まざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部渡さんのカルチャーエッセイ連載第13回。3年ぶりのNEWアルバム『スペシャル』が完成。名前通りに特別なものができあがるまでを紐解くお話です。
アルバム『スペシャル』が完成した。2019年の『トワイライト』以来、ようやく「アルバム」が作れた、という感じがしている。2020年の『アナザー・ストーリー』は過去曲の再録音だったし、2022年の『SONGS』も仕事でつくる曲の様子を見ながら作っていったので(そうなるように作っていったからそうなったのだけど)、気がついたらできあがっていた(誤解がないようにしないといけないんだけど、いずれもとても好きなアルバムです)。
今回の『スペシャル』は近年のスカートでは異例の、既発曲はわずか3曲。残りの8曲は今回のために書き下ろしたし、先行で昨年12月にリリースされた「火をともせ」もCMソングとして発表されたとはいえ、もともとはアルバムのために書き溜めていた曲のひとつだったりもするから大変。歳をとるにつれて、自分が何をやれるだろうか、と悩むことがある。ギターを持って歌ってみても形にできない時期もある。どうなるニュー・アルバム! あやうしニュー・アルバム! しかし出来上がってみると『スペシャル』はスカート史上一番のポップ・アルバムになった。なぜ?
『Extended Vol.1』が完成した2024年の夏の盛りの頃には「次のアルバムは来年5月」と決めていた。年末に向けて曲を揃えればいいのだ、と熱心に作業をするわけでもなく、現実から逃げるように右から流れてきた仕事を全力で左に送り、時間を見つけてはApex Legendsに没頭する毎日を続けていたら秋は終わっていた。『スペシャル』の作業はApex Legendsをアンインストールするところから始まったと言っても過言ではない。11月に入り、「今から毎週1曲ずつ作ればいいんだ」と自分に言い聞かせ、祈るように作業を始めた。最初に手をつけたのは「トゥー・ドゥリフターズ」。『SONGS』制作の前には現在の形になっていたのだが、結局自分の手には負えない、と放っておいてしまった曲だ。このデモをもうちょっとシュガー・コーティングできたら、と、いろいろな方法を試したのだが、今回もそこからのもう一歩が踏み出せなかった。
制作状況が思わしくない様子を心配してくれた佐久間(裕太)さん(ドラム)が「みんなで集まって曲出しの会議をやろう」と提案してくれた。構成がガタガタのままの曲もあったし、年内に全曲揃える、という目標は一旦棚上げになったが、なんとか4曲分の弾き語りのデモを揃えて会議の日を迎えることができた。その中の「トゥー・ドゥリフターズ」のデモを聴いたみんなの反応は正直浮かないものだったと記憶している。「とにかく今まで散々オンコードだ(注・ベースとなる音をずらして響きに奥行きをつける手法)、テンションがどうとか(注・コードの響きにさらに彩りを加える手法)やってきたでしょう? そうじゃないアプローチで何か出来るかなって」と伝えると(佐藤)優介(キーボード)が「俺ならT.REXみたいにする」という。グラムにするのか……?と話を聞いてみるとそれは「ティラノザウルス・レックス(注・1967年 - 1970年)」期のT.REXを指していた。よくわからない場所に起点があり、よくわからない場所に力が加わるあのフォーク。そうなりゃ話は早い。翌日には(シマダ)ボーイ(パーカッション)を招集、デモの制作がスタートし、佐久間さんが遠隔で歪んだドラムを入れてくれたところで形が完全に見え、アルバムのための録音もこの曲から録ろう、ということになり、最終的にはアルバムからの最初の先行シングルを飾ることになった。
スカートは『CALL』ぐらいの頃からなんとなく多重録音によるデモを作って、バンドメンバーに聴いてもらって、それを肉付けしてもらう、という形が増えていた。その方が早い場合もある。でも今回、『スペシャル』が風通しのいいアルバムになったのは多重録音のデモを作らなかったことが大きいのかもしれない。結局、既発曲を除いて多重録音によるデモは1曲も作らなかった。骨組みだけ仕上げてあとはデータのやり取りでデモを作っていったり、リハーサルスタジオやレコーディングスタジオで録りながら決めていく、という至極バンドっぽいやり方になった。自分ひとりでデモを作っていたらおそらく「ぼくは変わってしまった」の最初の間奏はあんなに眩しくならなかったはずだ。他にも「緑と名付けて」はリファレンスとなるいろんな曲をレコーディングスタジオのスピーカーで聴いて、「こういうリズムは?」「ああいうリズムなら?」と話し合いながらできていったし、アウトロを「3小節単位にするのはどう?」となおみち(岩崎なおみ)さん(ベース)がアイデアをくれてキュートさが増した。
『スペシャル』はバンドに共有された弾き語りのデモとはだいぶ感じが変わった。最初はもっとなよなよしたナードなリズムだったのだけど、佐久間さんと2人で入ったスタジオで「もっとNRBQみたいにしたい!」だとか「ちょっとホットでさあ」だとか言いながら悶々とさまざまなリズムを試し、その結果、キレのある楽曲に仕上げることができた。スカートは今まで、「理想の形を追うのだけど、私の頭の中にある理想なんていうものはしょせんはまやかしだ」と思いながら制作を続けてきた。理想を思い描きながら、理想の顔をどうやったら見ないで済むのか、理想の顔を見てしまったらそこに囚われてしまうだろう、だから思い描きながらただ追いかけてきた。そうすることによってポップとしての飛距離が生まれる(のかもしれない)、と思ってやってきた。自分が作ってきたレコードを思い返すと、それは決して間違ってはいなかったのかもしれないけれど、こうして出来上がった『スペシャル』を通して私は、しんどいときでも仲間に頼れば私の思惑なんて飛び越えたいいものができる、という(ものすごく当たり前の)ことを知りました。
澤部 渡(さわべ・わたる)
2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。25年にCDデビュー15周年を迎え、5月14日にはアルバム『スペシャル』をリリース。合わせてリリースツアー「スカート ライヴツアー2025“スペシャル”」の開催も決定!
https://skirtskirtskirt.com/
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ