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コーヒーで旅する日本/関西編|地域の嗜好に応えながら、“半歩先”を行く提案で、阪神間のコーヒーシーンを牽引。「TAOCA COFFEE」

  • 2023年4月25日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第60回は、兵庫県西宮市の「TAOCA COFFEE」。2014年に苦楽園で創業して以来、着実に地元の支持を得て、いまや阪神間を代表するロースターと呼べる存在に。ここ10年ほどでコーヒー激戦区となった阪神間に、大きな変化が起こったのは、全国的に新世代ロースターの開店が相次いだ2010年代前半のこと。中でも苦楽園には、同時期に4、5軒のロースターが続々とオープン。本連載にも登場したBUNDY BEANS、三ツ豆珈琲、そして「TAOCA COFFEE」も、当時、界隈に新風を吹き込んだニューフェイスの一つだった。現在、西宮市内に2店、神戸市内に3店を展開するまでになったが、その道のりは、目指すコーヒーの味と地域の嗜好をつなげる地道な店作りの賜物。地元の日常に寄り添いながらも、お客の半歩先を行く新提案を重ねて、今もファンを広げている。

Profile|田岡英之 (たおか・ひでゆき)
1982(昭和57)年、兵庫県神戸市生まれ、大学卒業後、会社員を経て、大手コーヒーチェーンへと転身。ジャパン バリスタ チャンピオンシップ(JBC)出場とスペシャルティコーヒーとの出合いを機に独立を志し、同社の焙煎工場も1年経験。2014年、西宮市苦楽園で「TAOCA COFFEE」を創業。2017年に神戸岡本店、2019年に焙煎所を併設した旗艦店・鷲林寺ロースタリーをオープン。2021年の神戸・六甲店の開店と共に、新たな菓子ブランド・Brantaを立ち上げ、2023年春、神戸の南京町に神戸元町店をオープン。

■“画期的なコーヒー”との出合いと大いなる失敗
阪神間でも随一の洗練された住宅街として知られる、西宮市の苦楽園界隈。「TAOCA COFFEE」が創業する以前は、意外にも自家焙煎コーヒー店がほとんどなかったエリアだったが、「住宅街だからこそ、豆を購入して自宅で飲まれる方は多いのではと思っていました」という店主の田岡さん。地元愛の強い土地柄もあって、開店以来、苦楽園本店では今もお客の9割が半径1キロ圏内のリピーターが占めるという。「コーヒーの味は地域のお客さんが作っていくもの。俗に業界では“豆売り3年”という言葉があって、自分が出したいコーヒーとお客さんの好みがリンクする味作りがロースターの醍醐味です」と、当初から自店が目指す味と地域の嗜好をつなげる店作りを、常に意識してきた。

大学卒業後、一度は会社員として働いていた田岡さんが、全国に店舗を展開する東京の大手コーヒーチェーンに転身したのは、将来の起業を見すえてのこと。ただ、飲食業の経営ノウハウを学ぶことが大きな動機で、実はこの時はコーヒー自体への関心はあまりなかったという。それでも、入社後にバリスタという職業を知り、自らも競技会に出場。その過程で出合ったスペシャルティコーヒーの存在が、その後の進路を大きく変えた。「2008年頃の当時はスペシャルティコーヒーが日本にほとんど普及していなくて、言葉が先行して広まり始めたくらいの時期。トレーサビリティが明確で、生産者のためになるコーヒーというのは画期的に思えました。もちろん、味の違いも今までにないもので、最も印象に残っている銘柄と言えば、エチオピア・イルガチェフェ。従来のコーヒーとは一線画した、紅茶のような華やかな香りは当時のスペシャルティを体現していました。今でもエチオピアを超える産地はないのではと思いますね」

以来、先々独立した時に扱うべきものはこれだと確信を持ったという田岡さん。本格的にコーヒーの世界へと進むきっかけを得たが、同時に大きな挫折も経験している。当時、新業態のカフェの開発に携わっていたが、関わった事業はことごとく振るわず、飲食店の難しさを体感した。それでも、ここで得たものは大きいという。「まさに大いなる失敗でしたが、成功体験よりも失敗の体験の方が得難いという意味では貴重。もし自分の店で大きな失敗をしたら取り返しがつかないですが、この時はまだやり直せる機会がありました。そこで感じた、“成功に明確な理由はないけど、失敗には明確な理由がある”、という気付きは、今に生かされています」と振り返る。

この時の教訓を胸に刻み、自らの独立の方向性を考える転機とした田岡さん。その後、自ら希望して社内の焙煎工場へ異動し、先々は豆の販売を柱にすべく、ロースターとしての独立を視野に1年間、焙煎の仕事に邁進。とはいえ、設備のスケールが違うため、開店にあたっては独自に一から試行錯誤を重ね、オープン後も焙煎アプローチの追求を続けてきた。

■“半歩先”の提案で地域の嗜好をアップデート
開店の前後、すでに東京ではスペシャルティコーヒーの酸味の個性を打ち出す店も増えていたが、土着の嗜好が根強い関西にあって、当初から地に足をつけた味作りに腐心してきた。「作り手からすると、当時の東京のコーヒーシーンを見て、うらやましいと思うこともありましたが、こちらはあくまで住宅地のコーヒー店という位置づけ。界隈のお客さんにおいしいと思ってもらうことが第一なので、自分がコーヒーマニアになってしまわないよう、客観的にコーヒーと向き合うことを心がけていました」と田岡さん。それゆえ、開業以来、豆の品揃えは、定番のブレンド3種に季節のブレンド1種、シングルオリジン8種と、アイテム数をほぼ固定。当初から極端な浅煎りには偏らず、「店の顏として、お客さんが入りやすい味として店の顔として定着してほしい」と、中煎りのTAOCAブレンドと深煎りのハウスブレンドの二枚看板を軸に提案。シングルオリジンも、銘柄は入れ替えながらも、浅・中・深煎りの焙煎度のカテゴリーを作り、お客が直感的に分かりやすい選択肢を作っている。

親しみのある飲み易さで誰でも楽しめるオリジナルブレンドに、それぞれの季節にあった限定のシーズナルブレンド、個性豊かで新しい発見のあるシングルオリジンと、多種多彩なコーヒーがそろうが、共通するポイントは“甘さ”だ。「コーヒーに限らず、食べ物に対して万人がおいしいと感じる要素が甘さ。生豆の選定、抽出、焙煎のすべてにおいて、甘さを引き出すことにこだわっていて、飲んだ瞬間においしいと思えるかどうかを大切にしています。果物は酸味だけでなく甘みがあることでおいしく感じるのと一緒で、コーヒーも、酸味・苦味いずれの特徴がある豆でも、後味に甘味があるとおいしい印象が残ります」と田岡さん。極端に行ってしまえば、コーヒーの焙煎は、生豆の持つ特徴とメーラード反応(カラメル化)の掛け合わせ。「豆の表面が先に焼けると芯まで火が通らない。低温で芯まで反応を起こすことで甘味、旨味が出てきます。だから焙煎は最初の火入れが肝心。料理で言うとコンフィなど低温調理の感覚」という田岡さん。そのバランスの中に、余韻の甘さを引き出すのがロースターとしての腕の見せ所だ。

その一方で、創業時から“お客さんの半歩前へ”というテーマを掲げて、時にCOEやゲイシャ種といった希少な銘柄や、アナエロビックなど近年注目の精製方法を用いた豆など、新しいコーヒーに出合えるのも、「TAOCA COFFEE」の魅力の一つ。「ブレンドから入った方が、徐々にシングルオリジンにも興味を持ってもらえるように、地域の嗜好の半歩先の新しい提案も続けています。1、2歩先だと行き過ぎになるので、さじ加減が難しいですが、最近は銘柄とか焙煎方法に対する認知度も上がって、浅煎りのコーヒーのファンも増えてきています」

定番から最新の銘柄まで、幅広いコーヒーの魅力を伝える懐深い提案を支えるのが、すべてのコーヒーを試飲して選べる、オープンな店作りだ。「自家焙煎に対して抱かれがちな、敷居の高さを下げたいという思いもあって、雑貨屋さんみたいにカジュアルな雰囲気で、薀蓄を伝えるよりも試飲しながらわいわい言いつつ、豆を選べるようにしたかったんです」と田岡さん。カウンターを挟んで、好みを聞いて、提案を重ねていく。このスタイルは、お客との距離をグッと縮めるだけでなく、嗜好のミスマッチを防ぐためでもある。「味の感覚は人それぞれ違うので、ズレは必ずあります。その差をアジャストするため、自己満足にならず、お客さんの味の捉え方を理解することを心掛けています。コーヒー豆は、最終の調理がお客さんの手に委ねられるので、よりデリケート。だから伝え方は大事になるし、試飲による提案はその助けになるんです」。肩肘張らないスタイルで地元の好みに寄り添う「TAOCA COFFEE」は、いまや界隈の日常に欠かせない存在として浸透。さらに、お客の変化の半歩先を行く提案を積み重ね、界隈の“地域の嗜好”は年々アップデートされているようだ。

■ロースターが考える、コーヒースイーツの新たな可能性
2017年に神戸岡本店、2019年に焙煎所を併設した新たな拠点、鷲林寺ロースターリーと姉妹店が増え、今では阪神間一帯にファンを広げている「TAOCA COFFEE」。さらに、2021年の六甲店のオープンを機に、菓子ブランド・Brantaを立ち上げ、新たな取り組みに力を入れている。「スペシャルティコーヒーの風味をスイーツで表現することにトライしています。かつてはコーヒーを使ったスイーツと言えば苦味を強調したものが多かったですが、フルーティーなコーヒーの風味を生かしたスイーツにも、可能性を広げたいと思って。ただ、実際にやってみるとものすごく難しい(笑)」と言いながらも、初の試みとなるスイーツのメニューには、随所に独自の工夫が凝らされている。

例えば、コーヒーパウンドケーキは、コーヒーを練り込んだ生地をオーブンで焼くと豆の焙煎まで進むため、あえて極浅煎りにして、豆の火入れも同時に完成させるというアイデアを考案。また、「いずれは専門店にしたい」という看板菓子の一つ、コーヒーチーズケーキは、コーヒー豆を生クリームで一晩漬け込んで香りを移し、さらに種類の異なる豆を使った4種のコーヒーシロップを別添えに。生地だけでなくシロップで個性的なコーヒーの風味を加える発想は目から鱗。まさに、ロースターだからこその“コーヒースイーツ”と呼べる一品だ。今春オープンの元町店にはBrantaの拠点を置き、本格的な展開がスタート。今後の新メニューにも期待大だ。

夫婦二人で豆の小売りをメインに始まったが、いまや卸先も全国250店にまで広がり、スタッフも30人を超える大所帯に。7年前から競技会にも毎年参加を続け、2022年は3つの大会で初のファイナリストを輩出するなど、店の進化は今も続いている。「先々、新たに会社を立ち上げて、ボリビアの豆を直輸入する計画もあり、また最近注目されているスペシャルティグレードのロブスタの取り扱いも始めようと思っています。このロブスタを使って、今は作っていないエスプレッソ専用のブレンドを考えてみるのも面白いかもしれませんね」と、新たなトピックにも事欠かない。

開店から間もなく10年。阪神間のみならず、関西のコーヒーシーンを牽引する一軒となったが、それでも、自店を評して「個性はない」という田岡さん。それは裏を返せば、謙虚にお客に寄り添い、“地域の嗜好”に応える味作りへの矜持でもある。「今も界隈に増えているコーヒー店と共存しながら、地元の神戸・阪神間を盛り上げるロースターの一つになっていければ。求められる要望も年々高くなっているので、常に半歩先を行く店であり続けたいですね」

■田岡さんレコメンドのコーヒーショップは「Lima Coffee」
次回、紹介するのは神戸市の「Lima Coffee」。
「店主の橋本さんは、同じ神戸出身で、公私ともに親交があり、インドネシアの産地を一緒に訪問したこともあります。コーヒー店主に止まらないユニークな感性と懐深さがあって、そのキャラクターが感じられる店作りは、うらやましいと感じます。店の雰囲気に温かみがありながら、でも尖った部分が同居している、オリジナリティあふれるスタイルが素敵な一軒です」(田岡さん)

【TAOCA COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/ローリングスマートロースター15キロ(熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(オリガミ)、エスプレッソマシン(イーグルワン)
●焙煎度合い/中浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン8種、100グラム890円~


取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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