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NASAの次の有人月面探査車はどれになる? 3つの最終候補を解説

  • 2024年5月19日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

NASAの次の有人月面探査車はどれになる? 3つの最終候補を解説

 4月3日、NASA(米航空宇宙局)はアルテミス計画の有人月面探査車を開発する企業3社を選定したと発表した。今後約1年をかけて、各社の設計を評価し、そのうち1社と最大46億ドル(7000億円強)の契約を結ぶことになる。

 選ばれたのは、米テキサス州のインテュイティブ・マシーンズ社、コロラド州のルナー・アウトポスト社、カリフォルニア州のベンチュリ・アストロラボ社で、それぞれが複数の企業による探査車の共同開発を率いている。

 アルテミス計画では、月上で持続的な探査ができる恒常的な施設の確立を目指す。今のところ2026年後半にアルテミス3号による有人月面着陸を予定している。最終的に選ばれた探査車は、アルテミス5号で宇宙飛行士とともに月に送られる計画だ。宇宙飛行士が月面で走らせるのは、どの探査車だろうか?

今度は使い捨てではなく持続可能で高機能に

 60〜70年代に実施されたNASAのアポロ計画でも、最後の3回の月探査で電動の探査車が使用されたが、いずれも1回きりの使い捨てだった。

 今回NASAは、「長期的に使用できて、持続可能な機能を持った探査車を求めています。月の南極あたりに、施設や基地を建設するために使用できるようなものです」と、インテュイティブ・マシーンズの最高執行責任者ピート・マグラス氏は言う。

 そのためには、耐久性があり、再充電可能で、様々な機器を動かし、あらゆる科学的調査を行い、人間が近くにいなくても自律運転するか、地球から遠隔操作できる探査車でなければならない。これまでのような科学的調査を行うだけでなく、宇宙飛行士が到着する前に調査基地や通信施設などを組み立てられるような探査車であれば、より複雑な調査活動に人間が多くの時間を費やせる。

極限環境を10年間は耐えるものを

 NASAが探査車に求めた基本的な条件が3つある。緩やかな傾斜にも対応し、1回の充電で着陸機から(将来的には居住施設からも)半径約10キロまで到達できて、太陽光が全く当たらない永久影と呼ばれる領域でも、探査車と太陽光電池が数時間持つことだ。極寒の寒さと暗闇が続く月の南極の永久影には、大量の水が氷の状態で存在すると考えられており、作物を育てたり、ロケット燃料を作ったりするために利用できる可能性がある。

次ページ:3社の特徴を比べてみた

 3社の探査車はいずれも非与圧構造のため、宇宙飛行士は宇宙服を着て操縦しなければならない。理想的には、有人飛行のたびに複数の探査車を送り込むのではなく、月に置いたまま10年は運用できるようにしたい。

 月では昼と夜の寒暖差が激しいため、「探査車のタイヤは気温が液体窒素より低い夜にも、水の沸点よりはるかに高い昼にも耐えなければなりません」と、アストロラボの創業者で最高経営責任者のジャレット・マシューズ氏は言う。

 地球上でも、電気自動車のバッテリーはトラブルを起こすことがある。気温が激しく下がる月面では、問題ははるかに深刻だ。

 月の南極でも、太陽光電池で動く探査車を常に太陽の光が当たる暖かい場所にいるよう指令を出して移動させられるが、極寒の暗闇でも稼働できるバッテリーを作れればなおいい。「この点が、難しい技術的課題です」と、ルナー・アウトポストの創業者で最高経営責任者のジャスティン・サイルス氏は言う。

 月の土壌の問題もある。地球の砂漠の砂と違って、月の砂はつかみどころがなく、タイヤを激しくすり減らす。

「繊維ガラスの上を運転しているような感じで、あらゆるものにくっついてしまいます」と、マグラス氏は言う。探査車は、このような砂に耐えられるものでなければならない。もし不具合が生じたら、探査車が自力で修理するか、宇宙飛行士がすぐに修理できるようにする必要がある。

3社の特徴を比べてみた

 3社の探査車は基本的な機能は似ているが、その設計精神には違いがある。最終選考が終わっていないため詳しい情報は公開されていないものの、いくつかの興味深い特徴が明らかにされている。

 ルナー・アウトポストがロッキード・マーティン、ゼネラル・モータース、グッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバー・カンパニー、MDAスペース社と共同で開発しているのは、いわば「最先端の運搬車」だと、サイルス氏は言う。「要は、宇宙トラックです。月面で大規模なインフラを建造し、維持することを目的としています」

 高度なバッテリー技術によって、極寒の月の夜にも、宇宙飛行士がいてもいなくても探査車を動かせるという。また、一連のロボットアームが装備され、細かい建設作業や荷物の運搬をこなせるという。

 同社の主力機は、民間企業やほかの宇宙機関が近く予定している月探査に送られることが既に決まっている。これが、アルテミス契約に向けた開発競争の屋台骨になればと、サイルス氏は期待を寄せる。

次ページ:日本のJAXAも開発中

 インテュイティブ・マシーンズは2024年2月、(多少のハプニングはあったものの)月の南極に着陸船「オデュッセウス」を着陸させた企業として知られている。米国が月面に宇宙船を送り込んだのは、1972年以来これが初めてだ。その貴重な実績と、パートナー企業(AVL、ボーイング、ミシュラン、ノースロップ・グラマンなど)との提携を活用して、「ムーンレーサー」と名付けた月面探査車を開発している。

「月で再利用可能な自律型有人探査車」という意味を持つムーンレーサーは、その名の通り、レースカーのような見た目で、操縦する宇宙飛行士を中心とした設計になっている。「ボーイングは、元になる月面探査車を作った企業でもあります」と、マグラス氏は言う。柔軟性が高いモジュール式で、人間または機械が自分で部品を簡単に交換できるという。

 一方アストロラボは、アクシオム・スペース社とオデュッセイ・スペース・リサーチ社と共同で月面探査車「フレックス」を開発している。洗練されたコンパクトなバギー車のような見た目で、モジュール式の構造は「これまでに建造された探査車のなかでも最も汎用性が高い設計になっています」と、マシューズ氏は言う。既に、地上実証のためのプロトタイプを完成させており、顧客の機械や実験装置、その他の荷物計1.5トンを積んで、スペースX社の宇宙船「スターシップ」で月に運ばれることになっている。「その中核をなしているプラットフォーム設計が、NASAの探査車でも設計の基礎になっています」

日本の探査車も完成間近

 3社のうち、NASAに最も選ばれそうな探査車がどれなのかはまだわからないが、いずれにしてもその独占状態は長続きしないだろう。アルテミス7号が月に向かう頃には、日本の宇宙機関であるJAXAも独自の探査車を完成させている予定だ。こちらは与圧型であるため、宇宙飛行士は車内にいて宇宙服を必要とせず、ロボット潜水艇による海底探査とほぼ変わらない形で月面を探査することができる。

 この探査車は、1回の充電で最低20キロ走行する必要があり、宇宙飛行士が最高30日間内部に留まれて、より長距離の探査が可能になる。「これが実現すれば、飛躍的な進歩です。中で生活できますし、宇宙服に縛られる必要がなくなります」と、米セントルイス・ワシントン大学の惑星科学者ポール・バーン氏は言う。そして月面に降りての調査が必要になれば、宇宙服を着ればいい。

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