Vol.70 今回のツアーについて、個人的に大きな手応えを感じている理由は？

　みなさん、こんにちは。ゴスペラーズの北山陽一です。

　長く続いたツアーは残り２本という状況ですが、スタッフから「次の作業に入る前に、ツアーを振り返ってみてください」というお題が出てきました。

　今回のツアーは、ゴスペラーズとしても北山個人としても手応えの大きなツアーになったなという実感があるんですが、“今回のツアー最大の事件と言えば…”とあらためて振り返ってみて思いつくのは、あれは苗場だったでしょうか、本編最後の曲を歌い始めるところで僕がマイク持ってなかったっていうことですね（笑）。状況を説明すると、その前の曲で僕はトロンボーンを吹くので自分のマイクはマイク・スタンドに入れてて、その曲が終わるとトロンボーンはスタッフに渡し、そのまま自分の位置に付いて次の曲のステージングに入りました。僕のマイク・スタンドは、ちょうど隣のメンバーが歌うあたりにあって、でも僕がマイクを取らないとスタッフはスタンドを片付けられないわけですよね。一方、その隣のメンバーはその事情を知らずに、動いていったらマイク・スタンドがあるからそれを動かそうとしてて、僕はそれを見て“何で、スタンドを動かそうとしてるんだろうなあ…？”と思っていたんです。で、歌おうとしたら、マイクがなかったっていう（笑）。昔、リーダー（村上てつや）が、衣装替えした後マイクを持たずにステージに出かかってスタッフに止められたという事件はありましたけど、マイクを持たずに歌おうとしたのは前代未聞ですね。今回はステージ前半のソロ・パートで、手ブラで（ヘッドセット・マイクを付けて）歌ったんですが、あの感覚が自分のなかになければ、そのときも違和感を感じたとは思うんですけど…。

　それはともかく、今回のツアーでは途中から空いた時間にテニスをやっていたこともあって全体の運動量が増え、からだが変わっていきました。痩せたんじゃないかと言われるんですが、体重は変わっていないんです。上半身の形はちょっと変わってますが。内臓脂肪が減ったのか、何なのかわからないですが、腹回りは少しスッキリしたみたいですけど、それ以外の変化は自分ではあまりわかりません。

　ただ、今回はソロパートはコンセプトから振り付け師が変わって全然違う振り付けになって、いつもとは違う筋肉を使うことになったし、いままで出したことがない高い声を出さなきゃいけなかったということもあり、 “ここの筋肉をこう使うとこうなるんだ”みたいな発見がいろいろありました。しかも、今回使った筋肉はコア・マッスルというか体幹に関係しているところだったみたいで、自然とテニスが上手くなったりしたんですけど（笑）、逆にその筋肉を意識しながらテニスをやってると踊りも楽になったり、という相乗効果が生まれたんです。

　その相乗効果を僕なりに分析してみると、筋肉の動かし方についての「解像度」の問題だと思っています。例えばバレエ・ダンサーは、僕らが無造作にやっているような動きについて、幾通りにも動かすことができたり僕らが普通にはできないような動かし方ができたりします。そういうふうに、誰でも自分の得意分野や専門分野について「解像度」を高めていくということをやっていると思うんです。ただ、その「解像度」の高さを人に示さないといけない場合がある一方で、むしろわからないようにしたほうがいい場合もありますよね。“この人、難しいことやってるなあ”とは思わせない、ということです。で、僕自身は筋肉の動かし方について「解像度」が上がっていることを示したいわけではありません。僕が伝えたいのは、というか伝えなければいけないのは、筋肉の使い方の「解像度」が上がったおかげで何ができるようになったかということです。そのことについての僕の実感はというと、筋肉の使い方の「解像度」が上がったことは、歌手として歌をこういうふうに歌いたい、こういうふうに表現したいというひとつのイメージをなるべくそのままの有り様でクリアに伝えようとするのに、すごく役に立ったと思っています。

　でも、そうした結果以上にここで強調したいのは、ダンサーでもなく、プロ・テニス・プレーヤーでもない、つまりそのことの専門家ではない僕がただ楽しみながらやっていることと歌手であることの本質とを、筋肉の使い方を意識するということを通して、つなげていったことによって、ダンスやテニスが上手くなることが歌が上手くなることにも自然とつながっていったということです。そして、その達成感がまたエネルギーになって自分のなかの理想のイメージを高めていくという良い循環になっていたのが、今回のツアーでした。

　さて、次回は筋肉の使い方についての「解像度」が上がったおかげで考え始めた、精神と肉体の関係性についてのお話です。どうぞ、お楽しみに。