室内に浮遊したり、ソファの下や窓辺に溜まったりしているほこりは、単なる目障りな汚れではなさそうだ。2016年9月に学術誌「Environmental Science & Technology」に発表されたレビュー論文では、家の中のほこりのサンプルから、「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物PFAS(ピーファス)や、フタル酸エステル類、フェノール類、難燃剤など、有害なおそれのある化学物質が45種類も特定されている。
2024年12月に学術誌「Environment International」に発表された論文では、大人のPFASへの総暴露(ばくろ、さらされること)量のうち、最大25%がハウスダストによる可能性が示されている。
また、2025年2月に医学誌「International Journal of Cancer」に掲載された研究では、7歳以下の子どものいる家庭からほこりのサンプルを採取し、ほこりに含まれる化学物質への暴露が子どもに及ぼす影響を調べている。その結果、ほこりに由来する8種類のPFASにさらされた子どもは、PFASへの暴露が少ない子どもに比べて、白血病にかかるリスクが60%高いことが明らかになった。
家の中のほこりが健康に及ぼす害は想像以上かもしれない。ほこりには、死んだ皮膚の細胞、切れた毛髪、ペットのフケ、衣類や家具の繊維、ダニ、カビなどの真菌の胞子、花粉などのアレルゲン、細菌、外から侵入した土壌の粒子のほかに、さまざまなものが含まれている。実際のところ、2018年2月に同誌に発表された研究では、271種類の化学物質がほこりから検出されている。
「ほこりは家庭内の化学物質の途方もない貯蔵庫として、それらを何年も留めてしまうおそれがあります」と、米サイレント・スプリング研究所で化学物質への暴露を研究するロビン・ドッドソン氏は言う。
こうした化学物質は外からやってくるだけでなく、家の中で発生することもある。室内のカーペット、家具、木製やビニール製の床材、カーテン、ビニール製のシャワーカーテン、テレビやコンピューターなどの電子機器、塗料、洗剤、芳香剤、香水や保湿剤などから化学物質が放出されるからだ。
ほこりから見つかった化学物質には、体内のホルモンをまねたり妨げたりして深刻な健康被害を引き起こすおそれがある内分泌かく乱物質が多く含まれている。また、マイクロプラスチックもほこりから見つかっている。
化学物質を含んだほこりは、室内の空気中に漂ったり、床や家具の表面などに付着したりするため、人間が鼻から吸い込んだり、口から摂取したり、皮膚から吸収したりして体内に取り込んでしまう可能性がある。
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「私たちが鼻から吸い込んだほこりのほとんどは喉の奥に入り、そこから胃に入って消化されます」と、米インディアナ大学環境レジリエンス研究所の教授兼エグゼクティブ・ディレクターであるガブリエル・フィリペリ氏は言う。
これらの化学物質にさらされると、短期的には、呼吸器の炎症やアレルギーや喘息(ぜんそく)の悪化を引き起こす可能性がある。
また長期的には、一部の内分泌かく乱物質への暴露により、生殖機能障害(女性の子宮内膜症や男性の精液の質の低下など)、各種のがん、肥満、2型糖尿病、甲状腺障害、肝臓や腎臓の疾患、注意欠陥・多動症(ADHD)などの神経発達障害のリスクが高まる。
「内分泌かく乱物質は、さらされるタイミングや量によっては、体内の細胞や臓器の発達や機能に影響を及ぼし、内分泌系に干渉することがあるのです」と、米マウントサイナイ・アイカーン医科大学の生殖疫学者で環境医学・気候科学教授であるシャナ・スワン氏は言う。氏は『生殖危機:化学物質がヒトの生殖能力を奪う』(原書房)の著者でもある。こうした変化は、健康問題や発達障害のリスクを高めるおそれがある。
専門家によると、ほこりに含まれる化学物質にどの程度さらされると悪影響を受けるのかは、その人の健康状態や感受性によって異なる可能性があるという。
「子どもは体が小さく、床にじかに座ったり、ものをつかんで口に入れたりすることが多いため、ほこりへの暴露が多くなりがちです」とドッドソン氏は言う。その上、子どもの脳や体はまだ発達中であるため、化学物質の影響を特に受けやすい。
なかでも懸念されているのは、鉛を含むほこりへの暴露だ。鉛への暴露は幼児の脳の発達に恒久的な影響を及ぼすおそれがある。有害な鉛を含む塗料は、米国や日本などでは現在は製造されていないが、こうした塗料を使った古い家屋は今もあるため、古い家のほこりには注意する必要がある。
スワン氏は、妊娠中の女性もリスクが高いかもしれないと言う。ほこりに含まれる化学物質の中には、フタル酸エステル類などの内分泌かく乱物質もあり、胎児の生殖器官の発達に影響を及ぼすおそれがあるからだ。
高齢者や、心臓や肺などの慢性疾患を持つ人も健康被害を受けやすい可能性があると、米非営利環境団体「環境ワーキンググループ(EWG)」の上席科学者のターシャ・ストイバー氏は言う。
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ドッドソン氏は、家の中のほこり対策としては、空気中の微粒子をとらえる高効率のHEPAフィルター付きの掃除機が有効だと言う。少なくとも週に一度は掃除機をかけ、ソファの下や部屋の隅、引き戸や引き窓のレールなどは専用のアタッチメントやブラシを使って掃除をしよう。フィルターを定期的に交換することも忘れずに。
フィリペリ氏は、高性能なフィルター付きの暖房・換気・空調機器も有効だと言う。こちらのフィルターも、状況に応じて1〜3カ月ごとに交換しよう。
また、HEPAフィルター付きのポータブル空気清浄機を使うと、大気汚染物質を含む室内の微粒子物質が大幅に減ることを示した研究が2022年に学術誌「International Journal of Environmental Research and Public Health」に発表されている。
米エール大学公衆衛生大学院の疫学准教授クリスタル・ポリット氏は、イオン発生器やオゾン発生器付きの空気清浄機は有害な化学物質を放出しており、ほこりがそれらを吸収するおそれがあるため、使用しないほうが良いと言う。
カーペット用シャンプー、家庭用万能クリーナー、窓用・木材用クリーナー、シミ取り剤、消毒剤などには、内分泌かく乱物質やその他の有害な化学物質が含まれている可能性がある。掃除用品を、より環境にやさしい、あるいは有害性の低い製品に替えてみると良いかもしれない。
表面のほこりを拭う際には、石鹸水や、水で薄めたお酢や、重曹を溶かした水を少し含ませた綿やマイクロファイバーの布を使うのが一番だ。乾いた布よりも湿らせた布の方がほこりを取りやすい。
家具用スプレーを使う場合には、家具に直接スプレーするのではなく、布やスポンジに吹きかけてから拭くようにすると、ほこりが空気中に舞い上がらない。床を掃く場合も同様で、ほうきよりも水拭きモップを使う方が良い。
子どもたちには食事の前に手を洗わせ、おもちゃは定期的に洗うようにしよう。特に床に置いたおもちゃは洗うべきだとドッドソン氏は言う。
家の中のほこりを完全になくすことは不可能かもしれないが、これらの方法はほこりを減らすのに有用だ。
ちょっとした対策をするだけでも違ってくる。2018年6月に学術誌「Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology」に発表された研究では、1週間だけ手を洗う回数を増やし、家の中のほこりを減らすために掃除を続けると、難燃剤への暴露量が半分に減ったケースがあった。