャルティコーヒーの広まりや、サードウェーブの日本上陸など、世のコーヒーシーンは大きく変わった。関西でも、京阪神にはいち早くその動きが伝わったが、近年、和歌山にもその波が到来し、村上さんに続く個性的なロースターの新顔が登場してきた。

「最近になって、“浅煎りのコーヒーはないの?”という声が増えてきて、なぜ?と思っていたのですが、新しいお店のコーヒーを飲むうちに、“こういうのが浅煎りの風味か!”と気付いて、自分の嗜好の幅が広がってきました。その後に自分のコーヒーを飲むと、以前と感覚が変わりましたが、それは世の中のスタンダードが変わっているということでもあります。意識的に変わっているお店の人はともかく、無意識にコーヒーを飲むお客さんは、うちのコーヒーに抱く印象も変わっているのでは、とも感じます。例えば、当初は苦いと言われたもくれんブレンドが、最近は“優しい味”と言われるようになりました。皆さん、コーヒーに詳しくないと言っていても、知識や情報が増えて、飲み比べる人も増えたように思います」

時代の変化を受けて、もくれんブレンドも当初より、かなりすっきりした味わいになったが、何より村上さんの心境の変化を示すのが、新たに登場した初の浅煎りブレンド・サワーブレンドだ。「今のコーヒーは味の輪郭がはっきりしていますが、自分の場合はどこかぼんやりしていて、絵画でいうと印象派みたいな感じ。だから、この浅煎りでは、普段の感覚からは焙煎の考え方を変えました。排気ダンパー(※2)を全閉にして焙煎して、ネルで抽出すると味わいの丸みと透明感が出て、渋みや酸味も角が取れます。このブレンドは店の歴史の中でも画期的な存在です」

和歌山のコーヒーシーンを変えつつある新しい波に刺激を受け、自身もさらなる新境地を広げている村上さん。とはいえ、絶えず変化を続けているなかでも、変わらない部分もある。「浅煎りから深煎りへ広がるのと、深煎りから浅煎りに広がるのはベクトルが違いますし、人によってもとらえ方は変わります。コーヒーは必ず淹れる人と飲む人がいる。味に対する責任は、提供する前は100%淹れる人にありますが、お客さんが飲んだ時に半分を分かち合う。お互いが毎日同じ状態ではないので、おいしい、おいしくない、の感じ方は日々違う。そこがコーヒーの面白いところ」

開店から、早や20年を超えた村上さんだが、「喫茶店をしようかな」と考えていた60歳はまだまだ先。起伏に富んだコーヒー探求の道を経て、さらに歳を重ねた時、どんなコーヒーを出しているのか、楽しみにしたい。

■村上さんレコメンドのコーヒーショップは「珈琲焙煎研究所 東三国」
次回、紹介するのは大阪市の「珈琲焙煎研究所 東三国」。
「店主の川久保さんは、Japan Coffee Festivalというイベントを各地で主催されていて、昨年、高野山で開催された時に誘いを受けて、初めて参加しました。その時、お話しただけで、まだお店には行ってないのですが、とても気になる存在。きっと面白い店だろうなと想像しています(笑)」(村上さん)

【珈琲もくれんのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 3キロ(直火式)
●抽出/ハンドドリップ(ネル)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド6種、シングルオリジン8種、100グラム700円〜

※1…コーヒー豆の品種において、アラビカ種に次いで多く生産されているカネフォラ種の中の1品種。低地栽培が可能で病気に強いことから世界中に広がった。力強い苦味や麦を焦がしたような香ばしさが特徴。
※2…焙煎機の釜の中の排気風量を調整する機構。内部に熱を加えたい場合は閉め気味に、二酸化炭素や煙の排出を行う際は開け気味にする。

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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