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Vol.134 自分のなかの“普通”をよく見直してみると幸せの量も変わってくると思うんです。 

  • 2013年11月7日

 みなさん、こんにちは。相変わらずツアーで全国を巡っているゴスペラーズの北山陽一です。

 前回は、3ヶ月ごとに細胞は入れ替わるという科学的事実と僕の経験的実感が見事に交差したというところまで書きました。僕の経験的実感に関しては、例えばこの連載でも最初の頃に紹介した食事制限の効果の話がそうです。食事制限をとりあえず3ヶ月やってみろと言われて実行してみると、自分の声帯の変化を実感した、と。自分が何を食べるかによって自分の“普通”が変わってきて、3ヶ月経つとその変化に気づけるくらい変わるんだということですよね。

 で、幸せ/不幸せの基準の話に戻ると、“普通”が変わることによって幸せ/不幸せの量も変わるわけです。何を幸せと感じ、何を不幸せと感じるかが変わるわけだから。その変化を一度実感すれば、もっといろんなことを考えたり取り入れたり、あるいは自分の考えや行動を修正したりすることで、“普通”の位置を自分が思った方向へ動かしていくことができるはずなんですよ。ちなみに、前々回紹介した「5アンペア生活」を続けている新聞記者の場合は、まず“普通”の位置を大きく変えることから始めたということかもしれないですね。だから、取り入れるものを変えていくことで緩やかに“普通”を変えていく方法と、まず“普通”を大きく変えてそこに自分の生活を寄せていくという方法と、2通りあるんだなということだと思うんです。

 それから、幸せ/不幸せを、あるいは自分のライフ・スタイルを考える場合に、自分が扱っている“普通”が誰かに用意されたものではないかということにもっと敏感になってほしいと思うんです。1960年代、70年代には「三種の神器」とか「3C」といった言い方で生活の豊かさの“普通”が広く行き渡ったことがありましたけど、そういうのはすべて企業側の理屈というか、需要を生み出すための経済学的なお仕着せ、あるいは国家の成長戦略に基づくお仕着せであって、個人的に求めている幸せとは必ずしも重なっていないと思うんです。個人的に求めている幸せのイメージがまずあって、それを具体化する道具があり、そしてそれを使うための電力消費が考えられるというのが本来の有り様だと思うんです。だから、お仕着せの“普通”から抜け出して自分なり幸せのイメージを具体化した結果として、「俺の“普通”はみんなより電気を使うんだ」ということだって有り得るでしょう。要は、いろんな人がいて、いろんな“普通”があるということです。

 そのいろんな“普通”を知るだけでも、もの考え方、感じ方はずいぶんと変わってくるはずです。というか、情報がたくさんあると、“何が普通か?”という考えはとりあえず混乱していくでしょうね。そういう意味では、お仕着せの“普通”でやっていくのがいちばん簡単というか楽です。あるいは、「みんながいいと言ってるから」みたいな理由でやっていくのがね。でも、そこで敢えて「自分はどうしてこの“普通”を採用するのか?」と自分に問いただしてみると、面白い世界が見えてくるんじゃないかなというのが僕の立場です。だからこそ、自分が関わっている、自分より下の世代の人たちに、自分にとっての幸せというものを自分で選んで、それをつかんで、その上で3ヶ月とは言わないけど、ある程度定期的に見つめ直していくということをやっていくことの面白さを伝えたいということも最近は特に強く感じています。

 というわけで、僕自身、自分が普通だと思っていることにどんどん揺さぶりをかけたいと思っているわけで、そういう意味合いも含め、また取材に行ってきました。次回はそのレポートを紹介します。どうぞ、お楽しみに。


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