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かつての売れっ子漫画家は今やゴーストライター…ぞっとするほど恐ろしい、女性漫画家の愛憎うずまく立場逆転劇【作者に訊く】

  • 2023年10月18日
  • Walkerplus

かつては純粋に憧れていた先輩漫画家を、今や自身のゴーストライターに仕立てた後輩。けれど歯車は狂い、再逆転の時を迎え――。
WEB発のインディーズ漫画は、今やアマチュアのみならずプロの漫画家も数多く発表するようになった。「日本、ここ行け Walker」グランプリを受賞したぴのこ堂(@pinokodoaonoshu)さんがAmazon Kindleの無料電子書籍などで発表している「Black Lily 黒百合短編集」もそうした作品の一つだ。

女性同士の想いをテーマにした“百合”を題材とした「Black Lily 黒百合短編集」。なかでも、師匠とアシスタントの間柄が逆転し、人気漫画家にのし上がった後輩漫画家と、彼女の先輩アシスタント兼ゴーストライターとして働く先輩漫画家との関係を描く「交換」シリーズは、プロとして長いキャリアを持つぴのこ堂さんゆえの説得力あふれる描写と、互いの強い感情が交錯する二人の姿に引き込まれる作品。「漫画家漫画をいつか描いてみたかった」というぴのこ堂さんに、同作の制作秘話を訊いた。


■漫画家としての自分が投影された二人の主人公
――「百合」を題材に漫画家漫画としても描かれる「交換」シリーズ制作のきっかけを教えてください。

【ぴのこ堂】「Black Lily 黒百合短編集」は、まず、「百合」と「ミステリー」はとても相性がいいのではないかと思い、実験的な作品として、5ページで完結してラストにはびっくりするようなどんでん返しが用意されているシリーズを3本作ろうと思って描いた作品です。

1本目の「瞳」は女子高生の先輩と後輩、2本目の「秘密」はパワハラ上司と気の弱い部下、というように「関係」から起こる愛憎劇を描いたところで、3本目はどんな関係を描こうか考えていました。そこで、最後だから今まで一番描きたいけど描けなかった「漫画家とアシスタント」という関係にしようと思いました。

漫画家を題材にするお話はどこを切り取ってどういうテイストのどれくらいの長さのお話にすれば自分にとって一番描きやすいかどうか、それまではわからなかったんです。結果、2本の短編を描いた時点で「百合でミステリーで5ページ」でならこの題材を生かせる! と確信しました。

――それぞれの作品にその後のエピソードが描かれていますが、なかでも「交換」は長編のストーリーとなっています。

【ぴのこ堂】どの作品も5ページで完結の予定でしたが、いずれも自分的に好きな作品となりましたので、その後「瞳」と「秘密」は30ページくらいの続編を描きました。「交換」は一番思い入れが強かったので、30ページと決めずに自分が納得いくまで描ききってみようと思いました。その結果、3年ほど描いてもまだ終わらないのですが……。

――漫画家を題材にした漫画を描くうえで感じたことや、こだわっている・楽しんでいるポイントを教えてください。

【ぴのこ堂】自分も漫画家ですので一番よく知っている、というかそれしか知らない職業です。自分の分身のようなキャラクターが些細なことで苦しんだり憎しみを抱いたりするところは、若い頃の自分と重なって複雑な気持ちになります。同時に俯瞰で眺められるようになって、昔の自分を励ましたいという気持ちにもなります。

――「登場人物のモノローグを入り交じらせる」手法を取り入れたそうですが、そうしたアプローチで描くことでの変化や難しいと感じる点はありますか?

【ぴのこ堂】壮大な設定、舞台の長編だと、大抵の作品は主人公だけの視点では引っ張っていくことができないので、必然的にあらゆる人物の視点やモノローグが入り交じる形で展開されていると思います。でも、それは限られた作家に許された手法であると思っています。長期連載が求められるほどの人気作家、将来映画化の可能性があるような連載……だとか。

私のような無名で短編しか描いてこなかった作家、しかも設定も舞台も壮大なわけではなく、普通の人を描いたごく身近なお話ばかりという作家には不向きだと感じていました。なので、いつも主人公の気持ちだけを追うという形で描いてきました。

今回は長編となってしまったので、主人公だけではなく脇役の心の声も漏れ出しています。これは意図していたわけではなく自然とこうなってきたので、自分でも驚いています。結局、人は他人にも自分を投影して、勘違いや思い過ごしであっても自分というものを作っているのかな、と、なんとなくですが感じています。自分には無理、と思っていた手法でも挑戦してみるといろいろと発見があって楽しいです。

――不遇に耐えても漫画へ向き合うすみれと、憧れの作家への思いが歪んでいったナツ、どちらも強い感情を感じるキャラクターです。二人を描くうえでの思いを教えてください。

【ぴのこ堂】実力も人気もあってデビューした頃からずっと雑誌の看板を背負ってきたすみれというキャラクターは、誰しもがあこがれる成功した少女漫画家なのかもしれません。そして世間がイメージするような少女漫画家、でもあります。そんなすみれには、私自身のあこがれと皮肉が混じっているかと思います。

ナツは、この世で一番恐ろしいタイプのやっかいな悪女を描きたくて生まれたキャラクターです。ドジっ子を演じて油断させて地位をすべてまるごと奪ってしまう、恐ろしい子です。でも描いていて自分でも魅力を感じ好きになってしまったので、「どうしてこんな子になってしまったのか?」と掘り下げていくことにしました。そうするとやっぱり過去の自分が経験したような辛さにぶち当たってしまう。どんなキャラクターも自分が投影されてしまうことは避けられないんだなぁと痛感しています。

――展開も二人の漫画家を中心にスリリングな物語で続きが気になります。今後の展望について教えてください。

【ぴのこ堂】本当ならもうとっくに完結しているはずなのですが、思ってもいなかったエピソードが生まれたりしてなかなか終わりません。ほかの仕事との兼ね合いもあり思うように集中できないときもあるのですが、ラストをどうするのかはだいたい考えてありますので、時間をかけてでも最後まで描き切りたいです。

愛が束縛、嫉妬、憎しみに変わりつつも、また愛に戻るような……。そんなラストを描くことができれば感無量です。

取材協力:ぴのこ堂(@pinokodoaonoshu)

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