歳をとってボケるということ——。もう若くないと感じることが増えてきた人も、親の介護で老いに直面してる人も、みなさん心に思うことがあるでしょう。開き直ることも必要。そう話すのは、今年91歳になった評論家の樋口恵子さんです。
脳科学者である東北大学の瀧靖之先生との対談で、「昔の話をするのはいい習慣」とほめていただきましたが、それは単に今が面白くないからかもしれません。昔はよかった、あのときは面白かったと、思い出すことが多いのでしょう。
私は励まされる場面を人生の中でたくさんいただいたからだとも思っています。ありがたいことです。だからへこたれても大抵、「こんないいときもあったぞ」「こう言ってくれた人もいたんだから頑張らにゃ」と思えます。
そんなふうに、90代で残っている記憶力はプラスのほうに使いたいと思っています。だって、恨みつらみだけを覚えていてもしょうがないですから。
誰かに言われた言葉が悔しくて忘れられないのであれば、「負けずにやってやろう」と、悔しさを糧にすればいいのです。「悔しい」だって、とてもいいプラスのエネルギーになりますよ。
とはいえ、過去には私にも「生きているうちは負けそうだから死んだら化けて出てやろう」と思うような人もおりました。
けっこうけんかもしたし、「ぐぬぬ」と唇をかんだこともあったし、電話をかけてもう一度文句を言ってやろうかと思うときもあったし。
でも、またけんかをやり直すのは「えらいこっちゃ」と思うから、ぐっと我慢しました。だから、あの世から化けて出てやろうと思ったのです。
ところが、みんなだんだんといなくなってしまいました。私より先にあの世に行ってしまったのです。今はもう化けて出る相手もいません。
そして、そういう恨みの気持ちは時間が経って薄らぐこともあり、あの人は化けて出るどころか本当は自分の味方だったのだと思い直すこともあります。
だから、恨みつらみなんていうのもそのときどきのことで、ある意味、豊かな人間関係のひとつと思えるようになりました。こちらが恨み骨髄と思うほどに深く関わってくださって、誠にありがたいと思います。