2016年からライブ配信サービス「TwitCasting」で放送されている怪談チャンネル「禍話(まがばなし)」。北九州で書店員をしている語り手のかぁなっきさんと、その後輩であり映画ライターとして活躍中の加藤よしきさんの織りなす珠玉の怪談たちは、一度聞いたら記憶に焼き付いてしまう不気味なものばかりです。
今回は、そんな「禍話」から“奇妙な行方不明者”にまつわる不可思議なお話をご紹介――。
「怖い話ありますか?」ではなく「不思議な話ありますか?」と聞く。こうすると、本人が恐怖体験だと認識していない不可解な体験、側から見るとどう考えても異常にしか思えない話に出会える確率が高くなる、これは、かぁなっきさんが怪談を集めるときに心がけていることだそうです。
一見すると何てことのないようだけど、その点と点を繋げようとすると背筋が薄ら寒くなるモノが浮かび上がってくる、これもそんな体験談です。
◆◆◆
「行っちゃう? 今週末?」
会社員のFさんが職場近くの定食屋で昼食をとっていると、友人であり同僚のUさんがそう切り出しました。
確かに食べながら「ああ、土日に温泉にでも浸かりに行きたいなぁ〜」と愚痴りはしたFさんでしたが、この突然の申し出には面を食らったそうです。
「え、でも月曜から結構仕事立て込みそうだよ」
「だからこそ、気分転換が必要じゃん」
とはいえ、これまでにも仕事のストレスが溜まると突発的に遊びに出かけていたこともあったアクティブな性格の2人。Fさんは一応悩む様子を見せはしましたが、ニヤニヤと自分が申し出に乗るのを待っている表情のUさんを見ているうちに、心の中にワクワクとした気持ちが溢れてきました。
「え、じゃあ、行っちゃうか!」
即断即決。その弾丸旅行計画も驚くほどあっさりと決まったのです。
作業の合間や家に帰ってから何度も旅行サイトやタウン誌を見つめ続け、2人で練り上げていった旅行プラン。仕事の疲れを癒したいという当初の趣旨は、気がつけば仕事が終わった金曜の夜からそのままレンタカーで現地に向かうという、かなりの強硬スケジュールになっていったといいます。とはいえ、風情ある温泉旅館や美味しそうなレストランを思えば、その週の仕事など物の数ではありませんでした。
交代で夜の高速道路を田舎に向けてひた走る2人。
リズミカルに車を揺らすタイヤの音を聞き続けているうちに、きらびやかな都会の明かりはあっという間に姿を消し、日々の喧騒は後ろへ後ろへと引き離れていきました。
高速道路を降りると、2人の目には薄暗い山や田園地帯の風景が広がったそうです。
「こっちまで来ると車もほとんどいないねぇ」
「金曜の夜に都心からここまで走り続けている人なんてどうかしているよね」
「自分でそれ言う?」
「はは、ごめんて。ねえ、運転変わらなくて大丈夫? 眠くて事故ったら終わりだからね」
「アドレナリン出ているから眠くはないんだけどさ、その……」
ふいに、運転しているUさんが前を見たまま気まずそうに言いました。
「なに?」
「あのさ、ちょっとお手洗いに行きたいかも……」
「ええ!? 今さら言わないで案件だよ〜。高速走っていたときならなんとかなったかもしれないけど、ここら辺トイレあるかなぁ」
Fさんの懸念通り、車はすでに人気のない山道に差し掛かっており、手近な休憩場所はそう簡単に見つからなさそうな雰囲気でした。ましてや時間は深夜。最初は「まだ大丈夫だからとりあえず宿目指して進もう!」と冗談めかしていたUさんでしたが、その余裕は徐々に消え、今やその表情には焦りが浮かんでいました。
「あ! ほら、あそこ光っているよ! お店じゃない?」
運はUさんを見捨てていなかったようで、間一髪のところで道の先で白い光を放つ小さなコンビニを見つけたのです。
「え、本当だ、助かったぁ〜……」
「停めよう、停めよう!」
「トイレ、借りられるといいけど」
そう言いながらUさんはレンタカーを店先の駐車場に停め、「ほら、早く行ってきな!」というFさんの言葉など届いていないかのように、慌てて外に飛び出していったそうです。
店員さんに声をかけ、ペコペコと頭を下げながら店奥のトイレに駆け込んでいくUさんの後ろの姿を眺めていたFさん。
彼女の姿が見えなくなったとき、ふとそのコンビニの違和感に気がつきました。
何やら手書きのポスターのようなものが大きなガラス窓にいくつも貼られているのもそうでしたが、とりわけ気になったのはコンビニ名が記されているロゴでした。
「へー、珍しい」
コンビニは全国展開をしている有名ブランドだったそうですが、そのロゴがひと昔前のものだったそうなのです。
まるで平成初期に取り残されているかのような雰囲気に興味を惹かれたFさんは、じっと待っているのもなんだし、と、車を降りて店内をぶらつくことにしました。
(後篇に続く)
文=むくろ幽介