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【アイドルWalker・奈良&大阪編】ダンス&ボーカルグループBUGVEL・RAIRA「万博記念公園やニフレルは思い出の場所!」

  • 2022年10月31日
  • Walkerplus

誰もが特別な思いを持っているであろう、生まれ故郷に対する“ジモト愛”を語るインタビュー連載・アイドルWalker。今回は、2022年3月にデビューを果たした5人組の実力派グループ「BUGVEL(バグベル)」のメンバーを1人ずつ特集していきます。2番目に登場してくれるのは、奈良と大阪にルーツを持つRAIRAさん。よく訪れていたという万博記念公園&ニフレルで撮影をしつつ、アーティストを目指した道を振り返ってもらいました。

■モテると思って、応援団長をやっていました(笑)

――地元ではどんな風に過ごしていましたか?

僕、小学6年生の時に奈良から大阪・茨木に引っ越したんですよ。小学6年生の3学期からの転校生だったので、すごく嫌でしたね(笑)。中学時代はバスケ部で背番号8番、サブキャプテンでした。中学、高校と、自分から立候補して体育大会の応援団長をやっていました。応援団長って目立つし、モテると思って(笑)。でも一番モテたというか、バレンタインで一番チョコをもらったのは小学生の時です。それは自分からみんなに「チョコちょうだい」って言ったからなんですけど…(笑)。翌月、お返しが大変で、考えナシに言うもんじゃないと学びましたね(笑)。

EXPG STUDIO OSAKAのレッスン代を稼ぐために、高校生の時はバイトに明け暮れていましたね。最初はラーメン屋さんで、次は家の近所のコンビニ。バイト仲間は同世代の子ばっかりだったので、すごく楽しかったです。アーティストを目指してるという話もしていたので、僕がオーディションを受けるためにバイトを辞めた時にも、快く送り出してくれました。

■小さい頃から人前に立つのが夢だった

――幼少期の思い出の場所は?

今日撮影させてもらった万博記念公園やニフレルです。といってもニフレルは僕が高校生の時にできたので、幼少期の思い出ではないんですが(笑)。万博記念公園はよく行っていましたし、そんな場所に水族館ができるっていうのが当時は結構衝撃的でした。今日行ってみて、改めて楽しい場所だなと思いました。その前にあったエキスポランドも昔はよく行ってたので、この辺りの思い出はたくさんあります。エキスポランドは奈良に住んでいた時も大阪に遊びに行ったら必ず行っていた場所です。戦隊モノのヒーローが大好きだったので、ヒーローショーを目当てに行ってましたね。

<編集部注:「太陽の塔」…故・岡本太郎が制作した建造物で、1970年に開催された日本万国博覧会(大阪万博)のシンボルゾーンにテーマ館の一部として作られた。内部は空洞になっており、当時は地下展示と空中展示をつなぐ動線の役割を果たしていた。2018年より内部が一般公開(予約優先)されており、「生命の樹」や復元された「地底の太陽」を見学できる。2020年には国の登録有形文化財に登録されている。>

今になって考えてみると、僕は小さい頃から人前に立つのが夢だったのかもしれないです。僕、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのステージに上がるスタッフに憧れて、ユニバで働きたいと思っていた時期もあったんですよ。ウォーターワールドのスタッフがすごくカッコよくて、「こんなところに立ってみたい」って思っていたので、僕のやりたいことの根本はそういうことなんだと思います。そういえば幼稚園の時に書いた将来の夢は戦隊モノのヒーローでした(笑)。

――今のお仕事に興味を持ったきっかけは何ですか?

小学6年生の時、姉にEXILEさんのライブに連れて行ってもらったのがきっかけでした。小学校の卒業文集にも将来の夢は歌手って書いてるんですよね。中学の時は部活をやっていて、EXPGというスクールがあることも知らなかったので、ただ歌が好きなだけの少年でした。ちょうど中学を卒業する直前にEXPGのプロジェクトを見つけて、同世代の人たちがそのプロジェクトに参加していたことに刺激を受けて、すぐに体験入学して、高校に入ったのを機に入校したんです。

――当時の思い出はありますか?

夢に対する想いが強くて、学校帰りはみんなと遊んだりすることもなく、すぐにレッスンに向かっていました。なのでレッスン終わりにごはんを食べたりした思い出があるぐらいです。EXPGの近くにある「麺処 虎ノ王」というラーメン屋さんによく通っていました。食欲旺盛な高校時代だったので、安くて美味しくてボリューム満点というのが最高でした。当時本当によく食べていたので、あの頃の写真を見返すと自分でもびっくりするくらい顔がパンパンで恥ずかしいですね(笑)。

■茨木出身と言えば思い浮かぶアーティストになりたい

――そんな夢が叶ってデビューが決まった時、地元の友人たちはどんな風に祝ってくれましたか?

今でもずっと仲の良い小学生の頃からの友達がいて、その子はずっと夢を追いかけている僕を家族ぐるみで応援してくれていたんです。そんな周りの応援もあって夢を叶えようという気持ちを強く保てたというのもありますし、本当に支えてくれる人たちの力は偉大だなと思いましたね。大阪で開催した僕たちのデビューショーケースにも来てくれて、僕が夢を叶えたことに感動して一緒に泣いてくれました。

その後、その友達からお祝いの動画をもらったんです。今までの写真をまとめた映像で、すごくびっくりしました。最初はちょっとしたゲームみたいな映像だったんですが、最後にお祝いの映像が出てきてめちゃくちゃ感動しました。僕はいい友達に恵まれていますね。


――アーティストとして地元に貢献したいことは?

僕にとっての地元といえるのは奈良と茨木の2箇所になるんですけど、どちらにおいても地元の人が自慢できるようなアーティストになりたいですね。地元が好きだからこそ、茨木出身と言えば思い浮かぶアーティストになりたいですし、そうなったら地元でずっと応援してくれている友達も嬉しいんじゃないかなって。もちろん地元の人たちだけじゃなく、僕のファンの人たちにとっても、いろんな人に自慢できるアーティスト、胸を張って誇れる人でありたいと思っています。


――ファンの方に行ってみてほしい地元スポットは?

週に何度も通っていた堀江周辺ですかね。レッスンスタジオも堀江だし、オレンジストリートはレッスンがない日にも服を見に行ったりしていました。心斎橋や難波などよりは落ち着いたエリアなので、ゆっくりのんびり過ごせるところだと思います。


■自由さを持ちながらも少しずつまとまっていっている

――先日、初めてのファンミーティングがありましたが、どうでしたか?

初のファンミーティングということで、どんなステージになるのか想像もできなくて、本番前まですごく不安だったんです。デビューショーケースからも結構、日が空いたのもあってすごく緊張したんですが結果的にはめちゃくちゃ楽しくて、いざ始まるとあっという間に終わっちゃったな〜って(笑)。昼夜2回公演あったんですが、余韻ヒタヒタで「もっとやりたいー!!」と思いましたね。


――デビューから約半年が経ちました。振り返ってみて、どんな半年でしたか?

ファンミーティングの時に、少しずつステージに慣れてきたかも…という実感がありました。パフォーマンスにしても、トークにしても、俯瞰で見れてる瞬間というか、以前よりもちょっとだけ心の余裕ができたような感覚があって。それこそデビューショーケースの時なんて、自分でも何言ってるのかわからなかったし、観ているみなさんにしても「この人何を言ってるの?」状態だったと思うんです(笑)。そういう意味ではちょっとずつだけど成長してるのかな?と思いました。

――以前、BUGVELはみんな自由だから自分がまとめ役をしなければと語っていましたが、その目標は達成できましたか?

達成できたとまでは言えないかもしれませんが、今回のファンミーティングのステージで進行役のKOSHINの手助けはかなりできたんじゃないかと自分では思っています。そしてもちろん僕だけじゃなく、他のみんなもちゃんと成長していっていると思うので、自由さを持ちながらも少しずつまとまっていっている気がします。


――今年もあと残り3カ月余りですが、叶えたい目標は?

デビューしてまだ半年か、と思うくらいたくさん活動させていただいているからこそ、BUGVELが前に進んでいけてるんだなと、とてもありがたく思っています。この勢いを止めずに今年もまだまだ予定していることがたくさんあるので、年内走り抜けて、そしてまた次のステップをどんどん重ねていけたらと思います。

取材・文=尹秀姫

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